第二百四十四夜 おっちゃんと『石の試練』
一夜明けて、おっちゃんは『地下宮殿』に挑むべく王様に願い出た。
「国王陛下にお願いがあります。『地下宮殿』に挑む許可をください」
王様は満足した顔で告げる。
「『王石』を持つ以上、試練には臨まねばならない。試練を一つクリアーするのは王になる最低条件だ。是非にも試練を見事に潜り抜け、サリーマを嫁に取ってマレントルクに残ってくれ」
「サリーマとの結婚については、この場ではお返事できません。されど、資格があるなら是非にも試練をやり遂げて戻ってきます」
おっちゃんは冒険に必要な物を市場で揃え、セバルには『地下宮殿』への挑戦を告げた。
セバルが神妙な面持ちで答える。
「おっちゃんには危険な仕事はして欲しくないが、決断したのなら止めはしない。おっちゃんがやりたいようにやってくれ。俺はおっちゃんであれば、どんな困難な道であろうと、必ずや帰ってくると信じる」
三日後、おっちゃんは準備を整えると『王石』を持ってお城に行った。
お城では侍従長と兵士二人が待っていた。侍従長が暗闇で光る『夜蛍石』が填め込まれたランタンを持って、おっちゃんをお城の地下に誘う。
お城の地下には小さな『夜蛍石』が一m間隔で設置されており、薄明るかった。
行き止まりの先には縦横二mの跳ね上げ式の扉があった。
兵士二人が扉を開けると、下へ続く二十段の階段があった。
侍従長が淡々とした顔で説明する。
「扉はスフィアン様が下りられてから七日間は開けておきます。七日のうちに一度でもお帰りにならない場合は試練に失敗したと見なし、扉を閉鎖します」
「わかった。ほな、行って来るわ」
「行ってらっしゃいませ」と侍従長と兵士二人が整列して、真剣な顔で告げる。
侍従長がランタンをくれたので、ランタンを受け取り地下に降りる。
階段を下りてすぐ、おっちゃんは悟った。
(ここは、ダンジョン化しとるね)
元ダンジョン・モンスターのおっちゃんには、目の前の場所がダンジョン化しているかどうかわかる特技があった。
ダンジョン化の定義は諸説あるが、廃墟とダンジョンの違いは、管理者がいるかどうか、だった。
(空気が淀んでないから、空調は生きとるの)
床を見ると綺麗だった。
(清掃も行き届いている。補修もされた形跡がある。これは間違いなく管理者がいるで)
灯りで降り立った空間を照らす。正面には縦横二mの石版が嵌っていて、文字が書いてあった。
「試練が終わるたびに、真実が明かされる。六つの試練を終えた時に、真実は目の前に現れる」
おっちゃんは感心する。
「なんや。親切にも、おっちゃんにも読める字で書いてあるな。これは、あれやね。金のあるダンジョンにある挑戦する人間に応じて文字が浮かび上がる奴やね。高い仕掛けを使こうとるのー」
プレートの文字を吟味する。
(島の真実ねえ。『地下宮殿』で真実がわかれば、ヤングルマ島が本当に巨人の見ている夢かどうか、わかるんやろうな。いずれは知る必要があるやろうけど、今はロニイはんを探すだけでええ)
辺りを照らすと、斜めと横、六方向に道が分かれた通路があった。通路の上にはそれぞれ、『火の試練』『水の試練』『石の試練』『風の試練』『光の試練』『闇の試練』と記載されたプレートがあった。
(『火の試練』と『水の試練』は、止めやな。失敗したら、おそらく死亡や。ロニイはんがまだ生きている可能性も考えると『風の試練』と『光の試練』は期待が薄い。『闇の試練』と『石の試練』なら、まだ可能性があるかもしれん)
おっちゃんは闇雲に決めず、じっくりと思考する。
(『闇の試練』と『石の試練』か。ロニイはんなら、どちらを選ぶか? 人は本能的に闇を怖れる。マレントルク人なら、岩や石は慣れ親しんだものや。とすると、手始めに『石の試練』を選ぶかな)
