第二百二十夜 おっちゃんと新規事業(後編)
おっちゃんが家に戻る。出かけていたアイヌルがバサラカンドから戻ってきた。
アイヌルが心配した顔で訊いてきた。
「どうでした、おっちゃん、蒸留酒造りのほうは」
「セバルはんたちの間ではすこぶる評判がよかった。せやけど、飲料を扱うバサラカンドの五人の商人から、これは売れん言われた」
アイヌルの顔が曇った。
「そうですか。飛竜育成業に続き、醸造業も駄目ですか」
「アイヌルはんのほうは、なんの話やったん?」
アイヌルが沈んだ顔で告げる。
「バサラカンド各地で受け入れた呪われた民の状況ですが、思わしくないと説明されました。やはり、どこの村でも融和が進まず、仕事の斡旋にも失敗しているそうです」
「そうか。苦労している場所はうちだけやないんやな」
「そこで、バサラカンドとしては呪われた民に冒険者への転職を勧めるそうです」
「冒険者への転職か。あまり有効な手段やないと思うけど、他に手がないのかもしれんな」
アイヌルが浮かない顔で話す。
「それで、いきなりダンジョンに放り出すのもなんなので、冒険者ギルド主宰で講習会をやってくれるそうです。講習会を終了した人から順次、冒険者になってもらおうとの発案です」
「講習会か。やらんより、ましやけど。ダンジョンは、講習会で教えられたくらいで生き残れるような甘い場所やないんやけどな」
アイヌルと一緒に冒険者への転職を勧めにセバルの許に行った。
説明する間、セバルは黙ってアイヌルの言葉を聞いていた。
おっちゃんは親切心から申し出た。
「冒険者は危険な職業や。嫌なら断ってもええよ。おっちゃんがまた産業を考える」
セバルは厳しい表情で告げた。
「世話になってばかりはいられない。冒険者になる話は受け入れよう」
「ほんまに、ええんか? ダンジョンは危険やぞ」
セバルが真剣な顔で告げる。
「我が国の近くにもダンジョンはあった。ダンジョンに行く人間は冒険者といわず、探索者と呼ばれ、選ばれた人間だけがなれる職業だった。ただ、このたびは間口が広がっただけだ」
(セバルはんも後はないと、覚悟を決めたんやな)
「わかった。危険やと聞いてやるのなら、止めはしない。ただ、行きたくない人間を無理に出したらあかんよ」
ニコルテ村にいる六割の男性と少数の女性が冒険者に志願した。
冒険者ギルドから講師となる冒険者がやってきて、野外劇場で通訳付きで一週間の講習会が行われる。
おっちゃんは『通訳』の魔法が使えるので、訳者の一人として参加した。
講師は中級冒険者だったが、おかしな内容は教えなかった。おっちゃんから見ても役立つ、まともな内容だった。ただ、一週間では短いと感じた。
(一週間で教えられる内容は基礎だけや。ほんまは六週間は欲しかった。だけど、一般的な冒険者なら、講習会もなしで放り出されるから、呪われた民はまだましなのかもしれん)
講習が終わると、バサラカンドの好意で武器と防具と冒険に必要な道具が支給された。だが、質はとても悪かった。
おっちゃんは「武器と防具だけは、せめてまともな物を」と知り合いの武器商人と防具商人を村に呼んだ。
「セバルはん、冒険者になった祝いや。鎧と武器一つをプレゼントするで」
セバルは辛そうな顔で頭を下げた。
「貰ってばかりで、悪いな。世話になってばかりだ」
(セバルはんも、支給された装備の粗悪さは、わかっているんやな。セバルはんだけなら、断ったやろう。だが、村の人間の命を預かる人間としては、粗悪な装備で村人をダンジョンに行かせたくないんやろうな)
セバルたちはおっちゃんから貰った装備を手に『黄金の宮殿』に挑む。
