第二百二十四夜 おっちゃんと国王(後編)
村に戻り家に帰ると、アイヌルが不安げな顔で待ち構えていた。
「おっちゃん、セバルさんから聞きました。国家を樹立する話は本当ですか? いくら、なんでも国家を作るなんて無謀ですよ。ヒエロニムス国王が許すはずがありません」
「おっちゃんも、アイヌルはんと同じ考えやった。せやけど、実際は違った。ヒエロニムス国王は条件付きやけど、国家の設立を認めると請け合ってくれた」
おっちゃんは条件について、アイヌルに話した。アイヌルが難しい顔で意見を述べる。
「金貨の条件はいいとして、残り二つが問題ですね。簡単なようにも、難しいようにも取れますね」
おっちゃんはいささか重い気分で発言した。
「でも、これ引き受けて成功したら、おっちゃんは国王になるねん」
アイヌルが意外だとばかりに口にした。
「成功した時の未来を心配しているんですか? 別に国王になっても良いでしょう。それに、嫌なら四週間で辞められるんですよ」
「せやなあ、四週間なら、ええかな」
アイヌルが真剣な顔で訊いて来た。
「おっちゃんは、やる気なんですか?」
「実はな、新しい島には興味あるねん。あと、十年も待てば、普通に行けるようになるかもしれない。でも、十年後のおっちゃんは、どうなっているか、わからない。なら行けるうちに行きたいねん」
まだ見ぬ島に行って見たい心境は、偽らざるものだった。
アイヌルが複雑な顔をする。
「正直に言います。おっちゃんには、ニコルテ村に残って、まだ、私を助けて欲しい。でも、おっちゃんは冒険者だから、冒険に行く旅立ちを止めたりはできません。だから、行くのなら、笑って送り出します」
「そうか、ありがとう」
おっちゃんはセバルに会いに行き、国家樹立の三条件について伝える。
セバルが喜び勇んで発言する。
「そうか、国家は可能なのか。わかった。その、条件で他の長たちにも諮ってみる」
五日後、セバルと四十二人の呪われた民の長たちが、やって来た。
「我が民の結論が出た。国王の出した三条件を飲んで欲しい。俺たちは金貨を準備する。島の探索に人も出す。おっちゃんを国王に迎える決意もした」
「おっちゃんは正直に言うと国王の器やないと思う。だけど、まだ見ぬ島を探検してみたい気はあるねん。何年ぐらい掛かるかわからんが、おっちゃんと一緒に島の探検に行ってくれるか」
セバルが決意の篭った顔で告げる。
「実のところ、新たに出現した島には俺たちも行きたい。もしかすると、俺たちが遙か昔に失った故郷かもしれない。故郷なら、帰りたい者も大勢いる」
セバルの言葉に何人もの長たちが真剣な顔で頷く。
「そうか。島の正体が気になるか。でも、行ってみたら、とんでもない地獄かもしれんぞ」
セバルは凛とした表情で頼んだ。
「もし、違っても国家への設立へと繋がるのなら、無駄にならない。我が民も是非、おっちゃんの船に乗せて欲しい」
「わかった。なら、一緒に行くか謎の島へ?」
セバルが晴れ晴れとした顔で発言する。
「連れて行ってくれ、おっちゃん。俺たちの未来へ」
(船乗りの宛ては付いた。あとは船の調達と金の用意やな)
おっちゃんは決意が決まったので、ユーミットに会いに宮殿に行った。
ユーミットはすぐに会ってくれた。
「ユーミットはん、道は決まったで。おっちゃんは謎の島の探索をやる。ヒエロニムス国王の話を受けて。おっちゃんは資金と資材を調達しに各都市を廻るわ」
ユーミットはニコニコした顔で告げる。
「そういうと思いまして、実はおっちゃんの名前で各都市に探索事業の話をすでに廻しておりました」
「おっちゃんの名前なんかで、資金は集まらんやろう。ユーミットはん、名義を貸して」
ユーミットは温和な顔で語る。
「そんなこと、ありませんでしたよ。造船所の使用許可と職人の手配はマサルカンドのゲーノス閣下が。必要な木材の提供をシバルツカンドのエルリック閣下が。水と食糧の提供をサバルカンドのエドガー閣下とマキシマム猊下が申し出てくれました」
「そうか、皆が助けてくれるんやな。ありがたいことや」
ユーミットが笑顔で続ける。
「それだけではありませんよ。測量に必要な人材をアントラカンドのザイード閣下が。船の備品、船員の装備に関しては、タイトカンドのボルゲ閣下が提供を表明してくれました」
ユーミットがおっちゃんを優しい瞳で見つめ、尋ねる。
「事業計画の立案と資金提供はバサラカンドがバック・アップします。あとは、乗員を手配するだけです。よろしければ、乗員の募集を懸けますが、どうします?」
「乗員については、目処が立っているねん。呪われた民がおっちゃんの船に乗る。呪われた民とて自分たちの運命が懸っているんや。自分たちの手でやりたいはずや」
ユーミットは満足気に頷く。
「そうですか。ずっと航海を続けてきた呪われた民なら、船の扱いにも慣れているでしょう」
「よし、なら、船ができしだい出発できるように、セバルはんと話を詰めてくる。それと、『迷宮図書館』のフィルズはんにも連絡や。こうしておれん。船ができるまでにやる仕事は、まだ山ほどある」
おっちゃんは、まだ見ぬ謎の島に心を躍らせる。おっちゃんは、新たな冒険の海に漕ぎ出すべく、宮殿の明るい廊下を歩き出した。
【ニコルテ村編了】
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