第二百二十七夜 おっちゃんとマレントルク(前編)
翌日、朝起きるとまず『通訳』の魔法を唱えるのを日課にした。
朝食を食べ終わるとイサムから告げられる。
「サリーマ様が街を案内するので、昼過ぎまでここでお待ちください」
(マレントルクは外国人に慣れていない街や。問題を起こさないように今は外出を控えたほうがええね。ただでさえ、おっちゃんは敵国のサレンキスト人に似ているようやし)
おっちゃんは昼過ぎまでごろごろと過ごす。昼食を終えて、しばし待つと、サリーマと衛兵が一人、一緒にやってきた。衛兵は武器を携帯していた。
サリーマが申し訳なさそうな顔で口にする。
「マレントルクではここ百年間、島の外からの訪問者がありませんでした。なので、おっちゃんが本当に島の外から来たとは信じ難いとの話に街ではなっています」
「百年前には誰か来たの?」
サリーマが表情を曇らせる。
「記録がないだけです。それで、おっちゃんはサレンキスト人にとても似ているので、その、スパイの疑いがあります」
「疑いはごもっともや。おっちゃんかて、サリーマさんの立場なら疑うよ。気にせんといて」
サリーマが困った顔で頼んだ。
「それでなんですが、一人での外出はしばらく控えてもらっても、いいでしょうか?」
「ええけど、今日はこれから外出するんやろう?」
サリーマの顔が晴れる。
「はい、衛兵さんと一緒にですが」
「衛兵が一緒でも構わんよ。なら、早いこう。おっちゃん、マレントルクについて知りたい」
サリーマが柔和な顔で尋ねる。
「では、参りましょう。まず、どこから案内しましょうか。行きたい場所を仰ってください」
「そうやね。まず、岩を割って色々な物を出す場面が見たい」
サリーマが意外さを丸出しの顔をする。
「そんな、ありふれた物を見たいんですか?」
「サリーマはんには見慣れていても、おっちゃんにしたら驚きやで」
「でしたら、共用の採石場に行きましょう」
サリーマに従いて歩いて行く。街の中を元気に子供が走り回り、住人たちは庭でお茶会などを開いていた。街には、のんびりした空気があった。
「なんや、ずいぶんと、のんびりした街やね。平和でええな」
サリーマが爽やかな顔で、活き活きと発言する。
「マレントルクは隣国のアーヤやホイソベルクと良好な関係を結んでいるので、争いはありません。時おり魔物の襲撃はありますが、衛兵さんが退治してくれているので平和です」
(そうか、マレントルクは争いと無縁の街なんやな)
おっちゃんは歩いていて、商店がない状況に気が付いた。
「マレントルクって、商店がほとんどないね。日々の買い物に困らんの?」
サリーマがきょとんした顔で尋ねる。
「商店って、なんですか?」
「商店って、品物を売ったり買ったりする場所やで」
サリーマが納得のいった顔をする。
「市場のことですか。でしたら、共用採石場を見学したら市場を見に行きましょう」
街の中央から二十分ほど歩いたところに、一辺が百mほどの更地があった。
更地には三十人ほどの人がいた。人々が合掌のポーズを採ると地面から赤や黄色の大小様々な岩が生えてくる。
サリーマが明るい顔で説明する。
「ここが共用採石場です。自宅や敷地に採石場を所有しない人々は、日々の食料や日用品をここで得ます。マレントルク人なら誰でも利用可能です」
おっちゃんは不思議だったので、率直に訊いた。
「日用品って、あの赤い岩から衣類とか雑貨とかも出るの?」
「赤い岩からは穀物、野菜、肉類が出ます。黄色い岩からは衣類や雑貨が出ます。緑からは金属製品や武具が出ます。青からは少量の金、銀、宝石が出てますよ」
おっちゃんは黄色い岩を前にしている婦人に目をやる。
婦人が黄色い岩を割ると、タオルが出現した。
「あら、またタオルかい」と婦人は残念そうな声を出す。
「生活に必要な物がほとんど地面から湧いて出てくるのか、便利やな」
サリーマが不思議そうな顔をする。
「私は逆に聞きたいのですが、おっちゃんの国では、どうやって日々の生活に必要な物を手に入れているんですか?」
「それは、種から作物を育てたり、木を切って加工したり、地面から金属を掘り出して鋳造したりや」
サリーマが困惑した顔で質問する。
「そうなんですか。でも、自然にあるものを育てたり、採取したりした後に加工すると、かなり時間も手間も掛かりませんか?」
「掛かるけど、おっちゃんのいた国やと、それが普通やから疑問に思ったことないわ。おっちゃんも、質問がある。望んだ物が出なかった時ってどうするん?」
サリーマがいたって普通に答える。
「望んだ物が出ないときは、市場に持って行ってお金に換えて必要な物と交換します」
「必要な品をお金と交換で手に入れる点は、おっちゃんの世界と変わらんな。ただ、おっちゃんのいた国では作ったものを持ち寄ってお金に換えるんやけどね」
婦人が持ってきた籠に収穫物を詰めて帰っていく。
見ていると、人々は数個の岩を割ると、収穫物を持って共用砕石場から去っていく。
おっちゃんは心に湧いた疑問をぶつける。
「もう一つ質問。品物が岩を割って出てくるなら、ずっと岩を割っていたらすぐに大金持ちになれるやろう。なんで、みんな数個しか岩を割らんの?」
サリーマが当然の顔で答える。
「共用砕石場はみんなの持ち物なので、長時間の占有を普通はしません。それに、岩を割る作業は疲れるので、そう簡単にたくさんは割れないんです」
「そうなんか。一日中、岩を割っていれば大金持ちになれると思うたのにの」
サリーマが怪訝な表情で訊く。
「私も疑問なんですが、そんなに品物を溜め込んで、お金に換えてどうするんですか?」
「お金があったら、色々と便利やん。自由も利くし」
サリーマが理解できない顔で否定する。
「そうでしょうか、必要なった時に必要なだけ岩を割ればいいだけの気がします。日に三個も岩を割れば、生活に困らないですよ」
「そうか。マレントルクは生産性が異常に高い。だから、おっちゃんたちの国のように、働かなくてええのかもしれんな」
サリーマが表情を少しだけ歪めて意見する。
「皆、働いていますよ。ちゃんと、やりたい時に、やりたい仕事を、やりたいだけやっていますよ」
「そうか、それは羨ましいな。おっちゃんの国ではな、やりたくない時でも、やりたくない仕事を、必要とするだけやらんと、生きていけん」
サリーマが、おっちゃんの言葉に驚いた。
「マレントルクでは考えられません。そんな働き方をして、住民は幸せなんですか?」
「不思議かもしれんけど、それで、まあまあ皆、幸せに生きているねん」
サリーマが疑いの眼を向ける。
「失礼かもしれませんが、なんか、おっちゃんの話を聞くと嘘みたいです」
「おっちゃんかて、マレントルクの話を帰ってしたら、嘘やと馬鹿にされそうや」




