第二百四十一夜 おっちゃんと黒岩の魔物(前編)
翌日、お城の兵士と街の人により積極的に石割が行われ、食糧が集められる。
昼には荷馬車四台に食糧が詰まれ、おっちゃんを先頭に『亀の入江』に向った。食糧を積んだ補給隊は夕方まえには『亀の入江』に到着した。
「皆、新鮮な食糧も持って来たで」
荷馬車から食糧品が下ろされる。久々に見る、新鮮な野菜、果物、肉に船員が喜ぶ。搬入された物資の中には酒があったので、簡単な宴が開かれた。宴の輪の中からひとり外れている人間がいた。
灰色のローブを着た痩せた青年で、髪は銀色で短く、黒い瞳をしていた。肌は白い。顔は卵型で、やや鰓が張っている、目の下には隈があり、あまり健康そうな印象はない。測量班の若きリーダーのグリエルモだった。
「なんや、グリエルモはん、人の輪の中はあいかわらず駄目なんか」
グリエルモが、どよんとした顔で答える。
「どうも、あの空気が馴染めない」
「人に馴染めないながらも、おっちゃんの助けに船に乗ってくれて嬉しいわ。感謝しとる」
グリエルモが表情を戻して答える
「アントラカンドの人間なら当然の決断だよ。それに、謎の島には興味があったからちょうどよかった」
「測量なんやけど、キャンプ地の周りの測量は進めてもええ。せやけど、街の付近の測量は待って欲しい。マレントルクの王様がええ顔しないんや」
グリエルモが気負わずに答える。
「全てが測量できるとは思っていない。ヒエロニムス国王からも、おおまかな地図ができれば問題ないと言われている」
「ヒエロニムス国王はこの島をどないしようと思っているんやろう」
グリエルモが淡々とした顔で告げる。
「ヒエロニムス国王は人が住んでいない場所なら入植を考えていたみたいだな。人が既に住んでいた場合は無理に進出するつもりはないみたいだったな。ただ、交易路を開くために港は一つ欲しいようだったけど」
「交易路か。貿易で互いに発展できればいいんやけどなあ」
翌日、街を見たいと希望する船員を選ぶ。セバルに引率をお願いして、四十人からなる集団を伴ってマレントルクの街に向った。
マレントルクの街が近づくにつれ、地面に黒い点が数多く見えてきた。
(あれは何や? 街を出るときにはなかったようやけど)
黒い点は黒岩だった。黒岩は一目では数えられないほど多かった。おっちゃんは注意を促す。
「黒岩に触ったらあかん。黒い岩が割れると魔物が出る」
セバルが険しい顔で訊いてくる。
「随分と黒岩があるようだけど、魔物が出るなら始末したほうがいいだろう。なんで、放置してあるんだ?」
「おっちゃんが街を出る時には黒い岩は一つもなかった。おそらく、昨晩の内に大量に湧いたんやろう」
街の中に入るかどうか迷った。
(街の中に入れば、ひとまず安全かもしれん。でも、守護石の状態が気になる。どうする、守護石を見に行くか?)
「みんな、聞いてくれ。これから、戦闘になるかもしれん。それも、結構な数とや。お願いできるか?」
セバルが真剣な顔で応じる。
「おっちゃんの船に乗る者で武器が使えない者はいない。また、戦いに臆する人間は一人として選らんできていない。俺が船に選んだ乗員は戦士ばかりだ」
セバルは『通訳』の魔法を唱える。
「そうか。なら、街の中に入る行為は後回しや。従いてきてくれ」
おっちゃんは街の東に急いだ、櫓が見えてきた。櫓の周囲には大勢の兵士がいた。
兵士の一人が「止まれ」と警告の声を上げた。
おっちゃんはセバルたちに停止を命じて一人で櫓に近づいて行く。
ナディアがおっちゃんの前に出てきて、緊迫した顔で尋ねる。
「おっちゃん。後ろの大勢の武器を持った人間はなんだ?」
「おっちゃんが乗ってきた船の人間や。街を見学に来たら、街の周りに黒岩がびっしりあって驚いたところや。おっちゃんたちも街の防衛に加勢するで。なにか、できる仕事はないか」
ナディアが険しい顔で願いしてきた。
「少ない兵で残された守護石の三つの防衛は無理だ。お城では南の守護石を放棄して、東と西の守護石だけを守る決断をした。だが、それでもまだ、二つの守護石を守りきれるかどうか怪しい」
「おっちゃんたちが、東か西に加勢する。どっちに行ったらええか、指示を頼む」
ナディアが険しい顔で即断する。
「私の隊はここを離れ西の守護石に行く。だから、ここ東の守護石を任せていいか?」
「わかった。ここはおっちゃんたちが守る」
ナディアが後ろを振り返る部隊の兵に指示を出す。
「スフィアン殿下が援軍を連れてきてくれた。東の守護石はスフィアン殿下とその手勢に任せる。弓矢は置いていってやれ。急げ、守備隊は西の守護石を確実に守るぞ」
(他人に任せるんでは心もとないから、スフィアン殿下の名を使ったな。ナディアはんは頭が廻るの)
ナディアの号令の許、兵士が慌ただしく移動を開始する。
セバルが怪訝な顔で尋ねる。
「スフィアン殿下って、おっちゃんを指しているのか?」
「そうや。なんか、おっちゃん、この国の王子様と間違われとるんや。でも、今はスフィアン殿下でええねん。そのほうが守護石を守る口実になる」
セバルがやれやれの顔をする。
「おっちゃんが殿下ねえ。世の中、わからんものだな」
セバルが部下に指示を出す。弓が使える者は櫓の上に、剣が得意なものは櫓の周りに配備された。
おっちゃんは注意を促す。
「黒岩からどんな魔物が生まれるか、わからん。でも、黒岩から生まれる魔物には痛覚はない。斬っても怯まんから、そのつもりで戦ってくれ、動かなくなるまで油断したらあかん」
セバルが真剣な顔をして質問する。
「厄介だな。他に注意する点はあるか」
「魔物には弱点がどこかにある。弱点を突けば間単にやれる。あと、姿形が大陸の魔物と一緒でも、行動パターンは異なるから気を付けてな」