第二百三十三夜 おっちゃんとヤスミナ(前編)
翌朝になった。イサムが朝食の麦飯と汁物を持って来る。
「ヤスミナはんの件、なんぞ動きがあったか?」
イサムは表情を曇らせて、歯切れも悪く答える。
「あったような、なかったような」
「なんや、気になるやないか、おっちゃんにも教えて。おっちゃんにもなんぞできる仕事があるかもしれん。おっちゃんとて、ただ毎日、美味しい食事をご馳走になるだけでは気が引ける」
イサムが困った顔で打ち明けた。
「実はですね。昨晩、何者かによって北の守護石が破壊されました。誰がやったかは、わかりません」
(なるほど、おっちゃんも容疑者の中に入っていたんやな。それで、昨晩、部屋にいるかどうか確認に来てたんか。迂闊に外に出ていたら、危なかったの)
おっちゃんは本心を隠して話を続ける。
「偽者のヤスミナが魔物やいう話やから、偽者のヤスミナがやったと疑ったんか。でも、どっちが偽者かわからん。かといって、放っておけば残りの守護石も危ないか」
イサムがほとほと困った顔で話した。
「このまま守護石を全て割られる事態になれば街が魔物に脅かされます。守護石の破壊だけは避けなければいけません」
「そうやろうな。そんで、昨日、どっちかのヤスミナはんが外に出た形跡はあったんか」
イサムが不思議そうな顔をする。
「それが、どちらも寺院の中にいて、外出した形跡がないんです」
「どちらも外出した形跡なしね。それはまた妙やな」
イサムが重苦しい顔で述べる。
「ですが、守護石を割るなんて、魔物の仕業以外に考えられません。なので、今日は巫女長様のお力で、どちらが本物のヤスミナ様なのかを見分けようとなりました」
「その儀式っておっちゃんにも見られるん?」
イサムがすまなさそうな顔で発言する。
「基本的に寺院で行われる儀式は神職と警備の兵士、それに王族の方しか見学できません。他国の人なら、見せてはもらえないでしょうね」
イサムは食事が終わると食器を下げた。
おっちゃんは宿坊を出る。街の北門から出て北の守護石があった場所に行く。
守護石が安置されていたであろう櫓の上には何もなかった。櫓の周りにはロープが張られ、周りには十人の兵士とナディアがいた。
兵士がおっちゃんの姿を見ると近寄ってきて、警告の声を上げる。
「ここは一般人立ち入り禁止だ」
おっちゃんが帰ろうとするとナディアが声を掛けてきた。
「待て、入れてやれ。おっちゃんの意見が訊きたい」
兵士がしぶしぶの態度で道を空けてくれた。おっちゃんはロープを潜ってナディアの傍に行く。
「入れてくれて、ありがとうな。守護石が破壊されたって聞いてきたけど、壊れた守護石はどうなったん?」
「割れた守護石は工房に運んで修理中だ。ただ、上半分が完全に吹き飛んでいたから、修理は難しいと職人は弱っていた」
「修理できない場合はどうするん? また、作るんか」
ナディアが険しい顔で伝える。
「守護石は壊れたからまた作ればいい代物ではない。新たな守護石を見つけるには、何十年ぐらい掛かるか皆目わからない。とりあえず、残り三つを死守して街を守るしかない」
「そうか。大変やな。櫓の上に上ってもええか?」
「好きにしろ」とナディアは素っ気ない顔で発言した。
おっちゃんは櫓の上に上って床を観察する。床にはところどころ光る破片が落ちていた。おっちゃんは床を調べる振りをして『高度な発見』の魔法を唱えた。
櫓を中心に、綺麗に円形に散らばる光に気が付いた。
(妙やな。破片が円形に散らばっておる。外部からの衝撃で破壊されたのなら、もっと破片が飛び散る方向が偏ってもよさそうなものや)
おっちゃんは櫓を降りて、地面を色々と調べる振りをする。適当に櫓を中心に円を描くように調べてからナディアの許に行く。
「ナディアはん、魔物によって破壊されたって聞いたけど、魔物の姿を見た人っておるん?」
ナディアがムッとした顔で答える。
「魔物の姿を見た兵士はいない。夜勤の兵士の話では背後で大きな破壊音がしたと思ったら、守護石の上半分が粉々に吹き飛んでいたそうだ。怪しい人影は見ていない」
「守護石が自然に弾け飛んだ可能性はないの?」
ナディアが怒った顔で否定した。
「そんな馬鹿な話があるか。守護石が自壊したなんて、聞いた覚えがない」
(壊れ方を見れば、内側から膨張するように弾け飛んでおるんやけどな。それに、兵士が十人いて誰も魔物の接近に気付かなかったのなら、魔物なんておらんかったのかもしれん。でも、ナディアはんは聞く耳を持たんやろうな)
「ナディア隊長」兵士が真剣な顔をしてナディアを呼びに来る。
ナディアと兵士はおっちゃんから離れた場所で短い会話をする。ナディアがおっちゃんに声を掛ける。
「出かける用事ができた。おっちゃんも寺院に戻るといい」
「すまんな。力になれなくて」
おっちゃんは現場を後にし、ナディアの言葉に従って宿坊に戻った。
「さて、どうしたものか」と、おっちゃんが思案していると昼食の素麺を持ってイサムが入ってきた。
「巫女長の儀式、どうなりましたん?」
イサムが残念そうに首を横に振る。
「どちらが、本物か、わかりませんでした。巫女長のお力を持ってしてもわからないとなると、お手上げです」
「そうか。行き詰ったんか」
イサムが沈痛な面持ちで歯切れも悪く発言する。
「せめて、眠ったままになっているヤスミナ様が目を覚ませば、何かわかるかもしれないのですが。それには『目覚めの石』が必要です。『目覚めの石』を眠っているヤスミナ様の額の上におけば、目覚めると思うのですが」
「なんや、方法があるんか。話してくれるか。おっちゃんかて、タダで飯を食わせてもらって、暖かい寝床を提供してもらっているんや。必要とあれば働くで」
イサムが弱った顔で告げる。
「『目覚めの石』を手に入れる方法は二つ。一つは、選ばれた者のみが入れる『高貴なる採石場』で、石割で出す。もう一つは、『幻影の森』の奥にある岩場から採掘するかです」
(『高貴なる採石場』には、おっちゃんは入れん。だから、やるなら『幻影の森』の奥からの採掘か。ポッペはんなら、何か知っておるかもしれんな)




