第二百四十二夜 おっちゃんと黒岩の魔物(後編)
おっちゃんの注意喚起が飛んで八分ほどが経過したところで、遠くから銅鑼が鳴る音が聞こえた。
「敵の襲撃を知らせる銅鑼や。どうやら、西側では戦闘が始ったらしい。もうすぐ、ここも戦場になるで」
おっちゃんの声が響くと、付近の黒岩が割れて黒狼の魔物が飛び出した。おっちゃんは一突きに魔物を始末する。
他の黒岩も割れて獣が飛び出す。付近の黒岩は一斉に割れなかったので、対処はしやすかった。生まれてきた魔物から確実に退治する。櫓の周りの魔物を片付けると、今度は南と北から、魔物が群れで押し寄せてきた。
セバルが気楽な顔で口笛を吹く。
「こりゃ、すごい。前と後ろ合わせて二百はいるな」
「勝てそうか?」
セバルが闘志の篭った目をして発言する。
「先ほどの強さのが二百なら問題はない。ただ、これで打ち止めには、してもらいたいものだ」
前後から迫り来る二百の魔物と、おっちゃん率いる四十人との戦いが始った。
魔物は様々な獣の姿をしていたが、人間の大きさを越える魔物は二十もいなかった。
大きいといっても、せいぜい熊ぐらいなので、冒険者として日々戦ってきた呪われた民の精鋭の敵ではなかった。
おっちゃんたちは確実に魔物の数を減らしていく。魔物の数が半分に減っても、おっちゃんたちに犠牲者は出なかった。
魔物は恐れを知らないので、いくら数が減ろうと引きはしない。
戦いは始終、おっちゃんたち有利に進む。魔物が五十近くまで数を減らした。
(ここまで来れば、敵の増援がない限りあとは消化試合やな)
街の中から、大きな銅鑼の音が響くのが聞こえた。
「なんや? 街の中で何か起きているんか?」
おっちゃんは持ち場を離れるかどうか迷った。
セバルが威勢よく声を出す。
「心配なら行ったらいい。ここなら、大丈夫だ」
「そうか。なら、ここは任せるで、セバルはん」
おっちゃんは『飛行』の魔法を唱えて空を飛び、城壁を飛び越えた。
街の共用採石場の中に直径十mはある大きな黒岩が見えた。黒岩の前では石巫女たちが黒岩を囲んで祈祷していた。
(なんや、黒岩を地中に戻そうとしているんか)
されど、石巫女たちの祈祷は虚しく、黒岩に大きな亀裂が入る。
(駄目や。魔物が生まれる)
黒岩がボロボロと崩れて真っ黒な大きな蜘蛛の魔物が現れた。
魔物には見覚えがあった。アイアン・タランチュラだった。おっちゃんはアイアン・タランチュラの脚の一本に切りかかった。刃はやすやすと脚を裂いた。
(生まれたばかりやからか、随分と柔らかいで。だが、時間が経てば硬くなるかもしれん。硬なったら、厄介やで)
おっちゃんは『高度な発見』の魔法を唱える。アイアン・タランチュラの一番上の眼の間に反応があった。おっちゃんは叫んだ。
「そいつの弱点は、一番上の眼の真ん中の辺りにある」
おっちゃんの声が聞こえたのか、兵士が弓で弱点を射抜こうとする。
だが上手く行かない。おっちゃんが一か八か空を飛んで眉間に一撃を加えようかと考えていると、サリーマの姿が見えた。
サリーマは光る弓を引いていた。サリーマが引き絞る手を離すと、光る矢が一直線にアイアン・タランチュラ目掛けて飛んでゆき、弱点を射抜いた。
弱点を射抜かれたアイアン・タランチュラは、その場で力尽きて動かなくなった。
(ふう、硬くなる前に処理できたで)
おっちゃんはサリーマに駆け寄った。
「大丈夫か、サリーマはん」
サリーマが力なく座り込み、気の抜けた顔で話す。
「なんとか、やれました。もう一回やれと命令されてもできません」
「街の中に出現した黒岩は、これ一個だけか」
「他の黒岩は他の石巫女と協力して大地に還しました」
街の西から大きな銅鑼が鳴る音がした。
「なんや? この音は援軍を頼む合図か?」
サリーマが落ち着いた顔で教えてくれた。
「この叩き方は魔物の討伐を終えた合図です。どうやら、西の守護石は守りきったようです」
おっちゃんが東の守護石まで戻ると、東の守護石も無事だった。
「セバルはん。街中も、西の守護石も、無事や。防衛はひとまず終了や」
セバルが落ち着いた表情で意見を述べる。
「怪我人が出たが犠牲者は出ていない。『黄金の宮殿』の魔物に比べれば大したことない奴らばかりだった」
怪我人の手当てをしていると、ナディアと兵士が戻ってきたので現場を明け渡した。
まだ黒い岩が残っていると困るので、全員で街の周囲を確認した。けれども、黒岩は残っていなかった。
「よし、これで、とりあえずは、大丈夫や。ただ、街は混乱しとると思うから観光はお預けやな」
「そのほうがいいだろう」とセバルも真剣な顔で同意した。
セバルたちを帰そうとすると、ナディアがやってきて、機嫌よく声を懸ける。
「どこに行くんだ。マレントルク人は街のために戦ってくれた恩人を手ぶらで帰したりはしない。大した持て成しはできないが、寄っていって欲しい」
「ナディアはんがそういうなら、寄らしてもらおうか」
セバルたち四十人は空いていた兵舎に泊めてもらい、その晩はささやかながら宴が開かれた。
宴には最初だけだが国王が顔を出した。国王が満足した顔で発言する。
「スフィアンよ。よく街の危機に精鋭を引き連れて戻ってきてくれた。感謝するぞ」
「だから、王様、おっちゃんは、スフィアンやないですってば」
王様が怪訝な顔をする。
「もし、お主がスフィアンでないとするなら、何ゆえ、マレントルクのために戦った」
「それは、成り行きいうか、逃げる選択肢を思いつかなかったからですわ」
王様が勝手に納得する。
「そうか、スフィアンは義に厚い男なのだな。それでこそ、王たる者の資質じゃ。だが、そんなスフィアンの厚意に甘える儂ではない。街のために戦ってくれた褒美を取らそう。なにがいい」
「ほな、街と街周辺の測量も許可してもらえませんやろうか」
王様は顎鬚を撫でながら、渋い顔をする。
「本来なら許可したくはないところだが、街のために戦ってくれたのだ。敵意はないと見なし、測量は許可しよう」




