第二百四十九夜 おっちゃんと『風の試練』
翌日、おっちゃんは兵士とバータルに付き添われて、煙突が付いた祠の前に連れて行かれた。
バータルは複雑な顔で、武器と革鎧それに光る苔が詰まったランタンを渡して告げる。
「アーヤ国のために戦ってくれた人間を危険な試練に送り出すなぞしたくはありません。だが、これも軍人の務め。許されよ、客人」
「気にしなさんな。おっちゃんも勤め人だったからわかる。やりたくない仕事でも、やらなければならん時もあるわ。ほな、行ってくるわ」
祠の扉を開けると、地下へ続く階段があった。
おっちゃんはランタンで足元を照らして地下に下りていった。二十段の階段を下りる。
(ここもダンジョン化しとるね。マレントルクの『地下宮殿』と同じやね)
元ダンジョン・モンスターのおっちゃんには、目の前の場所がダンジョン化しているかどうかわかる特技があった。ダンジョン化の定義は諸説あるが、廃墟とダンジョンの違いは管理者がいるかどうかだった。
灯りで降り立った空間を照らす。正面には縦横二mの石版が嵌っていた。
石版には文字が書いてあった。
「試練が終わるたびに真実が明かされる。六つの試練を終えた時に真実は目の前に現れる」
「ここの言葉もマレントルクの『地下宮殿』と同じやな。ひょっとして試練も同じなんやろうか。そうやったら、楽勝なんやけど」
辺りを照らすと、斜めと横、六方向に道が分かれた通路があった。通路の上にはそれぞれ、『火の試練』『水の試練』『石の試練』『風の試練』『光の試練』『闇の試練』と記載されたプレートがあった。
『石の試練』の通路の先に行くと行き止まりになっていた。よくよく調べるがただの行き止まりだった。
「行き止まりか。これ、おそらく、あれやな。こことマレントルクの『地下宮殿』は同期を取っておるね。案外、ホイソベルクやサレンキストにも同じような『地下宮殿』があるかもしれん」
『石の試練』に挑戦できないので、入口の部屋まで戻る。
「さて、残りは五つか。どこに行こうかの。烏の凶鳥に勝ったから験を担いで『風の試練』に行ってみるか」
『風の試練』の扉の上には絵が描いてあった。絵は鳥の巣から卵を盗もうとする大きな鋏を持った男が描かれていた。
「これ、意味ありげな絵やね」
入口の横にはプレートがあった。
「宝は下にある。臆せず風に身を曝せ。鳥を見ろ。さすれば道は開かれる」
「これはヒントやけど。そのまま受け取ると危ないヒントやね」
おっちゃんは扉を開ける。
部屋の中に魔法の灯りが点いた。部屋は縦横十mほどの石の部屋だった。部屋の壁一面には木々の絵が描かれている。部屋の床は半分から向こう側がなかった。
部屋に入ると背後で扉に鍵が掛かる音がした。部屋の中央には高さ一mの太い棒が突き出ている。棒の先端には大きなフックがあった。
フックのある場所から下を覗く。下は真っ暗だったが時折、何かが光っていた。
崖の向こうの部屋の反対側の二m下には、大きなシルクハットを被って両手で大きな鋏を持つ身長四mの男の像があった。
「男の像は部屋に入口の上にあった卵泥棒に似ているの。ただ、入口の絵にはシルクハットがなかったな」
おっちゃんが部屋を見回すと、隅には長く丈夫なロープがあった。
「これも、だいたいわかったで。このロープをフックに掛けて下に降りようすると、降りている途中で像の鋏が伸びてきて、ロープを切って落下死させるやつや」
おっちゃんがロープを肩に掛けて、部屋の中央まで行くと、時折と下から風が吹いてくる。
「そんで、馬鹿正直にプレートの言葉を信じて鳥のように身を投げ出せば、投身自殺になるパターンやな。正解はこうや」
おっちゃんはロープで輪っかを作って、対岸の像の頭に目掛けて投げた。
