第二百四十七夜 おっちゃんと書状
翌日、凶獣の再上陸がないと判断して街に戻ろうとすると、赤髭に呼び止められた。
赤髭が真剣な顔をして切り出した。
「おっちゃん、街に戻る前に話がある。このキャンプ地の話だ。とりあえずは、このキャンプ地を足懸かりに、島の探索をしようと思う。そのためには物資が必要だ」
「どちらかの船を国に戻して補給路を確保せなあかんな」
赤髭が真顔で発言する。
「そうだ。いくら必要な物が大地から湧いて出てくる国だといっても、恵んでもらうばかりの状況は、あまり好ましくない。どちらかの船を一度、リッツカンドに戻す行動を提案する」
「なら、まず、セバルの船にナニルはんを乗せて、リッツカンドに戻ってもらうか。赤髭はんには、島に残って、キャンプ地の整備をお願いしていいか?」
赤髭は鷹揚に頷いた。
「探索団長はおっちゃんだ。おっちゃんの指示に従おう」
「出発はちょっと待ってな。できれば、マレントルク王の書状を持たせて、リッツカンドに戻したい。いきなり交易は無理でも挨拶文くらいは書いてくれるだろう」
おっちゃんはお城に戻って王様に謁見した。王様は満足気に口を開く。
「スフィアンよ。よくぞ、機転を働かせて凶獣を退治した。褒めて遣わす」
「ありがたき幸せです。それで、頼みがあるんですが、二隻あるうちの一隻の船を、ガレリアの都に戻そうと思います。ガレリアは国交を開く流れを期待しています。王様から書状を送ってもらうわけには、いきませんやろうか」
王様が顔をにわかに歪めると、ウサマが穏やかな顔で提案する。
「スフィアンが世話になっている国です。それに、これからガレリアからも多くの人が島を訪れるでしょう。王として挨拶の一つもなしとは、いかないでしょう」
王様は渋々の態度でウサマの提案を呑んだ。
「わかった、ウサマよ。書状の文面は御主に任せる。でも、くれぐれもマレントルクの誇りを忘れずにな。こちらから相手の風下に立つような真似だけは断固するな」
ウサマが恭しく国王に礼をする。
「かしこまりました、父上」
おっちゃんは申し出る。
「王様。もう、一つお願いがございます。アーヤ国とホイソベルク国へも行ってみとうございます。よろしいでしょうか」
王様は顔を曇らせる。
「そうか、スフィアンは知らぬのだな。アーヤ人やホイソベルク人とは敵対はしていないが、特段に行き来はしてない。お互い干渉し合わぬように過ごしてきたのだ」
ウサマが再び畏れながらと申し出る。
「アーヤやホイソベルクに領土的な野心があるとは思いません。この度は島の外に世界があるとわかったのですから、アーヤ、ホイソベルクにも教えてあげるのが親切かと思います」
王様が「うん」と口にしないと、ウサマがもう一押しする。
「幸い、スフィアンが行きたいと申しておるのですから、こちらも書状を持たせて状況を知らせたほうがよいでしょう。スフィアンなら、上手くやってくれるでしょう」
王様が嫌々な顔をしたが、折れた。
「ウサマがそこまでいうのなら、スフィアンをアーヤ国に使者として出してみるか。スフィアンよ。くれぐれもアーヤ人に馬鹿にされるでないぞ」
話が終わって王様が退出したので、ウサマに尋ねる。
「アーヤ人って、どんな人なん?」
ウサマが気軽に話した。
「アーヤ人は人ではない。どちらかというと、我々人間より、魔人に似た種族だ。性格は臆病で疑い深い。アーヤ人は我々と違い、『産岩』を湧かせる術は用いない。だが、『植生術』と呼ばれる独自の技を持つ」
「アーヤ国は、どんなん場所なん」
「国土のほとんどが、背の低い草原に覆われた国だ。アーヤの街には家はなく、代わりに、大きな木が生えており、住人は木を家の代わりに使っていると聞く。詳しい内情は見たわけではないから、わからんがな」
七日後、ガレリアに向けて書かれた書状が完成した。おっちゃんも中身を教えてもらった。中身は失礼ではなく、へりくだってもいない、敵意のない心情を示す挨拶状の文面だった。
「初めての接触やから、これでええか」
リッツカンドのお土産には、浮遊石を填め込んだ空を飛ぶ靴が二足、品物に巻いて荷重を軽くするベルトが三本、あとは大粒のダイヤモンドと真珠が贈り物として選ばれた。
「ウサマはん、なかなか、ええ品を選ぶな。これなら、ヒエロニムス国王も満足するやろう」
おっちゃんはセバルたちを見送ると、アーヤ国に向けて旅立つために仕度をする。
セバルが旅立った七日後にアーヤ国の国王チョルモンに向けた書状が完成した。
おっちゃんは書状を受け取ると、アーヤ国の首都に向けて旅立った。
【マレントルク編了】
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