第二百三十夜 おっちゃんと守護石
翌日、王様から外出自由の許可を受けたので、街を見て廻ると決めた。
街は岩が湧き出す採石場や、宙に浮く岩がところどころあった。
自分より大きな荷物を平然と担ぐ人間がいたので驚いた。だが、荷物に札のような物体が張り付いていたので、浮遊石を利用した加重軽減の道具だと感づいた。
マレントルクは長閑な街だった。街の大きさから人口は一万人くらいと推察できた。商店の数はほとんどなく、宿屋も街に二軒しかなかった。冒険者ギルドのような施設は存在しなかった。
おっちゃんは市場に行って異国人だと説明して銀貨の両替を頼んだ。
市場の人は重さを量り、同じ重さの銀貨に交換してくれた。食事の後に街の外に出る。
街の外周を歩いていると、高さ四mほどの木製の櫓が見えた。
おっちゃんが木製の櫓に近づくと、十二人の兵士とナディアが櫓の周りにいた。兵士に近づいていっても、威嚇されるような状況にはならなかった。
櫓の上に、人間の四人分はある八面体の赤い水晶が浮かんでいた。
おっちゃんは正直に感想を口にした。
「ほー。これはまた、大きな浮遊石やな」
ナディアがムッとした顔で口にした。
「これは浮遊石じゃないよ、守護石だよ。四つの守護石は、マレントルクの街を魔物から守っているのさ。それで、守護石を守るのも重要な仕事なのよ」
「そうなんや。おっちゃんの国やと、そんな便利な物はない。だから、街は石の城壁で守らなあかん。せやから、城壁は人が乗れるほど厚いんやで」
ナディアが同情した顔をする。
「守護石がないなんて、大変だな」
おっちゃんは空に浮かぶ黒い点が目に入った。
「お? あの黒い点は、なんや? こっちに向ってくるようやけど」
ナディアが空を眺めて緊迫した声で叫ぶ。
「魔物の襲撃だ。銅鑼を鳴らせ。戦闘用意」
兵士たちが銅鑼をけたたましく鳴らし、弓を用意する。
空を飛んでやってきた魔物は、体長六mの真っ赤なファイヤー・ドラゴンだった。
おっちゃんは不思議に思った。
(ファイヤー・ドラゴンやけど、随分と小さいの。子供にしては親が一緒やないから成龍やろうけど。にしても、あの大きさで街を襲いに来るんか。街の人間が何か、悪さをしたんやろうか)
おっちゃんの知るファイヤー・ドラゴンは少なくとも体長が十mはある。気性の荒いファイヤー・ドラゴンだが、操られている場合は除き普通は縄張りから出てこない。
おっちゃんも剣を抜いて戦闘に備える。
ファイヤー・ドラゴンがおっちゃんたちから百m手前に着陸する。そのまま、ファイヤー・ドラゴンが地上を走って突進してきた。
ナディアと二人の兵士が前に出て、地面に触れた。地面から高さ四mの大きな岩が出現して、櫓への道を塞いだ。
(なんや? 魔法を唱えた形跡がない。謎の術やね)
ファイヤー・ドラゴンは突進を止めず大岩に激突した。大岩にヒビが入った。
ファイヤー・ドラゴンが大岩を回り込んで櫓に向おうとした。兵士たちが弓と剣で、ファイヤー・ドラゴンに攻撃を浴びせる。
おっちゃんはドラゴン・ブレスを警戒して、背後からファイヤー・ドラゴンの脇腹に一撃を入れた。
剣が深々とファイヤー・ドラゴンの脇腹に突き刺さる。おっちゃんは疑問を感じた。
(手応えがおかしい。肉質が柔らかすぎる。それに、このファイヤー・ドラゴン、岩に激突した時も剣が刺さった時も一声も鳴かん。なにかが変やで)
兵士たちは気勢を上げてファイヤー・ドラゴンに切り懸かっていく。ファイヤー・ドラゴンは終始無言で兵士たちと肉弾戦を繰り広げる。おっちゃんは戦いながら疑問に思う。
(なんや? ドラゴン・ブレスが兵士に届く距離なのにドラゴン・ブレスを吐かん。戦うならドラゴン・ブレスを兵士に吐いたほうが断然に有利なはずや。なんで、ドラゴン・ブレスを吐かんのや)
兵士たちはあまり戦い慣れていないのか、次々と怪我をして戦線から離脱していく。あれよあれよという間に、戦える人間は、おっちゃんとナディアだけになっていた。
おっちゃんは次々と攻撃を繰り出す。
全ての攻撃が命中するがファイヤー・ドラゴンは倒れない。また、鳴き声を一言も上げなかった。
