第二百二十九夜 おっちゃんとマレントルク(後編)
寺院に戻ると門の前にナディアが待ち構えていた。
「おっちゃん、王様がお呼びだ。サリーマ様も一緒に登城するようにとのご命令だ」
おっちゃんはナディアと四人の兵士に囲まれ、街の北側にあるお城に向った。お城は周囲が六百mほどの小さな石造りのお城だった。お城の正門を潜る。王様がいる謁見の間に通される。
謁見の間は一階にあり、一辺が十五mほどの四角い空間だった。兵士十名が玉座とおっちゃんとの間に配置されていた。
王座の右には侍従と思わしき人物が控えていた。左には四十代くらいの精悍な顔をした男と、二十代前半の線の細い詩人のような男が立っていた。
王様は小柄な老人だった。白髪で、短く白い顎髭を生やしていた。服装は簡素な青い服を着て、赤い色の襷のようなものをしていた。
(なんや、王様やけど、一見すると普通の街の人とか格好があんまり変わらんな)
王様が厳しい表情で尋ねる。
「そのほう、おっちゃんと名乗っているそうだな。島の外から来たとは誠か? どうやって、このマレントルクにやってきた」
「島の北にある大陸のガレリア国から来ました。大陸は大きな島やと思ってください。そんで移動手段は船ですわ。船で近くまで来たんですが、どうやって上陸して環状列石までどうやって来たのかは、さっぱり覚えておらんのですわ」
王様が厳しい顔のまま質問する。
「それは妙だな。お主、本当はサレンキストの間者ではないのか? 嘘を吐いてもわかるぞ」
「嘘やありません。嘘みたいな本当の話ですわ」
王様が横に立つ侍従に「例の物を」と声を掛ける。侍従が数歩横に歩いて、紫の布が掛かる小さな台の前に進む。
侍従が布を避けると、水晶でできた鶏が置いてあった。侍従が水晶の鶏を手に、おっちゃんの前に進む。
「座って、頭を出してください」
おっちゃんは、わけがわからなかった。でも、正座する。
侍従がおっちゃんの頭の上に水晶の鶏を翳して真剣な顔で訊いて来る。
「真実と偽りの神の名において尋ねる。おっちゃんよ、そなたは島の外から来たのか」
「はい」と答える。何も起きない。
侍従が続けて質問する。
「真実と偽りの神の名において尋ねる。おっちゃんよ、そなたは船でこの島の近くまで来た。だが、その後、どうやって上陸したかわからないのだな」
「はい」と答えるが、やはり何も起きない。
侍従が神妙な顔で水晶の鶏を台に戻す。
王様が複雑な表情をして声をだす。
「嘘を知る鶏が卵を産まない状況からして、おっちゃんは嘘を吐いていないと見える。本当に島の外から来たのか。信じ難いが、信じよう。まずは立たれよ」
おっちゃんが立つと、王様が真剣な顔で訊いてきた。
「そなたが島の外から来た異国人だとは、信じよう。それで、この島には何の用で来た」
「ガレリアの王様から突如、大陸の南に島が現れたので調査に行ってくれと依頼を受けました」
王様が険しい顔で詰問する。
「調査をしてどうするつもりだ。まさか、戦を仕掛ける気ではあるまいな」
「それは国王やないから、おっちゃんにはなんとも答えられません。これはおっちゃんの考えですが、おそらく人が住んどらんかったら、島をガレリアのものにしようと思ったと考えます」
王様が険しい表情で問い質す。
「では、人が住んでいたらなんとする?」
「土地を借りて港を作り、貿易をしたいんやと思います。マレントルクにしかない物を貰う代わりに、ガレリアにしかない物を渡す。そうして、お互いに幸せになろういう話ですわ」
精悍な顔の男が凛々しい顔で王様に声を掛ける。
「父上、貿易の話が本当なら悪い話ではないと思います」
詩人のような男も柔らかい表情で王様に語り掛ける。
「父上、僕も外の世界があるなら付き合ったほうがいいと思う。僕も外の世界を見てみたい」
(精悍な顔の男が皇太子で、詩人のような男は年が離れた王子といったところか)
王様はおっちゃんをきつく見据えて発言する。
「おっちゃんよ。そなたを異国人として認めよう。マレントルク領内を移動する自由も認める。だが、ガレリア国とどう付き合うか、今この場では返答はせん。また、おっちゃんの行動次第によっては、国外退去もありえると心得よ」
(妥当なところやね。調査しようにも、測量班がいる船と合流せな話にならん。まずは、おっちゃんだけで、情報を集めよう)
「ありがとうございます」とおっちゃんは頭を下げた。
おっちゃん、サリーマ、ナディアはお城を出た。
付き添いの衛兵は任務を解かれたのか、お城に戻っていった。
お城を出ると、無言だったサリーマが機嫌よく声を掛けてくる。
「おっちゃん、よかったですね、行動の自由が認められて」
「せやな、これで伸び伸び観光できるわ」
ナディアがムッとした顔で声を出す。
「私は、まだ、おっちゃんを信用したわけじゃない。領内でおかしな行動をしたら、即刻で牢にぶちこむから、そのつもりでな」
ナディアはそれだけ脅しつけると、面白くなさそうな顔でスタスタと歩いて去った。
サリーマが表情を曇らせてフォローする。
「すいません。ナディア隊長は悪い方ではないのですが、職務熱心なので異国人を警戒しているんだと思います」
「ええよ。最低でも、百年もやって来た経験のない来訪者やからね。警戒する態度は無理はないわ。おっちゃんかて、ナディアはんの立場なら、同じようにするわ。治安を預かるって大変な仕事やからね」
サリーマの表情が和らぐ。
「そういって、もらえると助かります」
「そんで、おっちゃんの泊まる場所やけど、この街に宿屋ってあるん?」
サリーマが答えづらそうな顔をして発言する。
「宿屋ですか? あるにはあるんですが、その、サレンキスト人に見えるおっちゃんを泊めてくれるかどうか、わかりません」
「サレンキストやなく海の向こうのガレリアから来たと、説明してわかってもらわな泊まれへんのか。これは一苦労やで」
サリーマが優しい顔で勧める。
「それに、初めての街ではなにかトラブルがあるとお困りでしょう。よかったら、しばらくは宿坊を使ってください」
(これ、ある意味、監視やね。でも、ええか、イサムはんの飯は美味いから)
「そうか、なら、ありがたく世話になるわ」
おっちゃんとサリーマは寺院に帰った。寺院に帰ると、イサムに頼んで麦酒をわけてもらう。
「おっちゃんが飲んでいたエールとは違うけど、寺院の酒はエールやね。やっぱり飲むなんらエールやわ」
おっちゃんは、風呂を焚いて身奇麗にすると、ベッドでぐっすりと休んだ。