第二百二十八夜 おっちゃんとマレントルク(中篇)
共用砕石場を出ると、街の中央地区に向う。街の中央には人が三百人は入れそうな大きな二階建ての建物があった。建物の中に入口と出口があった。
入口には換金所のカウンターがあった。換金所には列ができていた。人々が品物を見せると、銀貨と木の札を受け取る。銀貨を受け取った人が、そのまま品物を持ってゲートを潜る。
「あれは、何しとるん?」
サリーマがすらすらと答える。
「品物を売ってお金に換えています。木の札は商品をどこに置けばいいのか書いています」
「売った商品を売った人間が並べるんか。それやと、商品を置かずにお金だけ持って行く人間が出るんやないの?」
サリーマが笑って答えた。
「まさか、子供じゃあるまいし、そんな行いをしてなにが面白いんですか。それに、商品を持って店を出る時はお金が必要なんですよ」
出口を見る。品物を持って出口から出る時に人はカウンターの職員にお金を払っていた。
だが、その横の職員がいないカウンターを通過する婦人がいた。婦人は籠を持っていたが、中を見せずに普通に通り過ぎてゆく。
「あれ、今、人がいない出口を籠を持った人が普通に通ったで」
サリーマが平然と答える。
「物を納めに来ただけだったのでしょう。腐敗する食料品の市場はまたここと別ですから」
(マレントルクでは万引きとかの概念がないんか。なんか、ある意味かなり恐ろしい街やな。でも、この街がガレリアと交易を持ったら、トラブルが多発するかもしれんな)
入店用のゲートを潜る。巨大な店舗の中には様々なものが所狭しと並んでいた。品物の下には値札がついていたが、値札が付いていないタオルが並んでいるコーナーがあった。
「値札がない品があるね。これは時価なん?」
サリーマがしれっとした顔で告げる。
「それは在庫が過剰なのでタダです」
驚きの言葉だった。
「え、これ、木綿のタオルやで。それがタダって、ほんま?」
サリーマが当然な顔をして答える。
「はい、タオルだけ多くあっても、倉庫に入りきらないので」
おっちゃんは注意して見た。すると、タダの商品はタオルだけでなく幾種類もあった。
「木綿の男性下着やシャツがタダやて? これ、おっちゃんの国なら、信じられんわ。おっちゃんの国なら、ええ金になるよ。ここで製品を仕入れてガレリアに持っていったら大儲けできるね」
サリーマが戸惑った顔で訊いてくる。
「確かに、タダの品に値段が付くなら儲かるでしょうね。でも、そんなに儲けて銀貨をどこにしまうんですか。それに、銀貨がそんなにあっても、使いきれないでしょう」
「これは、文化の違いやわ。おっちゃんのいた国では考えられんわ」
おっちゃんは試しに、無料になっている布のバッグに、同じくタダのパジャマと下着を入れる。人のいないカウンターを通ったが、呼び止められる事態にはならなかった。
「ほんまや。ありふれた衣類ならタダや」
サリーマが明るい顔で告げる。
「買い物が終わったので、食事にしましょうか。今日は私がご馳走しますよ」
「もしかして、料理もタダやの?」
サリーマが苦笑いする。
「さすがに、料理は有料ですよ。料理は岩から出ませんからね」
「そうなんや」
サリーマは歩いて五分ほど行った場所にある別の市場に移動した。日用品市場と同じ規模の建物があった。
店内にはやはり所狭しと食料品が並んでいる。食品も、売りに来た人間が入口のカウンターでお金を受け取り、棚に商品を補充する形式だった。
ただ、生鮮品は傷むのか、店員がカートを押して、傷んだ食料品を回収していた。
「あれ、サリーマさん、飯に喰いに行くんやないの?」
サリーマがニコニコした顔で告げる。
「料理屋に行くので、食材を買っていきます」
「飯屋って、お金を払えば飯を出してくれるんやないの? 材料は持参せないかんの?」
サリーマが笑顔で説明してくれた。
「食べる分だけ、食材を買って店に持っていきますよ。それで、店に食材を補充するんです。買い忘れた分と調味料の分に、手間賃を加えた分を銀貨で店に払います」
