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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ヤングルマ島【マレントルク国】
239/548

第二百三十九夜 おっちゃんとそれぞれの思い(前編)

 翌日、おっちゃんが街を歩くと、街の人がおっちゃんを見てひそひそと話をする。

 時折「王子様」とか「皇太子」とか聞こえるので、『王石』の話が街の人の間に流れていると思われた。


(完全な誤解なんやけどな。参ったな。どうしたら、誤解が解けるんやろう)


 三日後、宿坊に戻るとお客さんがいた。客は第三王子のナニルだった。ナニルはお城で会った時とは違い、質素な服を着ていた。


 ただ、三つの青い宝石が嵌った腕輪をして、先の尖った高そうな靴を履いていた。腕輪と靴が質素な衣装に合っていないのが印象的だった。


 ナニルが挑戦的な顔をして発言する。

「スフィアン兄さんと、呼んだほうがいいのかな」


揶揄(からか)わんといて。おっちゃんはスフィアンやない。おっちゃんは、おっちゃんや」


 ナニルが意味ありげに笑う。

「おっちゃんは『王石』を邪魔に思っているそうだね。ウサマ兄さんに『王石』を売ろうとしたよね。隠しても駄目だよ。僕は知っているんだ」


「そうか。そんで、王子様がなんの用や」


 ナニルが笑顔で要求した。

「僕に『王石』をくれ」


「なんや。ナニルはんも王様になりたいんか。王座には興味がないように見えたんやけどな」


 ナニルが澄ました顔で答える。

「王座には興味はないよ。ただ、『王石』だかなんだか知らないけど、そんな、ただの石に振り回される皆が滑稽に見えただけさ。だから、僕は証明するんだ。『王石』と呼ばれていてもタダの石だ、とね」


(なんや、怪しいで。なにか企んでいるようやけど、なにをするつもりなんや?)


 おっちゃんが訝しむと、ナニルは微笑んで要求する。

「僕の作戦が上手くいったら、おっちゃんも皇太子の地位から解放される。ウサマ兄さんも皇太子の地位に戻れる。皆がハッピーさ。さあ、僕に『王石』を渡してくれ」


(なにをしようと無駄やと思うけどな。やって駄目なら、諦めるやろう)

「そうか。なら、『王石』をやるわ」


 おっちゃんが『王石』を渡すと、ナニルが『王石』をじっと見る。ナニルの顔には、なにかしらの決意のようなものが浮かんでいた。

(なんや? あの顔、いつもと雰囲気が違うで)


 ナニルがいつもの顔に戻り、気さくな調子で告げる。

「よし、おっちゃん。いい物を見せてやるよ。従いてきてくれ」


(あまり、ええ気がせんけど。見ろと頼むなら付き合うか)


 おっちゃんはナニルに従いていく。ナニルは街の広場に機嫌よく歩いていく。

 広場に一段と高い壇が設けられ、壇上には金床が用意されていた。広場にはすでに大勢の人が集まっていた。


 ナニルが『王石』を掲げて、聴衆に語りかける。

「大勢の者が『王石』に興味を持っている。だが、こんな物はただの石だ。そんな石に、やれ王だ、皇太子だと振り回されている。実に馬鹿馬鹿しい。僕は『王石』など認めない。『王石』はこの国には必要ない」


 ナニルが金床の上に『王石』を載せる。

「おい」と広場に控えていた側近に声を掛けると、側近が横にあった荷車の布をどける。


 そこには大きな鎚があった。聴衆がどよめく。

ナニルが気にせず、大きな鎚の前まで大股で歩いて行く。ナニルが両手で持ち大きな鎚を持ち、金床の前に進む。


「『王石』など、こうしてくれる」

 ナニルが叫ぶと、『王石』の上に大きな鎚を振り下ろす。ガチンと金属を弾く音がした。

『王石』には、なにごとも起きなかった。


 だが、急に壇上のナニルが苦しみ出し、ふらふらと壇上でよろめく。

「がはっ」とナニルが叫ぶと、ナニルの体が透明になって消えていく。


 おっちゃんは苦しむナニルを見て慌てた。ナニルのしている腕輪から、宝石の一つが色を失い落ちる光景を見た。


(あれは、魔力が篭った腕輪か。まさか、ナニルは魔法で自ら透明になったんか。でも、どうやって脱出する気や)


 現状がナニルの自演だとするなら、先ほどナニルがふらふらと壇上を歩いた動作も気になった。

(先ほどの歩き方、一見すると、苦しんでふらついていたように見えたけど。あれは、魔法の靴を発動させるステップやったら、どうやろう)


 おっちゃんはこっそり群集から離れて『魔力感知』を唱える。空を北に向かって移動する透明な存在に気がついた。


(なんや、ナニルは魔道具で透明になって空を飛んでいっただけか。でも、なぜ、そんな芝居を打ったんや。それに、この島の人間はおっちゃんたちが使う魔法を知らん。魔道具の入手先が気になるな)


