第二十三夜 おっちゃんと善意の裏側(後編)
呪われた黄金の首飾りは手に入れた。呪いはおっちゃんの『解呪』の魔法で一時的に消えている。だが、いつまで『解呪』の効果が保つか、わからない。
(こんなもの、いつまでも持っていたら、あかん。さっさとお城に隠さな)
お城がある旧市街と新市街を結ぶ南門が開いていた。門の付近にモンスターの姿は見当たらなかった。
旧市街にモンスターの屍骸はあれど、生きたモンスターの姿はなかった。代わりに、門からお城まで続く城門通りには、衛兵の姿が見えた。
(なんや、エドガーのやつ、旧市街の奪還に乗り出したんか。これは、街のモンスターが片付くのも時間の問題やぞ)
お城の空掘に架かる橋は下りていた。入口に立つ衛兵に声を掛ける。
「冒険者ギルドを代表してきました。おっちゃんと言います。領主さんはおいで、ですか」
衛兵が丁寧な口調で応じる
「ダンジョンのモンスターを止めた冒険者の方ですね。少々お待ちください」
衛兵はすぐに戻ってきた。歩いて行くと、中庭に甲冑姿のエドガーがいた。
エドガーが笑顔を浮かべ、気さくな態度で話しかけてくる。
「おっちゃんか。冒険者ギルドの活躍は、聞いているぞ。新市街の半分を奪還したそうだな。生活必需品を積んだ商隊もサバルカンドに向かっていると訊いた。うまく、モンスター素材を取引できれば、他の都市の援助がなしでも、サバルカンドは立ち直れそうだ」
「それは僥倖です。今日はお願いが三つあって、お伺いしました。一つは、ダンジョン前にあった衛兵の詰め所を復帰させてください。ダンジョンへの出入りを、禁止してもらえないでしょうか」
エドガーが腕組みして不思議がった。
「ダンジョンへの出入り禁止を冒険者ギルドから求めてくるとは、珍しいな」
「はい、復興を第一にしたいんです。それに、せっかく魔物が出ないようになった処置を破らせないためでもあります」
嘘だった。ダンジョンから人を遠ざけたいのなら、公権力に頼るに限る。今は、復興の目的と仕事があるから、いい。だが、その内に復興の仕事はなくなる。
おっちゃんが「ダンジョンに入ったらあかん」と命令しても、言うことを聞かん奴は、聞かない。冒険者ギルドの代表といっても、有事の際の暫定的なものだ。なので、領主命令にしておいたほうが、ダンジョンに人を入れないためには良い。
「わかった、さっそく触れを出す。それで、二つ目はなんだ」
「冒険者ギルドに『黄金の牙』が帰ってきています。『黄金の牙』は、優秀です。なんぞ、お城でお困りの仕事は、ないでっしゃろか」
『黄金の牙』の動きを封じるには仕事が必要だった。冒険者のギルド・マスターがいない現状では、縛っておける口実は、お城からの依頼だ。
『黄金の牙』が渋っても、今後も冒険者ギルドとお城が上手くやるためと頼めば、嫌とは言い辛い。人間、いくら強くなっても、柵からは逃れられない。
エドガーがこれ幸いにと口を開いた。
「実は旧市街の一角でモンスターの掃討に梃子摺っている。衛兵だけでは荷が重いようだ。『黄金の牙』が協力してくれると嬉しい。それで、最後の頼みはなんだ」
「ちょっと、調べたい知識がありまして、お城の資料を見せてもらえないでしょうか。調べたい内容があるんですわ」
黄金の首飾りを隠すに際して見つからない場所を知りたい。行き当たりばったりで隠してもすぐに見つかる。わかり辛い場所を知りたいが、おっちゃんにはお城について知識がない。
受け入れればエドガーを苦しめる話だが、エドガーは全くおっちゃんを疑わなかった。
「なんだ、そんな些事か。おい、ヨハン、おっちゃんをお城の資料室に案内せよ」