「支払いは銅貨やなくて、銀貨なん? 食事に銀貨払いって高いやろう」
「銅貨はマレントルクにないですね」
サリーマが財布を開けて銀貨を見せてくれた。マレントルクで流通している銀貨は長方形で、重さも、おっちゃんの国で流通している銀貨の五%程度しかなかった。
「小っさい銀貨やな」
おっちゃんは財布から銀貨を取り出して、サリーマに見せた。
サリーマが不思議そうに、おっちゃんの銀貨を手に取る。
「昨日、拝見した銀貨は高額の支払いする大きいものかと思ったのですが、これが普通サイズなんですか。だとすると、これはまた大きな銀貨ですね。額が大きいから、下位貨幣として銅貨があるんですね」
「そうやで、銀貨の上には上位貨幣として金貨もあるんやで」
「そうなんですか、マレントルクには金貨はありませんね、日々の買い物は銀貨で足りますから」
おっちゃんは銀貨をしまうとサリーマに従いて行った。
料理屋は何軒も軒を連ねていた。サリーマは小さな一軒の料理屋に入る。
料理屋の給仕が出てきたので、サリーマが食材を渡す。
給仕は食材を受け取ると注文を聞かずに、食材を持って奥に戻っていった。
「注文を言わなかったけど、なにが出てくるの?」
サリーマがのほほんとした顔で反応する。
「さあ、何が出てくるんでしょうね?」
「何が出てくるか、わからんの?」
サリーマが当たり前だといった顔で告げる。
「ここは料理屋さんですよ。料理屋さんが、その日に作りたい料理を出すのが普通ですよ」
「そうなんか。全て、お任せなんか。おっちゃんのいた国では、メニューがあってな。そこから食べたいもの選んで、作ってもらうんよ」
サリーマが不思議がる。
「変わったシステムですね。マレントルクでは料理屋さんに全てお店にお任せですよ。自分がどうしても食べたいものがある時には、自分で作るのが普通です」
待っていると、麦茶が出てきた。次に、料理の載った丸い大きな皿が三皿と取り皿と、スプーンがやってくる。
サリーマが取り皿に食べる分だけ料理をよそう。兵士も同じようにしたので、おっちゃんも従った。
(出てきた大皿から、食べたい料理を食べたい分だけよそうのが、マレントルクの食べ方なんやね)
大皿が空になると給仕が来て尋ねる。
「お代わりにしますか、食後の飲み物にしますか」
サリーマが満足した顔でおっちゃんを見たので、おっちゃんは答える。
「もう、料理は充分や。飲み物でええです」
「では、食後酒を三人分お願いします」とサリーマがお願いし、給仕が下がる。
(マレントルクでは、お酒は食後なんやな)
そうしていると、グラスに半分ほど入った赤い酒が出てきた。
おっちゃんはワインかと思ったが違った。
アルコール分はワインとそれほど変わらないが、強い花の香がする、甘い酒だった。
「これ、なんの酒やろう?」
サリーマが気分よく答える。
「アローラの実だと思います。食後酒は料理店ごとに独自のものを持っているので、頼むまで何が出てくるかわかりません。ですが、一般的には果実酒が多いですね」
「そういえば、食料品市場では酒は置いてなかったけど、お酒は売ってないの?」
「お酒はみんな自家製ですね。好きな果実の絞り汁に酒の種を入れて、七日間以上、寝かせて作ります。ちなみに、寺院で造る酒は昔から麦で作っていますよ」
支払いを済ませて店を出る。サリーマが立ち止まってポケットに手を入れる。
掌サイズのオレンジ色の石を取り出す。サリーマが石を眺めてから、ポケットにしまう。
サリーマが残念そうな顔をする。
「観光はここまでのようです。寺院に戻るように指示が来ました」
「ひょっとして、さっきの石で連絡が取れるの?」
サリーマが柔らかな表情で答える。
「『呼び石』のことですね。はい、親石を叩くと子石が震えるので、寺院では呼び出しのときに使っています。親石を持っていると子石のだいたいの場所も把握できるんですよ」
「そんな物があるんやね」
おっちゃんとサリーマは寺院に帰った。