おっちゃんは『石の試練』の記載された通路へと歩き出した。
五十mほど進んだ場所に石の扉があった。扉の脇には金属プレートが埋め込まれ、文字が書いてあった。
「生贄を捧げよ。犠牲なしでは、道は開けぬ」
「意味ありげな言葉が書いてあるの。でも、おっちゃんはこれを鵜呑みにするほど若くはないで」
おっちゃんはヒントが書かれたプレートを調べる。プレートが外れそうな事実に気がついた。
五分ほど、ごそごそとプレートを動かすと、プレートが外れた。裏には別の文字が書いてあった。
「石の試練は力の試練。止まぬ雨など決してない」
「なるほど、これが第二ヒントやな。おそらく、こっちのほうが大事や」
おっちゃんはプレートを元に戻して、他にヒントになりそうなものがないか、調べた。だが、目ぼしいものは他になかった。
石の扉をスライドさせると、一辺が六mほどの小さな部屋だった。部屋の中央には黄色く光るプレートがあり、上に人の形をした青年の石像があった。
石像から一mほど離れた場所には大きな機械があった。機械の横には半径八十㎝ほどの、円形の枠に嵌ったスクリューが着いた削岩機があった。削岩機は天井から下がっていた。
おっちゃんは天井を照らす。天井には無数の小さな孔が開いていた。光るプレートの上、機械、削岩機の上には穴はなかった。部屋の隅を光で照らすと、排水孔らしき孔が見えた。
「ははーん、読めたで」
おっちゃんは、天井の穴を光で照らす。
「これは、あれやな。部屋に入って、第一のプレートのヒントだけを頼りに削岩機の下に石像を置く。そんで機械のスイッチを入れると、天井から酸が降って来る。予想外の事態に慌てて、プレートの上に逃げると、石に変えられて石像にされるパターンやな。つまり、正解は、こうや」
おっちゃんが部屋に入ると、ドアが自動で閉まった。おっちゃんは機械のスイッチを入れて、削岩機の下に行った。
削岩機のスクリューがゆっくりと回転して、天井から降下を始める。同時に天井からなにかの液体が降り出す。
おっちゃんは削岩機の下にいるので、液体を被らない。おっちゃんは両手を上げて、削岩機の円形の枠を掴む。
枠を掴むと、抵抗を受けて削岩機が下がらなくなった。十五分ほど、下に降りようとする削岩機とおっちゃんの力比べが続いた。
十五分すると雨が止み、削岩機が止まった。部屋に声が響く。
「他人を犠牲にせず、自らを捧げ、己の力で乗り切った挑戦者よ。御主に真実を知る資格があると見なす」
ドアの鍵が開く音がした。
試練が終わったと思ったので、おっちゃんは『石化解除』の魔法を石像に掛けた。
石像は人間に戻った。人間は床に尻餅を搗いた。
「ロニイはんか。サリーマはんの頼みで助けに来たで。立てるか」
ロニイが床から、ふらふらと立ち上がる。ロニイが憔悴した顔で礼を述べる。
「僕はロニイです。ありがとうございます。助かりました」
「あまり、この部屋に長居したないねん。はよ出ようか」
ロニイがふらつきながらも歩き出したので、おっちゃんは後ろから従いて行く。
ロニイは、おっちゃんの手を借りることなく、出口まで行った。ロニイは這うようにして、階段を上がった。
兵士が戻ってきたロニイとおっちゃんを見て、驚きの声を上げる。
「スフィアン様、それに、ロニイ様まで。いったい、これはどうしたのですか?」
「とりあえず、ロニイに肩を貸してやって。王子様の帰還やで」
ロニイが生きて戻ってきた展開に、王は泣き出さんばかりに喜んだ。
おっちゃんは寺院に戻って、サリーマに伝える。
「ロニイはんは幸運にも生きとったで。会いに行ってあげてや」
サリーマが目に涙を溜めて、感謝の言葉を述べる。
「ありがとう、おっちゃん」
サリーマは礼を口にすると、お城に向かって走り出した。