 おっちゃんは騒然とする人ごみから逃れる。『飛行』と『透明』の魔法を唱えて、ナニルを全速力で追った。


 透明になって空を飛ぶナニルだが、同じく透明になって後を追ってくるおっちゃんには気付いていなかった。


 おっちゃんは注意して距離を開けて飛んだ。一時間以上、飛んだところで、ナニルが大きな河の(ほとり)に降り立つ。


 河の畔には荷を括りつけた馬が繋いであった。

 ナニルの『透明』の魔法が効力を失ったのか、ナニルが姿を現わした。ナニルは馬の荷からバック・パックを下ろすと背負った。


 おっちゃんはナニルから十m後方に降り立ち、『透明』の魔法を解除する。

「大層な芝居を打って、なんのつもりや?」


 ナニルが驚いた顔で振り返る。

「おっちゃん、どうして、ここに? そうか、あの奇妙な男も大陸の出身者。おっちゃんも同じ大陸から来たのなら、同じ芸当ができるのか」


(奇妙な男やと? おっちゃんをこの島に運んだ奇妙な男はナニルに何を吹き込んだんや)


「おっちゃんの話は、ええ。ナニルはんの話を聞かせてくれんか。なんで、大衆の前で『王石』に危害を加えて罰を受けたように見せ掛けたんや?」


 ナニルが陰のある表情をする。

「この島から、出たかったんだ。時折、魔物が来るが、この島は平穏だ。僕には静か過ぎる。そんな時、外の世界がある事実を知った。僕は外の世界を見てみたいと思った。だが、王族の人間が島を出る行動は許されない。そう、死ぬか、消えるかしない限りね」


「なるほど、それで『王石』の祟りを装ったわけか。でも、船もなく、一人でどこに行くつもりやった?」


 ナニルが「ふっ」と笑う。

「船なら、あるんだよ。偶然、馬で遠乗りして海岸に行った時に見つけたんだ。サレンキスト人の船ではない。あれは、異国の船だよ」


「なんやて」


 ナニルが挑戦的な顔で申し出た。

「どうだ、おっちゃん、取引しないか? 僕が船のある場所まで、おっちゃんを連れて行く。だから、おっちゃんは、僕が逃げ出すために打った芝居を黙っていて欲しい」


(ナニルはんが決意を持って街を出たのなら、引き止めても、また街を出る。なら、ナニルはんに船の場所まで案内させたほうがええ。もしかしたら、おっちゃんの乗ってきた船かもしれん)


「わかった。ナニルはんの芝居は皆に黙っていたる」


 ナニルが安堵した顔をする。

「よし、取引成立だな。河の下流にある『亀の入江』に船が泊まっている現場を目撃した。船から物資を下ろして、キャンプを張っていた。船はまだいるはずだ」


 おっちゃんはナニルの馬を引き、歩きながら訊いた。

「奇妙な男について教えてくれへんか。実はおっちゃんはその奇妙な男と遭った事実は覚えているんや。だけど、どうもよく思い出せん」


 ナニルが難しい顔をして答える。

「そういわれれば、僕も奇妙な男だった、としか記憶にないな。どんな顔をしてどんな服装をしていたか、思い出せない。話も断片的に記憶にあるだけだな」


「そうか。やっぱり、そうなんやな」


 おっちゃんは親切心から警告した。

「ナニルはん。島を出たい気持ちはわかった。でも、船で外の大陸に渡るって、並大抵の苦労やないで。おっちゃんはお城で暮らしていたほうが安泰やと思うけど」


 ナニルが遠くを見つめて、何気ない顔で発言した。

「僕は馬鹿なのかもしれない。でも、馬鹿なのが僕の性根なら、馬鹿をやりたい。たとえ、行く先がなにもない荒野でも、きっとその先には何かがあると信じて進みたい。平坦な道だと退屈しすぎて心が死んでしまう」


 ナニルの言葉を聞いて、感慨に浸る。

(若いのー。でも、失敗できるのも若者の特権や。痛い目を見るのも、ええ目に遭うのも、人生や。それに、冒険者やっているおっちゃんにはナニルはんの態度を否定はできんな)


「そうかー」とだけ、おっちゃんは相槌を打った。

(それに、ナニルはんに夢を見させた人間は紛れもなく、おっちゃんや。わいが外の世界から来たから、ナニルはんの外に出たい思いは強うなった。もし、船がおっちゃんの乗ってきた船なら、口を利いてやるくらいは、してやってもいいかもしれん)


 一時間ほど北東に歩くと、背の高い岸壁が見えてきた。岸壁の横は入江になっていた。ナニルの言った通り、入江にある河口付近に二隻の船が泊まっていた。船の周りにキャンプが張られていた。


 船はおっちゃんが乗ってきた船とそっくりだった。

 キャンプ地に近づいて行くと、キャンプの付近に立っていた見張りが、おっちゃんたちに気付いた。


 見張りが大きな声を上げる。

「おっちゃんです。おっちゃんが生きていました」


 キャンプから大勢の男たちが駆けてくる。


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― 新着の感想 ―
新大陸に渡るおっちゃん一行の二番船の船長は、序盤の海賊の宝の話で出てきた赤髭だったのか。海賊のポンズがあれ以降登場しないのと不穏な終わり方からして、ポンズたちは皆、呪いから解放された赤髭によって屠られ…
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