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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ヤングルマ島【マレントルク国】
225/548

第二百二十五夜 おっちゃんと初遭遇

 暗い海の上に全長七十m級の帆船が浮かんでいる。船の探索団団長室に一人の男がいた。男性の身長は百七十㎝、厚手の青の服を着て、机に向って眠っていた。歳は四十三と、行っている。丸顔で無精髭を生やしており、頭頂部が少し薄い。おっちゃんと名乗る冒険者だった。


「おっちゃん、襲撃だ。甲板に来てくれ」

 船長のセバルのおっちゃんを呼ぶ緊迫した声が聞こえた。おっちゃんは目を開ける。


 おっちゃんは急ぎ細身の剣を()いて探索団団長室を出た。襲撃者は一人だった。


 大勢の水夫たちが武器を手に奇妙な男を囲んでいた。奇妙な男は紫の燕尾服を着て、左右で違う色の金属のブーツを履いていた。手には(よじ)れたステッキを持っている。奇妙な男はカラフルな目出し帽を着用し、さらにその上からテンガロン・ハットを被っていた。


 奇妙な男の周りには、すでに八人の水夫が倒れて横たわっていた。

 奇妙な男が甲高い声で気取った風に話す。


「乱暴な人たちだ。調査団の団長である、おっちゃんに会いたいと申し出ただけなのに切り掛かってくる。おお、この世は、まさに動乱の時代。激しく動き、全てのものを揺り動かす」


 おっちゃんは水夫たちを押しのけて先頭に出て、奇妙な男と対峙する。

 剣に手を掛けたまま、おっちゃんは用心して声を上げる。


「わいが、おっちゃんや。それで、なんの用や? 見た感じ、海賊でもなければ、物売りの類でもないようやな。用があるなら、言うてみい」


 奇妙な男が小馬鹿にした口調で話す。

「いやはやは、物売りだなんて、この格好を見ればわかるでしょう。私は旅の案内人。おっちゃんを快適な旅へとご招待するべく、参上しました。さあ、行きましょう。夢のような素晴らしい世界へ」


 おっちゃんは奇妙な男から強い圧力のようなものを感じていた。

(この男、格好は珍妙だが、腕は相当に立つ。戦いとうない相手や)


 おっちゃんは圧倒的な強さを持つ火龍、『暴君テンペスト』と対峙した経験がある。感じは違うが、目の前の奇妙な男からは『暴君テンペスト』と同じような圧力を感じていた。


 おっちゃんは奇妙な男の気に飲まれないように軽口を叩く。

「なんや、旅行会社の営業か。なら、間にあっとるで。おっちゃんは今、謎の島へ行く船旅の真っ最中や。また出直してきてや。暇やったら相手をしたる」


 奇妙な男が高圧的な顔をして、軽んじた口調で口を開く。

「おや、もう既に旅の最中? そうでしたら、旅をより快適なものにして差し上げましょう。これはほんのサービスです。旅行会社ではないので、お代は一切、要りません」


 奇妙な男が杖を軽く持ち上げて、甲板を突いた。

 急に頭痛を伴う、眠気が襲ってきた。


 周りでは、バタバタと人が倒れる音がする。

 おっちゃんは膝を突く。だが、辛うじて眠気に耐えた。

(なんや、何をしたんや、意識を保つのが、やっとや)