ヨハンと呼ばれた若い衛兵に連れられて、お城の資料室に移動する。
資料室に到着すると、ヨハンは仕事があるためか、席を外した。
おっちゃんは独り資料室で、お城の見取り図を探した。二時間も探して、それらしい資料を見つけた。
(あったで。お城の図面や。さて、隠し部屋は、どこかの)
早速『記憶』の魔法でお城の図面を記憶する。
お城には、たいてい、隠し部屋や隠し通路がある。財宝を隠す。落城の時に城主が隠れる。逃走用。用途は様々だ。図面になくても構造を見れば、それらしい場所は勘でわかる。
(ここ、怪しいな)
地下牢の一角に怪しいものを感じた。記憶しているダンジョンの地下一階の地図を思い出す。
(なるほど、地下牢の壁に秘密の扉があれば、ダンジョンの地下一階に抜けられるね。そこから、旧市街にあるダンジョンの入口に出て、外に逃げる経路が存在するな)
おっちゃんはお城を出て、ダンジョンの入口に移動した。まだ衛兵が立っていなかったので、ダンジョン内に侵入した。
ダンジョンの地下一階から地下牢に入れる場所まで来た。
壁を調べると、壁は動いた。壁をそっと移動させた。向こう側に、人気のいない状況を確認する。お城の地下牢に呪われた金の首飾りを隠した。
「ふう、これで一安心や」
ダンジョンから出て、冒険者ギルドに移動した。
冒険者ギルドで食事をしていると、一人の男が寄ってきた。短い金髪。意志の強そうな瞳と眉。高い身長に、引き締まった体。芯の一本入った立ち姿は一流の剣士を思わせた。最初、おっちゃんは誰かわからなかった。
「おっちゃんだろう。俺たちに頼みごとがあるんだって」
声を聞いて思い出した。相手は『黄金の牙』のリーダーの、コンラッドだ。前に会った時は光でよく顔を見られなかったので、気づくのが遅れた。
食べている飯を横に避けて、挨拶する。
「コンラッドさんか、すいませんね。ちょっとお願いがあるんよ。旧市街で掃討作戦をしているお城の衛兵さんが、困っているんよ。衛兵は人と戦う仕事は慣れていても、獣相手だと勝手が違って苦労しているらしい。すぐに、助っ人に行ってもらえんかな」
コンラッドはお安い御用だといった調子で引き受けた。
「別に構わない。それだけか」
「心苦しいけど、あと一つ、いいかな。こっちも急ぐんやけど。生活必需品を積んだ商隊がサバルカンドに向かっているんよ。こっちも迎えに行ってもらえんかな。商隊の護衛は、お城の仕事と違って、現物支給になるかもしれんけど、お願いしたいんよ」
コンラッドが気楽な口調で訊いてくる。
「どうして、俺たちが迎えに行く必要があるか? 隊商だって護衛は付けているぞ」
「失敗できないからと、こっちも急ぐからよ」
言葉を切って、コンラッドを見据えてお願いする。
「モンスターが街に溢れたとき、おらんかったから、知らないと思う。モンスターがけっこう、街の外に出て行ったんよ。だから、道中はいつも以上に危険なんよ。もし、生活必需品物資を積んだ商隊が全滅になれば、すぐに次の商隊は来ん。そうなったら、街の人の生活に影響が出る。それを避けたいんよ」
おっちゃんの狙いは別にあった。同時に二つの依頼を出した狙いはパーティの分断だった。
パーティを分断したところで、『黄金の牙』が仕事を失敗するとは思えない。だが、戦力が分散すれば、それだけ仕事が遅くなる。
衛兵の助っ人に行ったメンバーには追加でグールの駆除の依頼が来る。もし、グールを駆除しようとするときに魔法使いや僧侶がいなければ、『黄金の牙』とて、仕事はもたつくだろう。
コンラッドは気前よく了承した。
「街の人には世話になっているからな。こんな時くらいは協力しよう」
「おおきに、コンラッドさん、ほんま、恩に着るわ」