第二百四十三夜 おっちゃんと結婚話
セバルたちは兵舎に泊まったが、おっちゃんは寺院の宿坊に戻った。
翌朝、おっちゃんはお菓子を買うと『幻影の森』に行く。ポッペの名前を呼びながら『幻影の森』を歩くと、すぐにポッペが現れた。
お菓子を渡すと、ポッペは喜んで受け取った。
「また、貢ぎ物を持ってきたのか。殊勝な心懸けだな」
「あんな、ポッペはん。『幻影の森』なんだけど、地図を作るために人が入ってもええかな?」
ポッペが不思議そうな顔をする。
「地図なんて作ってどうするんだ。なにかいいことでもあるのか」
「ポッペはんにはメリットはない。せやけど、おっちゃんたちが探検をした証拠にはなるねん。おっちゃんには探検した証拠が必要やねん」
ポッペは気楽な顔で答えた。
「よくわからないが、『幻影の森』に入りたければ、入っていいぞ。ただ、魔物がいるから身を守れないなら、止めたほうがいい。あと、他の魔人たちが邪魔するかもしれないが俺は知らないよ」
「そうか。なら、他の魔人さんとも仲ようやって地図を作るわ」
ポッペが怖い顔で忠告した。
「がんばれよ、おっちゃん。あと、一つ忠告しておく。『幻影の森』で地図を作るだけならいいけど、巨人が眠る山には行くな。あそこは、どこよりも危険な場所だ。資格がない者は立ち入ったら駄目だ」
「資格って、どうすれば手に入りますの?」
「実は俺もよく知らない。ただ、言い伝えでは島を巡っていれば資格はおのずと手に入るそうだ」
おっちゃんはポッペと別れると、マレントルクの街に戻った。
一週間ほど街で過ごす。セバルが食糧を持ってキャンプ地に戻り、別の船員を連れてやって来た。
グリエルモも測量班の人間を連れてやって来たので話をする。
「セバルはんたちが街の人間のために戦ってくれたから、街の付近での測量も許可が出た。街の先にある『幻影の森』に住む魔人のポッペはんからも、魔物から身を守れるなら測量してええと教えられた」
グリエルモが魔人の単語に興味を示す。
「そうか。まだ見ぬ、変った種族が住んでいるんだな。なかなか面白い」
「舐めたら、あかんで。見た目は子供やけど中々やりおる。実力を認めた人間に対してしか、心を開かん。あと、貢ぎ物を持って行ったほうが話は通りやすいで」
グリエルモは真剣な顔で頷いた。
「『幻影の森』に行く時はおっちゃんのアドバイスを聞くようにするよ」
「あとな、島の中央に巨人が眠る山と呼ばれる場所があるんや。せやけど、そこは測量にはまだ入らんほうがええ。どうも、この島の秘密が眠っているらしい。迂闊に手を出すと危険や」
「わかった。島の中央の測量は最後になるだろう。だが、おっちゃんとなら島の測量を終えられる気がするよ」
グリエルモが帰っていくと、宿坊を訪ねてくる人間がいた。巫女長だった。
巫女長が穏やかな顔で尋ねる。
「おっちゃんよ。この島は慣れたか?」
「人は優しい。飯は美味い。ほんま、ええ場所ですな」
巫女長が気軽な調子で話し掛けてくる。
「気に入ってくれて、なによりじゃ。今日は一つ縁談を持って来た。縁談の相手はサリーマじゃ」
「無理でっしゃろ。サリーマとおっちゃんでは親子ほど年が離れとる。もっとも、年が近くても結婚する気はないですけど」
巫女長が難しい顔をする。
「実はな、おっちゃん。街では王族の嫁は石巫女から娶る習慣があるのじゃ。おっちゃんはスフィアンではないかもしれん。だが、王たる資格がある『王石』を持つのであれば、石巫女と結婚して島に残ってほしい」
「おっちゃんやなくても、ウサマがおるやん」
巫女長が残念そうな顔で首を横に振る。
「ウサマは『王石』に選ばれたわけではない。ウサマでは駄目なのだ。現国王はもう年だ。いつ亡くならないともわからん。『王石』に選ばれた王がいなければ、マレントルクは滅びる。石巫女としては、マレントルクの滅びは避けなければならん」