犠牲者を出したが成果も出せた。村では絶えず餓えていた子供が減り、ボロ布のような服しか着られなかった女性が古着を着られるようになった。
呪われた民にわずかだが笑顔が戻った。だが、おっちゃんの気分は複雑だった。
(なんか、人間をダンジョンに売ったようで、あまりいい気がせん。けど、冒険者になる道を選んだのは、呪われた民やからな)
ダンジョンで命を落とした人間が出て人口が減ると、すぐに次の呪われた民が送られてきた。
セバルは新たにやってきた呪われた民を故郷の酒で歓迎する。おっちゃんがしたように集落で貯めた金で武器と防具を買い与えてから、ダンジョンに連れて行った。
ダンジョンで犠牲者が出続けたが、呪われた民が次から次へと来る。村の人口は減らなかった。
バサラカンドに呼ばれたアイヌルが帰ってきて、複雑な顔で告げる。
「おっちゃん、今日はニコルテ村が表彰を受けました。なんでも、この村は収入でも生還率でも一番の成功事例なんですって」
「そうか。他の村はもっと酷いんか」
アイヌルが沈痛な面持ちで告げる。
「噂では冒険者とは名ばかりの村もあるそうです。ダンジョンに生贄を差し出す感覚で、冒険者を選んでいるそうです。そうして、冒険者になりたくない人間も強制してダンジョンに送って口減らしをしているって話です」
「そうか。死者がどんどん出ているけど、ここはまだマシなんか」
おっちゃんが沈んだ気分になっていると、険しい顔をしたセバルがやって来る。
「おっちゃん、ちょっと、いいか?」
「ええよ、セバルはん、すっかりこの国の言葉に慣れたな。おっちゃんより、もう言葉は上手いかもしれんな」
セバルが少しだけ表情を崩す。
「俺は長だ。長たる者は人一倍の努力を求められる。努力して実績を出せなければ村人は従いてこない」
「そうか、偉いな。そんで、話ってなに?」
セバルが苦しい顔で話し出した。
「ここを出ていくことは、できないだろうか。ニコルテ村に不満はない。我が民は上手くやっていけている。だが、戦えない者でも、糊口を凌ぐ宛てが欲しい。農業ができる土地が必要だ」
「残酷なようやけど無理やね。バサラカンドには水がない。水があって農業ができるような良い土地は、すでに他の人間のもんや。無理に出ていけば争いになる」
セバルが浮かない顔で訊く。
「バサラカンド以外の土地はどうなんだ」
「冒険者として、数人単位で移動する分には問題ないやろう。だが、大勢での移住はその土地の領主が許可せんやろう。セバルはんたちを見る目は厳しい。金がない、言葉が通じんでは、受け入れ先はない。受け入れているバサラカンドが特別なんや」
セバルが苦しい表情で語った。
「そうか。実はダンジョンの中で、我が民の長が偶然に集まる機会があった。他の村の状況を聞くに、どこもここより上手くいっていない。もっとはっきりいえば、人間らしい生活がまるでできていない場所もある」
「そうなんか。どんな風に噂していた?」
セバルは厳しい表情で語る。
「皆が口にする、国が欲しい、と。今はまだ漠然とした願望だが、これはいずれ強い願望をもって我が民を動かす可能性がある。その流れはきっと抑えられない」
「それはバサラカンドを乗っ取るいう話か。無茶や。仮に成功したとする。近隣の都市は、こぞって恐怖する。そんで、挙兵する。十倍以上の兵を相手にセバルはんたちは戦う事態になるで」
セバルは悲しげな表情をする。
「我が民を受け入れてくれた恩を仇で返せば、間違いなく今度は我が民は滅びるだろう。でも、今のままでは駄目なんだ。希望が必要なんだ」
「参ったの。でも、話してくれてよかったわ。考えてみる」
セバルが浮かない顔で訊く。
「考えて、どうにかなるのか」
「わからんよ。わからんけど、どうにか工夫してみるよ」




