第二百二十六夜 おっちゃんと疑いの眼
入口の門まで行くと、金属の胸当てに革鎧を着て、短槍で武装している衛兵が六人いた。衛兵はおっちゃんを見ると身構える。
「止まれ、サレンキスト人。おとなしく、サリーマ様を解放しろ」
(完全に誤解されとるね。おっちゃんは悪人やないんやけどな)
衛兵の一人が門の脇にあった銅鑼を何度も叩いて、異常事態が起きた現状を街に知らせる。
おっちゃんが弁解しようにも、おっちゃんの声は銅鑼に掻き消された。
街から銅鑼の音を聞きつけ、二十人の衛兵が駆けつけてきた。顔に敵意を露にした衛兵が、おっちゃんとサリーマを囲む。
おっちゃんは両手を挙げて、敵意のない態度を示す。
銅鑼が鳴り終わると、サリーマが声を上げる。
「待ってください。この人は、おっちゃんと言って、他の島からの来訪者です」
サリーマの言葉に衛兵が顔を見合わせる。
羽根帽子を被った、兵士より身分の高そうな女性士官が前に出る。女性の士官はサリーマと同じくらいの年頃だった。
身分の高そうな女性の士官が疑いも露に尋ねる。
「サリーマ様、島の外から人が来たなんて本当ですか? 島の外から人が来たなんて初めて聞きますよ」
サリーマが弱った顔で弁解する。
「ナディア隊長。私も最初はサレンキストの間者かもと疑ったのです。でも、話を聞く限り、海を渡って他の島からやって来た方のようです。ヤングルマ島では使われない通貨も持っていました」
ナディアがおっちゃんをジロリと見る。
「本当にサレンキスト人ではないのか? 嘘を吐くと、後で痛い目を見るぞ」
「わいの名は、オウル。仲間内では、おっちゃんの愛称で呼ばれている冒険者です。この島には探検にやって来ました。街の中に入れてもらうわけには、いきませんやろうか?」
ナディアが表情を険しくして確認する。
「おっちゃんか。確かに見た目は、おっちゃんだな。冒険者とは、なんだ?」
(冒険者いう職業は存在しないんか)
「なんでも屋みたいなもんですわ。仕事があれば、煙突掃除から商隊の護衛、物売りからモンスターの退治までやります。他にはダンジョンの探索もやりますな。必要とあれば、未知の島の探検なんかもやります」
ナディアが怪訝な顔をする。
「モンスターと戦えるのに物売りや煙突掃除をやるなんて、普通はしないぞ。冒険者とはおかしな職業だな」
「マレントルクでは違うかもしれませんが、おっちゃんのいたガレリアでは普通ですわ」
ナディアがおっちゃんをきつく見据えて発言する。
「モンスターと戦えるのなら剣の腕が立つのだろう。なら、証明してみせろ。おい、誰か、さっきの処理するはずの黒岩を持ってこい」
サリーマが慌てる。
「待ってください。ナディア隊長。異国のお客さんにモンスターを嗾けるなんて失礼ですよ」
「サリーマはん、心配してくれて、ありがとうな。でも、心配ないよ。見ていて。おっちゃんは冒険者やと証明したほうが、後がスムーズや」
衛兵の一人が、板に載せて、一抱えもある卵型の黒岩を持って来た。
サリーマが、おっちゃんから距離を取った。
「さあ、腕前を見せてみろ」とナディアが挑戦的な顔をした発言する。
おっちゃんは意味が良くわからなかった。
「すんまへん。これ、どうしたらええですか?」
ナディアが怪訝な顔をする。
「岩を割って、魔物を出して、退治するんだよ。当然できるだろう?」
「ピッケルとかハンマーとか、岩を割る道具はないの?」
「石割は石割だよ。普通にやれよ」とナディアが怒った顔をして発言する。
サリーマが表情を曇らせて質問する
「おっちゃんのいた国では、黒岩から魔物が生まれないのですか?」
「この島では岩から魔物が生まれるんか。初めて知ったわ」
サリーマがナディアに申し出る。
「おっちゃんは石割をやった経験がないようですから、私が石割をやってもよいでしょうか」
ナディアが厳しい顔で発言する。
「サリーマ様がやる必要はないです。私がやります。おい、おっちゃん、私が黒岩を割るから、出てきたモンスターを退治してみせろ」
「お願いします。おっちゃん、石割なんてやった覚えがないから、よう勝手がわかりません」
ナディアが黒岩の前に進むと、足を肩幅に開く。ナディアが革手袋をした手で黒岩を触ってから、気合いと共に岩に拳を振り下ろした。