「おっちゃんは異邦人や。この街に定住はできん」
巫女長は渋い顔をしたが、引き下がった。
「そうか。なら、今日のところは帰るとするが、考えておいてくれ」
巫女長が帰った。夕食の時間になり、イサムがやってくる。おっちゃんはイサムに聞いた。
「おっちゃんとサリーマの結婚話が出とるんやけど、サリーマはどう思っているかわかるか?」
イサムが淡々とした顔で告げる。
「私はサリーマ様ではないので、わかりません。ですが、ロニイ様を失った時にいずれは『王石』を持つ他の人と結婚話が出る未来はわかっていたと思います」
初めて聞く名前が出た。
「誰や、ロニイって?」
イサムが悲しそうな顔で告げる。
「王様の第四男に当る御方で、サリーマ様の許婚でした。ですが、ロニイ様は『地下宮殿』に挑み、帰らぬ人になってしまいました」
「初めて聞く話やな。お城の地下になにかあるんか」
イサムが淡々とした表情で語る。
「お城の地下には試練を課すダンジョンの『地下宮殿』があります。『王石』を持つ王族は慣わしとして、『地下宮殿』に挑みます。試練を潜り抜けた者のみが王となれるのです」
「ロニイはんは、王様になろうとして試練に失敗したのか」
イサムが思案した顔で思いを語る。
「ロニイ様は王になるというより、試練の先にある真実に、興味があったのだと思います。寺院に伝われる伝承では、六つの試練を潜り抜けた者の前に大いなる真実が現れると伝えられております」
「今まで、その真実に辿り着いた者はおるんか?」
イサムが暗い顔で首を横に振った。
「私の知る限りでは、一人もおりません」
食器を下げると、夜にサリーマがやってきた。
「ちょうどよかった。おっちゃんも少し、話したいと思っていたところや」
サリーマが寂しげに語る。
「おっちゃんは私との結婚には否定的なんですか」
「そうやね。年が離れすぎているやろう。それに、あまり人には言えんけど、おっちゃんには奥さんがいたねん。名前はキヨコ。おっちゃんには過ぎた奥さんやった」
サリーマが安堵した顔をする。
「そうですか。おっちゃんには、帰りを待っている人がいるんですね」
「残念やけど、帰りを待ってはおらん。これは秘密やけど、キヨコはある日、おっちゃんの前から姿を消した。たぶん、愛想が尽きたんやと思う。情けないと思うかもしれんが、おっちゃんは今でも冒険の傍らキヨコを探しとる」
サリーマが悲しげな顔をする。
「おっちゃんに、そんな過去があったんですか」
「サリーマはんは、どうや? ロニイはんをどう思うとったん?」
サリーマは伏し目がちに語った。
「ロニイは私にとっては兄のような人でした。でも、ある日、『地下宮殿』に挑むといって、帰らぬ人になりました。その後、私は本当の私の心に気がつきました。私はロニイを好きだったんだ、って」
「それは辛いな」
サリーマが意を決した顔で頼む。
「おっちゃん、こんな言葉を言えた義理ではないかもしれません。『地下宮殿』に、ロニイを探しに行ってもらえないでしょうか。『地下宮殿』には、『王石』を持った人間しか入れません」
「一つ確認やけど、『地下宮殿』って、一度でも入ったら攻略できるまで出られへんの?」
サリーマが神妙な顔で告げる。
「試練の部屋に入れば、試練をクリアーするまで出られません。ですが、試練は一度に全てクリアーする必要はありません。地上に戻ったり、入ったり、を繰り返して時間を掛けて攻略していける造りになっているそうです」
(攻略される将来を前提に作られたダンジョンやな。ダンジョンとしては難易度が低めやな。それに島の秘密がわかるのなら、試練の一つも、受けておいたほうがええかもしれん)
「それなら、それほど難しくないな。ただ、探しに行っても残酷な結末になるかもしれんよ」
サリーマが決心した顔で頼んだ。
「どんな結末でも受け入れます。でも、今のままでは私は前に進めません」