何回か繰り返して像の頭に輪っかを通し、ロープの反対側をフックに結んで固定した。
ロープにぶら下がる。ロープはおっちゃんの重さに耐えた。部屋の反対側にある像も微動だにしなかった。
おっちゃんは風に注意しながら、ロープを伝って行き部屋の反対側にある像の前まで行く。
「宝は下にあるは、二mでも下は下。風に身を曝せとはロープに掴まって風に曝させる状態をさす。そんで、入口の絵にはないシルクハットの意味はこうや」
像のシルクハットを調べる。
シルクハットの上部が開き、金の卵が載っていた。
「あったでお宝が。卵を回収して親鳥に返してやらんとな」
金の卵を回収して、フックのある場所まで戻る。
「さて、鳥の巣はどこかの」
おっちゃんは壁にある木々の絵を見て、鳥の巣を探した。
それらしい場所を見つけ、近寄って鳥の巣を調べる。壁の一部が凹む場所があった。凹みに卵を入れる。部屋の中に声が響く。
「想像力に優れ、機知に富んだ挑戦者よ。御主には真実を知る資格があると見なす」
扉の鍵が開く音がした。
おっちゃんは扉を開けて外に出た。ランタンを片手に意気揚々と通路を戻る。
階段を上がると、整列したバータルと兵士が待っていた。兵士とバータルは緊張した顔で告げる。
「お帰りなさいませ」
(なんや、えらく丁寧な態度になったで)
「ただいま、『風の試練』を終えてきたで。外でもわかるんか、試練を終えてきたって?」
兵士が畏まった顔で教えてくれた。
「祠の煙突から緑色の煙が上がりました。緑色の煙は『風の試練』を制覇したときに上がります」
おっちゃんが祠を振り返ると、祠の煙突から薄っすらと緑色の煙が上がっていた。
「ほんまや。試練をクリアーすると、外からわかる仕組みがあるんやな」
兵士がどこかに走って行く。
バータルがおっちゃんを昨日泊まった部屋に連れて行く。
おっちゃんが待っていると、昼食が届く、お昼は豆のカレーライスだった。
「ほう、なかなか塩味と香辛料が効いていて美味いで」
おっちゃんが昼食を済ませて、ごろごろしていると、バータルが呼びに来た。連れて行かれた先は謁見の間だった。
チョルモンが面白くなさそうな顔をして口を開く。
「無事に『風の試練』をクリアーしたそうだな。約束だ。おっちゃんを、外国から来た人間だと認めよう。ただ、マレントルク王の手紙にあった測量を認めるには条件がある」
「なんでっしゃろ? その条件とは?」
チョルモンがむっとした顔で告げる。
「試練をもう一つクリアーしろ。そうすれば、アーヤの街と街の周り以外の測量を認めてやってもいいぞ」
(ははーん、これ、おっちゃんをどうにか排除しようという魂胆やな。でも、測量を認めてくれるなら、メリットもあるで。よっしゃ。受けたろう。そんで、おっちゃんの力を示したろ)
「わかりました。では、さっそく明日にでも、挑戦してきますわ」
「なに、明日にでもだと」チョルモンは決断の早さに驚いていた。
謁見を終えて部屋に戻った。部屋の外では兵士が立つ姿がなくなった。
おっちゃんは眠っていると、目が覚めた。意識があるのに、体が動かなかった。
「これ、前もあったな。『石の試練』をクリアーしたときや」
前回は闇の中で、男の声を聞いたが、今回は違った。
風に乗って、どこからか悲しい音楽が流れてきた。
(あれ? これ、なんの曲なんやろう? 聴いた覚えのない曲や)
おっちゃんは、その晩に不思議な夢を見た。夢の中では背景が白黒で、お城の中を歩く夢だった。
夢の中で自由に動くと、お城の中庭に辿り着いた。
中庭は広さが十五mほどの円形の空間だった。中庭には厚いガラス製の天井があり、中庭の中央には高さが三m、幹の太さ五十㎝ほどの小さな木が一本あるだけだった。
小さな木は他と違い色が着いていた。おっちゃんが木に近づいた時に夢は終わった。




