第二百三十八夜 おっちゃんと浮遊石
『王石』を捨てる行動は、止めた。どこに置いても戻ってくるので、管理もしない。『王石』は宿坊の抽斗の中に入れておいた。
おっちゃんは二日ほど、街をぶらぶらと歩く。
街の中に浮いている浮遊石に自然と目が行く。浮遊石と夜になると光る『夜蛍石』を組み合わせ、街灯として街では使われていた。
おっちゃんは宿坊に戻った時にサリーマに尋ねた。
「頭の上に赤ん坊の頭くらいの石が浮かんでおるけど、あれ、落ちたりとかせえへんの? 石が大きいから、当ったら大怪我しそうやけど」
サリーマが笑って答える。
「浮遊石は人が力を加えないと、上昇しても下降はしません。『夜蛍石』はとても軽くて柔らかい石なので、落下して運悪く当れば瘤くらいできるかもしれません。ですが、大怪我しませんよ」
「そうか。でも、不思議やね。浮遊石ってよくいろんな物と組み合わせている光景を見るな。なんにでも引っつく性能があるん?」
サリーマが微笑む。
「浮遊石自体には、物と接着する性質は、ありません。ただ、浮遊石に膠を使うと、なんにでも接着できるので、膠を使って色々な物に貼り付けているんです。そうだ、よろしかったら、浮遊石を掘りに行ってみますか?」
「そうやね。何事も経験や。浮遊石を掘りに行ってみようか」
サリーマが虫網と革袋を準備する。
厩舎でおっちゃんとサリーマが馬を借り、馬に乗って街の北側に向った。向った先はおっちゃんとサリーマが出会った、環状列石がある場所だった。
「ここはおっちゃんとサリーマが初めて会った場所やね。そういえば、ここは浮遊石の産地いうてたね」
サリーマが柔和な顔で答える。
「浮遊石はどこにでも湧くのではなく、環状列石の周りでのみ出るんです。環状列石は島のいたるところにある不思議スポットですが、マレントルクには特に多く存在します」
「そうなんか。そういえば、ここは『ユーリア環状列石』って呼ばれていたの? 環状列石のある場所って固有名が着いているん?」
サリーマが知識を披露したそうな顔で答える。
「いいえ、ここは特別な場所なんです。神話の時代の話になるんですが、聞きたいですか?」
「興味あるの。サクッと教えて」
サリーマが穏やかな微笑みを湛えて話す。
「昔、このヤングルマ島には人がいませんでした。ですが、あるとき、海の彼方から、燃えるような赤い髪をした神様が下りてきたんです。神様は女神ユーリアを創造して、二人の間にできたのが人間の始まりなんです」
「もしかして、その女神ユーリアが創造されたのが、ここの環状列石やから『ユーリア環状列石』と名付けられたんか?」
サリーマが誇らしげに話す。
「そうです。ここはマレントルクだけでなく、世界の始まりの地なんです」
「なんや、おっちゃんが寝ていた場所は大層な場所やったんやな」
サリーマが元気よく勧める。
「さあ、浮遊石を採掘しましょうか。やり方は石割の要領と変わりません。ただ、浮遊石は出ると空に浮いていくので、すぐに虫網で捕まえます。私が捕まえるのでおっちゃんが岩を出してください」
「わかったで」と、おっちゃんは答える。二礼二拍手をすると、足元からボーリングの球のような、オレンジの岩が沸いた。
おっちゃんが岩を気合いと共に割ると、中から拳大の青と緑の石が出現した。
岩はそのまま宙に浮かんでいく。
サリーマが虫網を素早く振って、二個の浮遊石を虫網に収める。サリーマは持参の革袋に石を入れて口をきつく締め、機嫌よく尋ねる。
「浮遊石が二つ採れましたが、なんに加工しましょうか?」
「青色と緑色が出たね。色の違いってなんかあるの」
「緑は物を軽くする力に秀でていてベルト向き。青は空を飛ぶ靴向きですね」
「体を軽くするベルトに、空を飛ぶ靴か。便利そうな品やな」
サリーマが苦笑いする。
「そうでもないですよ。空を飛ぶ靴を上手に制御するには、ステップを踏む動作が必要になるんです。上手くステップを踏めないと、飛ぶどころか、浮遊すら難しいんです」
「空飛ぶ靴は扱いが難しいんか。誰かに教わらんと、駄目やね。空飛ぶ靴を扱うのが上手い人って誰?」
サリーマが考える仕草をする。
「ナニル王子がとてもお上手ですね。おっちゃんなら、頼めば手ほどきしてくれるかもしれませんよ」
「王子様に頼み事する態度は気が引けるな」
サリーマが微笑んで告げる。
「では、街に戻って工房に石を持っていきましょう。靴を作るにしても、ベルトを作るにしても、職人の手作業なので二週間は掛かります。腕の良い職人だと半年待ちなんて事態もあります」
「ええ職人に仕事が集中する状況は、おっちゃんのいた国と変わらんな。よし、お土産用に、ベルトと靴を作ってもらおう」
サリーマが躊躇う顔をして聞いた。
「おっちゃんは、その、どうしても、大陸に帰らなければいけない事情があるんでしょうか?」
「おっちゃんにも、ありがたいことに、仕事があるんよ。こっちは腕のええ職人と違って、依頼が誰からもでも入るわけやない。そのときしだいや。だけど、まあ、ぼちぼちあるんよ」
サリーマが申し訳なさそうな顔をして詫びる。
「ごめんなさい変な内容を聞いて」
サリーマが一人で納得した顔をして発言する。
「そうよね、おっちゃんにも、待っている人はいるのよね」
おっちゃんとサリーマは街に戻り、おっちゃんはサリーマに職人を紹介してもらった。
職人がサリーマに笑顔を語り掛ける。
「先日に作った、ベルトと靴の調子はどうだい?」
「好調ですよ。ヤスミナも喜んでいました。それで、今日は、おっちゃんの靴とベルトを作ってもらいに来ました。おっちゃん、サイズはどうしましょう」
「せやな。とりあえず、おっちゃん用に合わせてくれるか。人にやる時はあとからサイズを合わせるわ」
「わかったよ」と職人は手際よく、おっちゃんから採寸をする。
採寸が終わった職人はサリーマから浮遊石を受け取り、笑顔で答える。
「これはまた、良い石が採れたね。腕の振るい甲斐があるってものだ。仕上がりを楽しみにしてな」
「そうでっか。これは、国にいいお土産ができたわ。ほな、よろしゅうお願いします」
おっちゃんとサリーマは膠の匂いがする工房を出て、寺院に戻った。