第二百四十六夜 おっちゃんと凶獣(後編)
おっちゃんはお城に行き、凶獣の孵るのが間近である情報と対処法を王様に話した。
おっちゃんの報告を聞いて王様は困った顔をしてから、疑うような顔をする。
「凶獣の話は理解した。だが、本当にスフィアンの作戦で上手くいくのか?」
「やってみんと、わかりません。でも、まだ七日も猶予があるのに、手を拱く必要なんかあらへん。それとも、マレントルクって浮遊石はそれほどないの?」
王様が複雑な顔をする。
「浮遊石は、環状列石がある場所で石割りをすれば、いくらでも出るだろう。だが、凶獣のような大きな物体を運べるほど、大きな浮力が出せるかどうか」
「大きい言うても、たかだか、直径にして五十mでっせ。街中の人で浮遊石を掘ったら、浮かせるのが無理でも、運べるようにはなります。まず、行動ですわ」
王様は浮かない顔で決断をした。
「わかった。すぐに触れを出す。街中の人間に浮遊石を掘らせて、現場に持って行くように指示しよう」
「浮遊石と黒岩を貼り付ける糊が必要になります。沖に引っ張っていく綱も必要です。膠の提出と網を作る縄の提出も呼び掛けてください」
おっちゃんは王様に頼むと、兵舎に行って、セバルと話す。
「ちいとばかり大きな岩を、沖に捨てに行かねばならなくなった、赤髭と連携して準備を頼むわ」
セバルが意気揚々と請け負う。
「作戦はグリエルモから聞いた。タダで飯や水を貰って恐縮していたところだ。ここは借りに利子をつけて、マレントルク人に返してやろう」
セバル率いる四十人の船員が凶獣の傍で木を伐り丸太を伐り出す。赤髭の指揮の許、キャンプ地では網の作成が行われる。測量班が地図から、高低を利用した最適な運び出しの経路を算出する。
街の人の協力で、凶獣の近くに鍋が置かれ、膠が作られる。
街の人間はとても好意的でよく働いてくれた。石割によって得られた浮遊石が次々と現場に運ばれてくる。浮遊石に膠を塗って、黒岩に貼り付けると、しっかりと張り付いた。
三日後、真っ黒な黒い岩に、青や緑の浮遊石が無数に貼り付けられる。
浮遊石が発生させる浮力と黒岩の重さを計算しているグリエルモに訪ねる。
「どうや? 運べそうか」
グリエルモが淡々と計算結果を述べる。
「今日の夕方には、丸太を敷いて上に載せられる重さになるよ。船員、兵士、街の男衆と交代で運べば、二日は掛かるが、海に到達できる。あとは、どれほど、沖に持っていけるかだけど。海風しだいだな」
「なんとか、なりそうやな」
夕方には準備ができたので、凶獣の入った黒い大岩を丸太の上に載せる。
「行くでー」の合図で大勢が黒い大岩を引くと、大岩が丸太の上を滑り出した。
途中でなだらかな坂もあったが、人員を投入して力業で乗り切る。凶獣が入った岩は、ゆっくりとだが、海に向かって進んでいった。
作業開始から五日目の夜には、大きな黒岩は海岸に着いた。夜通し掛けて、黒い大岩に網を掛けて船と繋ぐ。
六日目の朝に海側に風が吹くと、船は進み出す。ピンと張られたロープがぎしぎしと音を立てると、黒岩は海中に向って動き出した。
浜で見ていた街の人々は歓声を上げた。黒岩は九割ほど海中に沈んだ状態で、船の後に従いてくる。船が進み、マストの上から陸が見えなくなった頃に、動きがあった。
大きな黒岩が大きな音を立てて割れた。黒岩が割れると、中にいた亀の凶獣は重さで海中に沈む。
すかさず、船が牽引していたロープを切った。黒岩の欠片についた浮遊石が天高くに飛んでいき、下には水泡に浮かぶ海面だけが残った。
亀の凶獣は生まれると同時に海中に没した。やがて、水泡はやんだ。
船上に歓声が上がった。セバルが意気揚々とした顔で声を掛けてきた。
「やったな、おっちゃん。なんとか間に合ったな」
「皆、ありがとうな。よし、キャンプ地に戻るで」
キャンプ地に戻ると、マレントルクの人間が待っていた。
マレントルクの人間は、おっちゃんたちが乗る船を見ると、手を振って喜んだ。
大丈夫だとは思うが、亀の凶獣が戻ってこないかを確認するために、五日ほどキャンプ地に留まって様子を見た。
マレントルクの人も、気になったのか、食糧を届ける傍ら、キャンプ地を見に来た。だが、キャンプ地はいたって平和だった。
凶獣が沈んで、五日目の夜に、キャンプ地をサリーマが訪ねて来た。
おっちゃんは崖の上にある見張り小屋の上にいた。他の船員が気を使って席を立った。
サリーマが穏やかな顔で、おっちゃんの横に座った。
「凶獣の恐怖は、始まることなく終わったね」
「そうやな。今回は発見が早かった。測量班の手柄やな」
サリーマが寂しげな表情をして、海を見つめる。
「おっちゃんは、海の向こうに帰ってしまうの?」
「いずれはな。ただ、アーヤ、ホイソベルク、サレンキストと、まだまだ、調査する内容は盛りだくさんや。それに、流れによっては、島の中央にある山にも行かんといけん」
サリーマが静かな海を見つめながら、穏やかに尋ねる。
「島の全てを調べ終わったら、どうするの?」
「一度は、国に帰らないけんな。おっちゃんは島での探索が終わったら、今度は国王をやらなあかんねん」
サリーマが不思議そうな顔で尋ねる。
「おっちゃんて、何者なの?」
「しがない、しょぼくれ中年冒険者やで」
サリーマが悲しげな顔で話す。
「嘘ばっかり。あのね、私、ロニイと上手くいかなくなっちゃった。おかしいわね、あんなに恋い焦がれていたのに。ロニイが子供に見えるの」
「ロニイも悩んでいたの。でも、大丈夫や。時間が二人の間の壊れた関係を戻してくれる。そのうち互いのいいとこが、また見えるようになるって」
サリーマが寂しげに微笑む。
「おっちゃんて、本当に不思議な人ね。でも、暖かいわ」
「そうか」と答えると、サリーマが立ち上がる。
「おっちゃんさえよかったら――」とサリーマは言い掛けて「なんでもない」と微笑んで言葉を止める。サリーマは天気のよい海に背を向けて、おっちゃんの許を去った。
 