(なんや、竜の形をした泥人形と戦っているみたいや。全然、龍と戦っている気がせん)
ナディアの剣がドラゴンの目に刺さった。ファイヤー・ドラゴンは痛みを感じていないのか、気にせずナディアを頭で叩きつける。ナディアが攻撃を避け損なって転がる。
おっちゃんはその隙に『高度な発見』の魔法を唱えた。
ファイヤー・ドラゴン全体がぼんやりと光る。ただ、ファイヤー・ドラゴンの顎の下に強く光る部分を発見した。
ファイヤー・ドラゴンがおっちゃんに向き直り腕を振り下ろす。
おっちゃんは攻撃を避けて、牙による一撃を誘った。
ファイヤー・ドラゴンが誘いに乗り噛み付こうとした。隙を突いて顎下の魔力集中箇所に突きをお見舞いした。
ファイヤー・ドラゴンの体から力が抜ける。そのまま、ぐったりしてファイヤー・ドラゴンが動かなくなった。
「やったんか」
ファイヤー・ドラゴンの瞳を確認すると、目からは光が失われていた。動かなくなったファイヤー・ドラゴンを触った。
質感は確かにファイヤー・ドラゴンそのものだが、どうも全体的に柔らかい印象を受けた。
そうしているうちに、増援の兵隊がやってくる。増援の兵隊はファイヤー・ドラゴンが退治された状況を知ると、負傷者の治療に廻った。
ナディアが、ふらふらしながらやってきた。
「どうやら、世話になったようだな。魔物退治の経験があるとは本当だったんだな。おっちゃんがいなかったら、守護石を守れなかった」
「気にする必要はないで。おっちゃんかて街の人間にお世話になっているんや。これぐらい、どうという仕事やない。さて、このファイヤー・ドラゴンやけど解体はどうするん? 加工屋を呼んでこようか?」
小さくてもファイヤー・ドラゴンなら素材が採れる。ファイヤー・ドラゴン素材なら良い値が付くと思った。
ところが、ナディアの反応は違った。困惑した顔でナディアが尋ねる。
「解体して、どうするんだ?」
「もちろん、素材を――」と口にしてファイヤー・ドラゴンに視線を移す。
ファイヤー・ドラゴンから黒い煙が立ち上り、ファイヤー・ドラゴンが空気に溶けるように消えた。
「な、ファイヤー・ドラゴンが消えたで」
ナディアが当然といった顔で口にする。
「それは、魔物だから、倒せば消えるさ。おっちゃんのいた国では違うのか?」
「おっちゃんのいた国やと屍骸は残るから、解体して道具の材料にしたりするんやけど」
ナディアが不思議がる。
「変わっているな。ここでは、死体が残る存在は人間と海の魚だけだ」
(なんか、おかしいで、この国。まるで、おっちゃんたちのいた世界とは、自然の法則が違うみたいや)
「この魔物って、どこから来るかわかるか?」
ナディアが当然といった顔で答える。
「それは、街の南と神の山の中間地点になる『幻影の森』から来ている。『幻影の森』には魔物を生み出す黒岩が時々、湧くんだ」
(『幻影の森』か、ちと調査の必要があるな)
そろそろ日が暮れてきそうなので、おっちゃんはその日は宿坊に戻った。
夕食を運んできたイサムに訊いた。
「『幻影の森』って、危険な場所なん?」
イサムは浮かない顔で答える。
「私は行った経験がないですな。ですから、噂しか聞いた覚えがないのです。『幻影の森』には恐ろしい魔人が住んでいるとの話です。詳しくは、わかりません」
「そうか。この街って魔術師ギルドとか図書館とかあるん?」
イサムが首を傾げる。
「図書館はありますが、魔術師ギルドとは、なんですか?」
「魔法を使う人間の組合や」
イサムが困った顔をして質問してきた。
「魔術ね。アーヤの人が使う『植生術』やホイソベルクの人が使う『水読み』みたいなものですか?」
「『植生術』や『水読み』がよくわからんけど、そんなものやね」
イサムが浮かない顔で答える。
「そいうった人の集まりは、ないですね」
「そういえば、ナディアさんが地面に触れただけで大岩を出していたけど、あれはなに?」
「『大地の理』ですね。マレントルク人なら誰しも使えますが、高度な術は師匠から習います。師匠から弟子に受け継ぐ技なので特段、組合といった組織はないですね」
「そうか。組合制やなく徒弟制なんやな」
おっちゃんは図書館の場所を聞くと、その日は眠りに就いた。