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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ニコルテ村編
221/548

第二百二十一夜 おっちゃんと線香

 おっちゃんは、困った。さすがに「国が欲しい」は解決策がないように思えた。

「参ったの。ニコルテ村の呪われた民が自立できたはいいが、木乃伊さんとの融和(ゆうわ)は、進まない。一つの村の中に二つの村があるような状況や」


 おっちゃんは名案がないか、村の中を歩き回る。呪われた民が住む場所に入った。

 呪われた民は木乃伊を避けて通るが、おっちゃんを見ると頭を下げて挨拶する。


 おっちゃんは挨拶しながら、村の中を歩いた。すると、ラヴェンダーの良い香がしてきた。

「なんや、村の中から、ええ香がするで。まだ、ラヴェンダーの薫る夏はもう少し先のはずや」


 香の元を探すと、ゆっくりと煙が立ち上る棒から香が出ていた。

 おっちゃんが不思議に思って棒を見ていると、一人の若い女性が不安な顔をして声を掛けてくる。


 おっちゃんは『通訳の魔法』を唱える。

「香がお気に召しませんでしたか。それならすぐに消します」

「消さんくて、ええよ。貴女、お名前は? それと、この燃えている棒はなに?」


 女性が恥ずかしそうに話す。

「名前はザオリといいます。おっちゃんが見ている品は線香です。ここでは水が貴重であまり使えないので、悪臭を紛らわすために使っています」


 おっちゃんは線香を黙って見る。

(火を付けるだけで香を出す棒か。この大陸にはない技術やね。炭を(おこ)して香を焚く手間を考えたら気軽に使えて便利やね)

「これって、造る作業は難しいの」


 ザオリは温和な顔で丁寧に説明する。

「作成には少々知識が要りますが、難しい点は、香を合わせる調合です。慣れた人間でも思い通りの香を出すのは難しいんです」


「難しいなら、行けるかもしれんね。よっしゃ、村が投資したる。線香工房を造ろう」


 おっちゃんはセバルの帰りを待って、テントで話す。

「線香を見たで。あれは、行けるかもしれん。投資したい。セバルはん、線香事業を興そう」


 セバルが半分笑って否定する。

「おいおい、線香なんか、産業にならないだろう」


「いや、行けるかもしれん。おっちゃんも今日まで気付かなかったが、セバルさんたちには香を識別する優れた能力があるのかもしれん。もし、そうなら、様々な香を生み出して利益を出せる」


 セバルが浮かない顔で呟く。

「線香なんかが、事業ね」


「国を興すんやったよな。なら、まず先立つものは、金や。金がないことには何も始まらんで」


 セバルは、やれやれの顔で同意した。

「俺は乗り気がしない。でも、おっちゃんがそこまで勧めるなら、やってみるか」


 おっちゃんは呪われた民の居住地に線香工房を建てた。工房の作成は木乃伊がやる。

 呪われた民は木乃伊を避けた。けれども、一生懸命に呪われた民のために工房を建てる木乃伊を見て、建設に参加する村人が現れた。


 おっちゃんは工房の建設が進む中、香料店を廻って香料の価格を調べる。没薬や乳香などの香料はとても高かった。

「これは行けるかもしれんで。高級な香料が線香で気軽に楽しめたら売れる」


 おっちゃんはグラニに相談するために、サドン村に行った。

「グラニはん、香料を安く仕入れる方法ってない?」


 グラニが笑って答える。

「おいおい、おっちゃん、そんな方法があるのなら俺がとっくにやっているよ」

「それもそうか。なにか、ないかの? 安く仕入れて高く売れる香料って?」


 グラニが明るい顔で教えてくれた。

「あるぞ。花だ。花の香は好まれるから、高い。だが、乳香や没薬と比べると日持ちがしないから、安い。お洒落な木乃伊はラヴェンダーのポプリを持っていたりする」


「そうなんか、なあ、グラニはん。もし、安価にラヴェンダーの花の香を出せる商品が出たら、売れそうか?」


 グラニが楽しそうな顔で意見を述べる。

「売れるだろうな。飲み食いしない木乃伊だが、良い香を好む木乃伊は多い。木乃伊は金を持っているから、展開によっては、馬鹿売れするかもしれない」


(そういわれれば、石工の木乃伊たちも墓を買う以外にお金を使っているところを見た覚えがないな)


「よっしゃ、グラニはん、ラヴェンダーの花を大量に仕入れて、おっちゃんが買う」


 グラニに注文を出して、ラヴェンダーの花を大量に購入し、ザオリの許に大量の花を持って行く。

「ザオリさん、ラヴェンダーを仕入れてきたで。これで線香できる?」


「線香にするのなら花ではなく、香油が効率的です。村には酒用の蒸留装置があるので使えると思います」


 ラヴェンダーの花から香油を精製して、線香工房で花の香の線香を試作した。

「できたで。ラヴェンダーの香の線香や」


 製造した線香を木乃伊たちに試す。評判になった。

 ニコルテ村の木乃伊たちがこぞって線香工房に列を作って、ラヴェンダー線香を買い求める。


 木乃伊がお客の立場になると、不思議な現象が起きた。

 今まで木乃伊を避けていた、呪われた民が木乃伊に挨拶するようになった。

「なんや、今まで嫌っていたのが嘘のようやな」


 線香屋の列に並ぶ木乃伊を見ながら、アイヌルが笑顔で評する。

「たぶん、呪われた民もニコルテ村の木乃伊が無害だと分かったんだと思います。だけど切っ掛けがなかった。それに、今までは、呪われた民の生活を支えていた木乃伊に負い目も感じていたんだと思います。それが、世話になるだけではなくなり、心理的な要因が消えたんでしょう」


「そんなもんなのかな」


 アイヌルが、にこやかな顔で発言する。

「それに、木乃伊は今や大得意様です。お金を貯めて建国しなければならない呪われた民にとって、お金は大事です。利益は人を寛容にして聖人を作るんです」


 線香の利益は大きな雇用を生んだ。冒険者になりたくない呪われた民も、線香の製造や販売ならできると線香事業に従事した。


 村で消費できない線香はグラニを通して、『黄金の宮殿』やバサラカンドにがんがん輸出された。 講演会の聞きに来る人間も、お土産で線香を買った。


 線香事業の利益に目を付けたユーミットは線香事業を呪われた民の専売にして、利益を呪われた民に独占させた。


 線香製造の技術は呪われた民同士の間なら惜しみなく伝えられる。先の見えない呪われた民の費用負担に(さら)されていたバサラカンドは、線香事業により損失を徐々に埋め始めた。


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