 ぼやける視界の中で、奇妙な男が近づいてくる。奇妙な男が感心した声を出す。

「なんと、まだ意識があるのですか。中々、強情な人だ」


 おっちゃんは剣を抜いて突きを放つ。腰が入っていない突きは軽々と躱された。

 奇妙な男がステッキを振り上げて、おっちゃんの額を軽く小突く。


 おっちゃんは強い頭痛を感じて意識を失った。

 おっちゃんは気が付くと、船の上でなく明るい陽が差す石畳の上にいた。ぼんやりとした意識を振り払い、顔を上げる。


 人間大の巨大な石の数々が見えた。おっちゃんは直径十五mの空間に建ち並ぶ、環状列石の中心に寝ていた。


「ここは、どこや? なんで、こんな場所におるんやろう?」

 おっちゃんは環状列石の中心に辿り着くまでの記憶を手繰ろうとした。


「船で海に出て、そんで。そう、夜におっちゃんを呼ぶセバルの声がした。甲板に出た。そんで、甲板には奇妙な男がおった。奇妙な男?」


 おっちゃんは奇妙な男の姿を思い出そうとした。だが、奇妙な男の顔も姿を思い出せなかった。ただ、奇妙な男だったとする記憶しかなかった。


 ぼんやりした記憶をなおも手繰る。

「そうや、そんでも奇妙な男と何かを話して――」


 話の内容は覚えていなかった。記憶はそこから環状列石の中央で目を覚ました時点にまで一気に飛ぶ。


 おっちゃんは頭を軽く振る。

「駄目や、よう思い出せん。いったい船の上で何があって、どうして、ここにおるんや? それに、ここはどこや?」


 おっちゃんは軽く混乱していた。起き上がると、靴が変わっている事実に気がついた。

(あれ、いつもの革のブーツやあらへん、革の靴や。いつのまに違う靴を履いたんやろう)

 

 環状列石の裏に動く人影を見た。

「誰や?」と、おっちゃんは剣に手を掛けて声を上げた。


 大きな石の向こうから、赤い刺繍が施された青いワンピースを着た色白の二十代後半くらいの女性が出てきた。


 女性は紫色の瞳をして、オレンジの短い髪をしていた。

(なんや、女性か。目の色や髪の色からしてガレリアの人間ではない。ひょっとして、ここは、もう謎の島なんか?)


 おっちゃんは緊張を解いて、剣から手を離した。言葉が伝わるかどうかわからないので『通訳』の魔法を唱える。


 おっちゃんは魔法の発動を確認してから丁寧に詫びた。

「これは、驚かして、すんまへん。わいは、おっちゃんいう冒険者です。ちいとばかり、道に迷ったようで、この近くに街とか村とか、ありますやろうか?」


 女性が顔に怖れの色を浮かべて訊いてきた。

「サレンキストの方、ですか。どうして、サレンキストの方がこの場所へ?」


 おっちゃんは、できるだけ威圧感を与えない態度を心懸ける。

「ちゃいますよ。おっちゃんは、ガレリア国の人間ですわ。ガレリアがわからんいうなら、この島の北にある大陸の人間やと思ってもらえれば、ええです」


 女性が不思議そうに口を開く。

「大陸って、なんですか?」


(あら、大陸がわからんのか。とすると、やはり、ここは謎の島で、目の前の女性は現地人か)

 気楽な調子で教える。

「大陸いうのは、まあ、大きい島のようなもんですわ」


 廻りを見ながら、おっちゃんは尋ねる。

「そんで、すんまへん。この島はなんていうんですかね?」


 女性が警戒しながら答える。

「島の名前は、ヤングルマ島です」

(やはり、謎の島に上陸しておったんか)


「そうでっか。ヤングルマ島いうんでっか。で、おっちゃんたちの大きい島の南に、このヤングルマ島が急に出現したんですわ。おっちゃんたちはそれで調査に来たわけです。ご理解していただけましたか」


 女性が疑いも露に訊いてきた。

「この世界にヤングルマ島以外の島があるだなんて、信じられません」


(ほう、世界には海とこの島しかない世界観なのか。でも、急に出現した巨大島やからな。なにか事情があるのかもしれんね)


「信じられませんか。無理もありませんわ。おっちゃんたちかて、急に自分たちのいた大陸の南に大きな島が出現して、ビックリしたところですからね」


 女性が怪訝な顔で尋ねてくる。

「歩いてきたわけではないでしょう。どうやって、ヤングルマ島まで来たんですか?」


「船できたんですわ。せやけど、どうやら、おっちゃん事故に遭ったみたいで、船からここまで、どうやってきたか、覚えておらんのです。気が付いたら、ここに寝とったんですわ。恥ずかしい限りです」


