第二百四十夜 おっちゃんとそれぞれの思い(後編)
おっちゃんの帰還にキャンプ地は沸いた。ナニルは初めてみる髪の色、目の色、肌の色の違う人々に興味を示す。
黄色い瞳、青い髪に、小麦色の肌をした凛々しい青年が前に出る。呪われた民を代表して船に乗っていたセバルだった。
セバルが安堵した顔で、おっちゃんに声を掛ける。
「おっちゃんのことだから、心配はないと思っていた。無事でなによりだ」
セバルに力強く声を掛ける。
「おう、無事も、無事。ぴんぴんしとるよ。船の乗組員の問題はないか」
セバルが威勢よく答える。
「誰一人として欠けてはいない。全員無事だ」
「河口に着けているんやから、水の心配はないやろうが、食糧のほうはどうや?」
セバルが浮かない顔をする。
「この島は変だ。釣った魚は残るんだが、兎や鳥を仕留めても、食べる前に消えてしまう。試しにキャンプ地の外に豆を蒔いたのだが、芽すら出ない。国から持ってきた作物が育たないんだ」
「そうやろうね。ここは、変わった島やからね」
セバルが晴れない顔で告げる。
「もう、二番船の船長の赤髭と話して、食糧の補給のために、赤髭の船はマサルカンドに戻ってもらおうかと考えていたところだ」
「食糧なら心配はない。実はここから歩いて三、四時間ばかり行ったところに、マレントルクの街がある。そこで、食糧は手に入る。船の場所がわかったから、おっちゃんが行って食糧を調達して戻ってくるわ」
セバルが安心した顔をしてから、軽い調子で尋ねる。
「そうか。人の住む街があるのか。それで、そっちの男は誰だ?」
「街で知り合った知り合いや。ええとこの息子さんやけど、外の世界に興味がある。船に乗せてやろうと思うとる。なにかと迷惑を掛けると思うが、セバルはんが面倒を見てくれるか?」
セバルが笑顔で請け負う。
「調査団長のおっちゃんの言葉なら、是非もなしだ。一番船の船長のセバルだ。よろしくな」
ナニルが緊張した面持ちで、セバルに声を掛ける。
「ナニルと言います。よろしくお願いします」
「なんや、ナニルはん、おっちゃんの国の言葉を話せるんか」
「奇妙な男が言葉を教えてくれました。どんな術を僕に使ったかわかりませんが話せるんです」
(奇妙な男やりおるの。ほんまに不思議な存在やで)
セバルとナニルが話していると、燃えるような真っ赤な髪と髭を持つ大男がやってきた。
大男はキャプテン・ハットを被り、海賊船の船長のような格好をしていた。
「赤髭はん、色々と心配を掛けたな。ただいま戻ったで」
赤髭が気さくな調子で口を開く。
「おっちゃんは俺の掛かっていた呪いを解いたほどの傑物だ。心配はしていない。心配の種は船の食糧のほうだった」
「食糧の件やけどな。近くの街から仕入れてくるから待っていて。グリエルモはんの姿が見えんけど、どうしている」
赤髭が呆れた顔で発言する。
「測量班の連中か。おっちゃんなら心配ないからと口にして、護衛を伴って普通に島の測量を行っている。仕事熱心といえば、仕事熱心だがな」
「ナニルはん、ここら辺って、危険なモンスターとか出る?」
ナニルが気楽な調子で答える。
「出ても、狼くらいですかね。時折、人間より一回り大きい熊も出るようですが」
「そうか。それなら、グリエルモはんが従いていれば、問題ないやろう。おっちゃんがこの島で見た事実を掻い摘んで話すわ。ちょっと聞いてくれるか」
おっちゃんは、マレントルクでは岩を湧かせて日用品や食糧を得ている事実。浮遊石と呼ばれる、空に浮かぶ石が島にある情報を話した。
セバルが疑った顔で訊いてきた。
「食糧や物資が地面から湧いてくる土地に、空を飛ぶ岩か。にわかには信じられないな」
「ナニルはん。岩を出して、割ってみせてくれるか」
ナニルが機嫌もよく答える。
「採石場でやったほうが味も質も格段に良い物が出るのですが、いいですよ」
ナニルが合掌すると、地面から赤い岩が現れた。ナニルが石を軽く小突いて割ると、中から少量の豆の束が現れた。
船員たちが驚愕の顔で見る
「ナニルはん。その靴に浮遊石が入っているやろう。ちょっと浮かんでみて」
「お安い御用です」とナニルが笑顔で返す。
ナニルがステップを踏むと、宙に浮かんだ。
「これがこのマレントルク国や。おっちゃんの得た情報によると、島には、アーヤ国、ホイソベルク国、サレンキスト国があって、それぞれ独特の文化を持って生活しとるんよ」
赤髭が一唸りしてから、豪胆に笑う。
「俺も航海生活が長いがこんな島は初めてだな。これだから航海はやめられない」
「積もる話もあるやろうけど、まずは、美味い飯や。ほな、おっちゃんは食糧を仕入れに街に行ってくるから、待っていて。明日の夕方までには戻ってくる」
おっちゃんはセバルにナニルを預けると、ナニルの馬で街を目指した。
街に着いたときには夕方前なので、おっちゃんはお城に向った。王様に面会を願い出ると、王様は会ってくれた。
王様は神妙な顔でおっちゃんに尋ねる。
「どうした? 儂の息子のスフィアンだと、認める気になったのか?」
「わいはスフィアンやないですって。それより、おっちゃんの乗ってきた船が『亀の入江』に停泊しています。水と食糧の搬入を認めてください」
王様が目を閉じて数秒ほど考える。
「長旅で食糧が尽きかけているのかもしれんな」
王様が目を開き、真剣な顔をする。
「あいわかった。我々には、敵意はない。外国の船に害意がないのであれば、食糧は我々が贈ろう。また、船員の街への入国も認める」
「ありがとうです。あと、できれば、測量も認めてもらえませんやろうか」
王様が厳しい顔で答える。
「スフィアンが世話になった国なれば、島の海岸付近を探索して廻るのは構わない。だが、街の周辺は、ご遠慮を願おう。スフィアンを信用しても、他国の内情には詳しくないからな」
(マレントルクから戦いを仕掛ける気はないが、警戒は怠らない態度やね。一国を預かる人間としては、妥当な判断やね)
「わかりました。測量班へは街の周りでは測量は控えるように命じます」
王様が厳しい顔のまま尋ねる。
「スフィアンよ。ナニルの件は知っておるか。愚かにも『王石』を砕こうとして消えた件だ」
「わいも広場にいたので、この目で見ました」
王様は寂しそうな顔で尋ねる。
「ナニルは本当に『王石』を傷つけようとして罰を受けて消えたのだろうか。どうも、儂には信じられない」
「ナニルはんについては、非常に残念な結果になりました。まさか、あんな風に消えるなんて、思いもよりませんでした。ナニルはんについてはスフィアンと同様に諦めたほうがよい気がします」
王様が複雑な表情で確認する。
「ナニルについては、諦めるしかないのか。どうにか、取り戻す手立てはないのか。あれは馬鹿な子だが、親にしてみれば可愛い奴じゃった」
(ナニルはんが消えたのが芝居やと、王様は薄々と感じとるな)
「ナニルはんは分別の付く大人です。もう、自分のやった行いの責任は自分で取るのが筋やと思います。子供はいつまでも子供じゃありまへん」
王様が悲しそうな顔をする。
「そうか、わかった。ナニルについては遠い異国に旅に出たとでも思って諦めるしか、ないか」




