第二百二十三夜 おっちゃんと国王(前編)
おっちゃんはセバルに話をした翌日に、バサラカンドの宮殿に出向いた。おっちゃんはユーミットに会いに行く。
ユーミットは忙しい中でも時間を作って会ってくれた。ユーミットが笑顔で応じる。
「どうしました、おっちゃん、相談事ですか、おっちゃんの相談事なら歓迎ですよ」
「あのな、ユーミットはん。実は今、すごく重たい問題にぶつかってんねん」
ユーミットが軽い調子で発言する。
「おっちゃんらしいですね。なんですか。なんでも、相談に乗りますよ」
「実はな、呪われた民が国家を欲しいって訴えてるねん。そしたら、偶々(たまたま)、『オルトカンド廃墟』の『オスペル』はんが、ええよ、と請け合ってくれた。もし、呪われた民が『オルトカンド廃墟』に行ったら、そのまま独立して国家を目指すかもしれん」
ユーミットは明るい顔で意見する。
「いいでしょう。国家が欲しいなら、国家を目指しても」
「そんな安請け合いしたかて、失敗すれば最悪、皆殺しや」
ユーミットは気負うことなく発言する。
「でも、それは、呪われた民が選んだ道でしょう。なら、おっちゃんが気に病む必要はありませんよ」
「そうやろうか?」
ユーミットが幾分か表情を険しくする。
「世の中とは常に選択です。それに、成功した時の報酬が国家。失敗した時のリスクが皆殺し。なら、釣り合っていると思いますよ。国を興すとは、それだけ大変な事業なんです」
「まあ、平穏無事に樹立された国家なんて、少ないのかもしれんの」
ユーミットが温和な表情を浮かべて申し出た。
「そうですね。もし、おっちゃんさえよければ、私がヒエロニムス国王にお伺いを立ててもいいですよ」
「そんな無茶したら、呪われた民が殺されるやん」
ユーミットは柔らかい表情で告げる。
「そうでしょうか。私がヒエロニムス国王なら、そんな野蛮な方策は採らないと思いますよ」
「でも、独立なんて許したら、国の基礎が揺らぐで」
ユーミットが利発な笑顔で持論を語る。
「普通なら、そうでしょう。ですが、廃墟となった『オルトカンド』は事情が少々違います。それに、『オスペル』陛下が許可しているなら、行けると思いますよ」
おっちゃんはユーミットの言葉を疑った。
「ほんまでっか?」
ユーミットが明るい顔で確認する。
「どうします? 訊いてみますか?」
「それなら、訊くだけ訊いてもらって、いいかな?」
おっちゃんは、それから五日ほど眠れぬ日々を過ごした。
六日目の朝にセバルが家を訪ねて来た。
「我が民の長たちに聞いた。やはり、俺は少数派だった。我が民は国家が手に入れられるなら国家を目指したいと切望している」
「やはり、そうなるか」
セバルは跪き、頭を下げた。
「おっちゃん、街が手に入る話が本当なら、引き受けてくれ。この借りは何十年と掛かろうとも、我が民は返す。また、国家を目指した結果がどのような結末になろうとも甘んじて受ける」
「頭を上げてや、セバルはん。まだ何も始まったわけやない」
セバルが帰ると、おっちゃんの許に早馬がやって来た。使者が真剣な顔でおっちゃんに告げる。
「本日、宮殿にてユーミット閣下による昼食会が開かれます。おっちゃんには是非とも参加するようにと、ユーミット閣下からの伝言です」
(なんや、昼飯を喰いに来いいうだけの用件なのに、いやに仰々(ぎょうぎょう)しいの)
おっちゃんは伝言通りに昼に宮殿に行き、大きなソファーがある広間に通された。
広間には三十人の使用人と三十人の護衛が控えていた。正面のソファーに、ユーミットが座っていた。
ユーミットの横のソファーには、細身の五十代の男性が座っていた。髭はなく、髪はとても短い。あまり顔色もよくなく、頬も痩せている。青白い肌をしており、目はどこか、どんよりとしていた。服装はユーミットと同じ、白のガラベーヤを着ていた。
男性の顔には見覚えがあった。国王のヒエロニムスだ。
(なんで、国王がこの場におるんや?)