 女性は恐る恐る岩の陰から出てきた。

「にわかには、信じられません。ですが、その格好と訛りは確かにヤングルマ島のものではありませんね。お困りでしたら、その、街まで来ますか?」


「いやあ、そう言ってもらえると、嬉しいですわ。おっちゃん、西も東もわからんような状態ですからね。ほな、よろしゅうお願いします。あと、お名前を教えてもらっても、ええですか?」


「サリーマです」女性が警戒しつつも答えた。

 サリーマが歩き出したので後ろに従いて行く。すぐに珍しいものを見た。


 少し離れた場所に、おっちゃんの身長の倍くらいある岩がいくつも浮かんでいた。

「岩が浮かんどる。どうなっているんや?」


 サリーマがきょとんした顔で答える。

「それは、ここ『ユーリア環状列石』は浮遊石の産地ですから」

「浮遊石って、なんですの? おっちゃんのいた大陸にはないからわからんですわ」


 サリーマがいたって普通の顔で答える。

「触れるものを軽くして宙に浮かばせる石ですよ。ベルトに着けると体が軽くなって、高く跳べるようになったりします。高純度の石は靴に嵌めれば空を飛べるように加工できます」


(ほー、さすがは、謎の島や。面白いものがあるね)

「そんな便利な物があるんやね。お土産に欲しいな。きっと、おっちゃんの大陸の人間が見たら、どないなっとるんやと、目を丸くしますわ」


 おっちゃんは財布から銀貨を取り出す。

「これ、おっちゃんたちの国のお金なんですけど、使えますかね?」


 サリーマがおっちゃんから銀貨を受け取って不思議そうに見る。

「これが、おっちゃんの国の貨幣なんですか。丸い貨幣を初めて見ました。島で流通する銀は長方形ですが、銀なら使えると思いますよ」


(貨幣は流通しておるのか。文明の匂いがするね)

「それは良かったわ。早速、街に着いたら両替しますわ」


 おっちゃんは歩きながら尋ねる。

「ヤングルマ島の内情は、よくわかりませんけど、この島は国とかどうなってますのん? さっき、サレンキストがどうの、って言っていたから、二カ国はあるようやけど」


 サリーマが警戒を解いたのか、温和な顔で教えてくれる。

「島の中央には神の住む大きな山があります。山を囲むように四つの国家があります。北がマレントルク、東がアーヤ、西がホイソベルグ、南がサレンキストです。サレンキスト以外とは三カ国は、極わずかですが、行き来があります」


「そうでっか。サレンキストは、どうなんですか? 他の三つの国と関わりがないんですか?」


 サリーマが表情を曇らせる。

「サレンキストは好戦的で、絶えず他の三国を狙っているのです。マレントルクは神の住む山がマレントルクとサレンキストを隔てているので、あまり被害はありません。ですが、アーヤやホイソベルクでは被害があると聞いています」


(そうか。島国でも、争いはあるんやな。難儀なこっちゃ)


 歩いて行くと、馬が繋いであった。

(移動手段として馬があるんか。鞍や(あぶみ)があるから、それなりの文化水準にあるね)


「街まで遠いんでっか?」

「いいえ、歩いても一時間くらいですよ」


 おっちゃんはサリーマが乗る馬の隣に()いて歩く。


 一時間ほどで街が見えてきた。マレントルクは高さ六mほどの背の低い壁に囲まれた街だった。

 城壁の向こう側に二階建ての石造りの民家が多く見えた。街には門があり、門の横にはひょろ長い木製の見張り台が建っていた。


 サリーマが、にこやかな顔で発言する。

「あれが、マレントルクの街です」


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