第二百三十六夜 おっちゃんと王石(前編)
二、三日、ぶらぶらと街を歩くが、やはり今いる場所が巨人の夢によって作られた場所とは思えなかった。宿坊に帰ると、イサムがのんびりした顔で声を掛けてくる。
「深刻な顔をしてどうかなさったかね」
(マレントルクの人間に訊く訳にはいかんの。まさか、自分の正体が巨人の見ている夢の産物やとは思わんやろう。それに、ポッペが本当の話をしているか不明や)
「いやね、どうやってここに上陸したんやろうか、思い出せんもんかと考えていたところや。それに、一緒に船に乗っていた仲間は今頃どうしているんやろうかとか、不安になっていたところや」
イサムが同情した顔をする。
「仲間の身の上は心配だろうね。でも、心配しても結果は出ないだろう。それに、正直にいうと、儂には、どうも、外に世界がある話がいまだ信じられん」
「おっちゃんがいても、信じられんませんか?」
イサムが難しい顔をして語る。
「儂にしたら、おっちゃんは、なんらかの事情で外の世界があると思い込んでいるだけの人間に思えるよ。髪の色も目の色も違うが、なにか理由があって変わってしまったのかもしれん」
「そうか、そういう考え方もあるか」
イサムが表情を明るくして発言する。
「ふむ、どうじゃ、試しに石割をやってみんか。もし、おっちゃんがマレントルクの人間なら、石が出てきて割れるかもしれん」
「はは、おっちゃんには無理やて。でも、話の種にやってみるか。もしかしたら、凄い物が出るかもしれん」
イサムが気前よく勧める。
「おお、やってみなされ。金や銀が出るかもしれんの」
おっちゃんは畑に行き、イサムにやり方を訊いた。
「石割ってどうやるん?」
イサムが淡々とした表情で語る。
「石割りは祈りと砕石に分かれる。祈って岩を出す。岩は拳や掌で割る。祈りの動作は人それぞれ。割る時には力は要らん。割れろと思うて触れると、割れるもんさ」
「なんや、随分とざっくりとした教えやな」
イサムが微笑む。
「そう言うてくれるな。マレントルクに生まれた者は生まれ付き、やり方をなんとなくわかっているものじゃよ」
おっちゃんは試しに畑に向かい合う。二礼二拍手をして「岩よ出る」と念じる。十五秒ほど念じたが、何も起きなかった。
「やはり駄目やった」と振り返って口にする。
イサムが怖い顔して、おっちゃんから少し離れた場所を指差す。おっちゃんが指し示された場所を一瞥すると、岩の頭が僅かだけ出ていた。
おっちゃんは近寄って地面を掘る。地面の中から人間の頭ほどの大きさがある紫の岩が出て来た。
(赤は食料、黄色は日用品、緑が金属製品、青からは金や銀と言うてたな。紫はなんやろう)
おっちゃんが岩の表面の泥を手で払っていると、岩が割れた。中からは長さ十㎝、幅四㎝、厚さ二㎝ほどの、紫色の金属のインゴットがでてきた。
「はて、これは、なんやろう? イサムはん、これ何かわかる?」
イサムを見ると、イサムは腰を抜かさんばかりに驚いていた。
「お、『王石』が出た」
イサムは叫ぶと、寺院に駆け込んで行った。
「あれ、なんやろう、なんかトラブルの予感がするで」
おっちゃんは畑に取り残されたので宿坊に戻る。手を洗い、紫色のインゴットを洗う。
身分の高そうな巫女装束に身を包んだ老婆の巫女長とイサムが入ってきた。
巫女長が厳しい顔をして尋ねる。
「おっちゃんよ。そなたが『王石』を出したとか。真か?」
「これでっか?」と、おっちゃんは紫のインゴットを差し出す。
巫女長が厳しい顔をして紫のインゴットを確認する。
「間違いない。これは『王石』だ。イサムよ。この『王石』は、おっちゃんが地中より出して割った岩に、入っていたのだな」
「仰せの通りです、巫女長様」とイサムが緊張した顔で答える。
巫女長がおっちゃんに向き直る。
「おっちゃん、そなたは何者だ?」
「それは、しがない、しょぼくれ中年冒険者ですけど」
「嘘を申すでない。『王石』は将来的に王になる可能性がある者の前にだけ現れる高貴なる石だ。普通の人間の前には現れない。『王石』が出てきたのなら、おっちゃんは只者ではない」
(これは、あれやね。占いみたいなものやね。おっちゃんがこの島での探索が終わったら王になれるから、出てきたんやね。誰の仕業か知らんが、余計な仕事をしてくれるわ)
「いや、そうは言われましてもね。おっちゃんは、おっちゃんのわけでして、王様とは縁がないわけで、なにかの間違いでしょう」
おっちゃんが惚けると、巫女長が顔を険しくする。
「おっちゃんよ。年はいくつだ」
「四十三やけど。おっちゃんの年がどうかしました?」
「むむ」と巫女長が顔を一層に険しくする。
「まさか、とは思うが、そんな状況がありえるのか」
巫女長が厳しい顔でおっちゃんに命じる。
「おっちゃんよ。この宿坊を出るのではないぞ。いいな」
巫女長はおっちゃんの答を訊かずに宿坊から出てい行った。
出かけると面倒な展開になりそうなので、おっちゃんは素直に従った。
昼食に素麺を食べて、昼寝をした。誰かが宿坊のドアをノックする音で目を覚ました。
扉を開けると、浮かない顔をしたナディアと、真剣な顔をした巫女長がいた。
「おっちゃんよ。『王石』を持って従いてくるのだ」と巫女長が命令する。