おっちゃんは席に着く。
料理が載った大きな皿が二つ運ばれてきた。最初の皿には数々の肉料理とパンが載っており、もう一つの皿には十四種のフルーツが載っていた。
ユーミットが最初に肉料理を抓み、昼食会はスタートする。
適当に数品を抓んだところでヒエロニムスが口を開く。ヒエロニムスが何気ない態度で重い内容を口にする。
「そなたが、おっちゃんか。なんでも、わが国の分離独立を企んでいると聞く。実にけしからんやつだ」
「国王陛下にしてみれば、耳の痛い話やと思いますが、実際のところは、どうなんでしょう」
ヒエロニムスが葡萄を器用に抓んで話す。表情はとくに怒っていない。
「『オルトカンド』は廃墟だ。大した値打ちもない。だが、勝手に住み着いた人間に独立を許すほど、私は人間ができていない。やるなら戦争は避けられん」
「やはり、そうなりますか」
ヒエロニムスが澄ました顔で付け加える。
「だが、三つの条件を飲むなら、話は違う。『オルトカンド』と周囲十㎞を国土とした国家の設置を、認めてもよい」
「ほんまでっか! その条件とは?」
ヒエロニムスが、いたって気楽な顔で言葉を続ける。
「最初の条件は、土地代として金貨二十万枚を納めてもらおう。金貨を納めるなら、まず領主として認めてやろう。残りの条件はセットだ。これをクリアーできた時は、国家でもなんでも好きにすればいい」
「残りの二つとは?」
ヒエロニムスがこともなげに発言する。
「一つ、おっちゃんには、この大陸の南に現れた巨大な謎の島の調査を請け負ってもらう。船や船員や資材も、おっちゃんに用意してもらう。国家の設立を飲むのだ。安いものだろう」
島の探索は問題なかった。
「最後の一つは、なんですか」
ヒエロニムスが穏やかな顔で淡々と告げる。
「国家の初代国王はおっちゃんに就任してもらう。おっちゃんが国王就任中は戦争を仕掛けたりはしないと約束しよう」
「それは、つまり、おっちゃんが島の調査に出て帰って来なかった場合は、国家の設立ができんいう話ですか」
ヒエロニムスが「当然だ」の顔をする。
「そうだ。条件が未達成の上、国王不在では、国家とは呼べまい。だが、成功したら、余は国家と認める。それに、おっちゃんにも、悪い話ではあるまい。成功したら、文字通り一国の主だ」
(これは。ヒエロニムス国王は、おっちゃんが生きて帰ってこないと思うとるの。または、島の調査に何年も掛かると思うとる)
「初代国王になったら、死ぬまで国王でっか」
ヒエロニムスは平然とした顔で告げる。
「最低、四週間は国王をやってくれればいつ次に王座を譲ってもいいぞ。譲れるものなら、な」
昼食会はそのあとは話題がなく終わった。
昼食会のあと、おっちゃんはユーミットに呼ばれた。
ユーミットはニコニコ顔で告げる。
「よかったですね。血を流さず、国家が設立できそうですね。それに、成功したら、おっちゃんは国王ですよ。きっと後世の人は、おっちゃんを冒険者から王になった男、冒険王と呼ぶでしょう」
「止めて、揶揄うの。おっちゃんは国王なんか、なりたないよ」
ユーミットが意外そうな顔で聞き返す。
「では、ヒエロニムス国王の話を、断るんですか」
「それも、負けたようで、したないな。未知の島の探索か。どんだけ広いんやろう?」
謎の島には、興味があった。
ユーミットが冷静な顔で告げる。
「アントラカンドの魔術師ギルドの見解では、二年は掛かると見ています」
「むっちゃ、広いな。危険も満載なんやろうな」
ユーミットが、ほがらかな顔で告げる。
「でしょうね。ですが、宝の山かもしれない。または、人が住んでいて、国が存在するかもしれない。結局のところは、誰かが行って確かめなければ、わからないんですよ」
「そうやね。少し考えさせてもらっても、いいやろうか」
ユーミットは微笑む。
「それは構いませんよ」
おっちゃんはニコルテ村に戻った。