ナディアの拳が当ると岩は砕けて消え、黒い煙が上がった。
ナディアは、すぐに黒い煙の前から跳び退く。黒い煙が収縮すると、黒狼が現れた。
(魔物いうても、黒狼か。余裕やね。でも、岩から生まれた黒狼は初めてみたで)
現れた黒狼は周りを人間に囲まれていると知ると、敵意を剥き出しにした。
おっちゃんは軽く口笛を吹いた。
黒狼がおっちゃんに向き直り、牙を剥いて跳び懸かってきた。
おっちゃんは剣を素早く抜くと、黒狼を一突きで始末した。
絶命した黒狼が黒い煙を上げて消えた。
(なんや、死ぬと死体を残さずに消えるんか。浮遊石といい、黒岩といい、おっちゃんのいた場所とは、だいぶ勝手が違うで)
「これで、ええですか」と、おっちゃんはゆっくりした動作で剣をしまう。
ナディアの眼がおっちゃんを険しく見つめる。
「相当の腕前だね。サレンキストの剣術は斬る動作が主体だ。突き技はあまり使わないと聞く。それに、おっちゃんの剣の形。この島で使われている剣とは形状が違うようだね」
「おっちゃんの剣はエストックで突きを主体に戦う武器ですわ。そんで、これで、島の外から来たって、信用してもらえましたか?」
ナディアが仏頂面で告げる。
「この世界にヤングルマ島以外の島があるとは思えない。だが、サリーマ様の言葉があるから街へ入る許可は出す。この後、呼び出しがあると思うから、その時は素直に出頭するように」
サリーマが安堵した顔をする。
「では、参りましょうか。おっちゃん」
サリーマに従いてマレントルクの街に入った。マレントルクは石造りの街だった。建物は二階建てが多い。建物と建物との間隔は広めで、庭を持つ家が多かった。
サリーマに従いて行くと、石造りの寺院に到着した。サリーマがにこやかな顔で告げる。
「ここで少々お待ちください。責任者の巫女長と話して参ります」
おっちゃんは外で待たされる。庭にいる茶色い服を着た年老いた寺男に目が行った。
寺男は両手を合わせる。すると、地面から高さ六十㎝ほどある、赤い卵型の岩が地面から生えた。
寺男が拳を作って軽く岩を殴ると、岩が割れ、赤い煙が噴き出す。赤い煙が収束して消えると蕪が出現した。
(なんや、さっきは岩がモンスターに変わったが、今度は岩が蕪に変わりおったで)
おっちゃんが見ていると、再び寺男が合掌のポーズを取る。
地面から先ほどと同じような赤い岩が迫り出してくる。寺男が再び赤い岩を割ると、今度は麦の山に変わった。三度目に寺男が赤い岩を出現させると、今度は中から林檎が現れた。
(ヤングルマ島では食料を農業で生産するんやなくて岩から出すんか。これは便利やけど、いったいどうなっているんや)
「おっちゃん、どうかしましたか?」
振り返ると、きょとんした顔のサリーマがいた。
「いやあ、岩を割って食料を取り出している光景を見てびっくりしていたとこですわ」
サリーマが不思議そうな顔をする。
「赤岩から食料を取り出さないって、おっちゃんの国ではどうやって食料を生産しているんですか?」
「種を地面に蒔いて収穫する農業や、家畜を飼育して増やす畜産ですわ」
サリーマが思案する顔をする。
「雑草ならまだしも、麦の種を蒔いて芽が出るなんて、変わった麦ですね。また、家畜が殖える光景も、ちょっと思い浮かびませんね」
「そうでっか、でも、おっちゃんにはヤングルマ島の庭で見た光景のほうが驚きですわ。ひょっとして、人間も岩から出たりしますの?」
サリーマは微笑んで首を横に振った。
「それは、ないですよ。人間は人間からしか生まれません。だから、人間は尊いんです。あと、地面から各種の『産岩』を出現させられる人間はマレントルク人だけです」
「あの色が着いた岩は『産岩』いんうんでっか。そうでっか、マレントルク人だけの秘術ねえ」
サリーマが優しい顔で勧める。
「とりあえず、今日は寺院に泊まってください。大した物はないですが、歓迎します」
おっちゃんは寺院の離れにある宿坊に寺男に案内された。年老いた寺男は名をイサムと名乗った。
夕食として蕪のスープと林檎を炊き込んだ麦飯が出た。
長い船旅で新鮮な野菜を食べたいと思っていたおっちゃんには、ちょうどよかった。食事は薄味だったので少々物足りなかったが、ありがたく料理を頂いた。




