第二百十九夜 おっちゃんと新規事業(前編)
三日が経つ。呪われた民は村を避けていた。それでも、井戸は村の中にしかないので、呪われた民は水を汲みに来て、逃げるように去っていく。
「これは、あかんね、こっちから手を差し伸べてやらんと、倒れるな。アイヌルはん、『オスペル』はんの接待費用がまだ余っているやろう。あれでセバルに救いの手を差し伸べても、ええか?」
アイヌルが意気込んだ顔で発言する。
「いいですよ。とりあえず、お金があるので色々やってみましょう」
おっちゃんはエールを持ってセバルのテントを訪ねた。『通訳』の魔法を唱える。
「こんにちは、セバルさん、どうや? 少しは、バサラカンドに慣れたか?」
「全くだ」とセバルは不機嫌に答える。
おっちゃんは自分の分とセバルの分のエールを注ぐ。
「しかたないね。海の上と砂漠では勝手が大きく違うからね」
エールを差し出すと、セバルは苦い顔をしてエールをぐいと飲む。
「狩りをしようにも、ここには充分な獲物がいない」
「バサラカンドで狩りをして暮らそうとするなら、よほど熟練した人間でなければ無理やね。そんなセバルさんに今日は仕事の話を持ってきた」
セバルが警戒も露に尋ねる。
「どんな話だ?」
「ニコルテ村は石材、講演会、霊園の三本柱で喰っているねん。どれか手伝って金を稼ぐ気あらへんか」
セバルが難しい顔をして意見を述べた。
「上手くいかないだろうな。講演会を手伝おうにも、言葉が通じない。石工は我が民には経験がない。霊園というが、我が民は死に関わる職業を忌み嫌う」
「これまた、見事にニコルテ村と合わんね。大陸にいた時は、どんなんで喰っていたん?」
セバルの表情が少しだけ和らぐ。
「我が民は狩猟を主とする部族と、農耕を主とする二つの部族からなっていた。狩猟をする部族は空を飛ぶ竜に乗り、獲物を狩っていた。農耕を主とする部族では、酒造りが盛んだった。造られる酒は今こうして飲んでいる酒より遙かに強い酒を造っていた」
「飛竜を飼う技術や酒を造る技術があるんやな。よし、酒造りができる人を紹介してくれるか。明日街に酒造りの道具を買いにこう。そんで、酒造りをやってみようか」
セバルがムッとした顔で述べる。
「酒を造る道具を買う金がない」
「お金はニコルテ村が出す。そんで酒造りで利益ができたら、利益の半分を貰う条件で、どうや」
セバルが厳しい表情で訊いてくる。
「土地も水も違う場所で酒造りが成功するとは思えない。失敗した時はどうする」
「成功した時は働かずに利益を半分ほど貰うんや。失敗した時は全額ニコルテ村の負担や」
セバルが素っ気ない態度で許諾した。
「わかった。その条件ならいい」
翌日、牛を牽き呪われた民の杜氏を連れて、バサラカンドに行く。
石材を売った後に、杜氏を冒険者ギルドの前で待たせて、冒険者ギルドに行く。
「こんにちはエミネはん。今日はニコルテ村の代表として仕事の依頼を出したい。ワイバーンの卵の採取依頼を出す。卵を採ってニコルテ村に持ってきて」
エミネが愛想よく了承する。
「わかったわ。掲示板に張っておくわ」
エミネに依頼料を払って、掲示を頼む。
杜氏を連れて市場に行き、酒造りに必要な最低限の道具と穀物を買う。
「最初は小さくてええ。成功したら、大きくしようか」
牛を牽いてニコルテ村に戻った。酒造りの道具と穀物が運び込まれると、呪われた民が俄に活気付いた。
酒造りが始まった一週間後、ニコルテ村に冒険者が訪れてワイバーンの卵を三個、届けに来た。
「ご苦労やったな」と冒険者に報酬を払い、ワイバーンの卵を持ってセバルを訪ねる。
「飛竜の卵が手に入ったで。育ててみいひんか? 上手く育ったら売ってお金にしよう」
セバルは驚いた。
「いいのか? 飛竜の卵なんてさぞや高価だろう」
「そうや。いい値段がした。これも、酒造りと同じや。成功したら、飛竜を売った利益を半分。失敗時はニコルテ村の負担でええよ」
セバルが真剣な顔で力強く発言した。
「わかった。孵化から育成までは責任を持って我が民で行う」
十日後、雛が二羽、孵ったと報告を受けた。エサ代として六羽の鶏をサドン村で購入してセバルに届けた。
「このまま、ワイバーンが育ってくれれば飛竜の育成業が成り立つかもしれんの」
おっちゃんは、さらにワイバーンの卵の採取依頼を出して卵を三つ手に入れて、セバルに渡した。
だが、後から手に入れた卵は一羽しか孵化しなかった。セバルたちは三羽の雛を得たが、雛は一ヵ月後には全て亡くなった。雛の屍骸を目に、セバルが苦しげな顔をする。
「すまない、おっちゃん。力が及ばなかった。卵を全部、駄目にした」
「気にしなさんな。慣れない土地や勝手が違って苦労もするやろう。事業は上手く行く時もあれば、失敗する時もある。投資ってそんなもんや」
さらに十日後、仕込んでいた蒸留酒が完成した。部族内では活気に湧いた。
だが、おっちゃんはできた蒸留酒を飲んで違和感を覚えた。
(これ、確かに強い。どっしりした味や。でも、この味はバサラカンドで受けるやろうか)
おっちゃんは試作品を持って、バサラカンドのドミニクを訪ねた。
「ドミニクはん。おっちゃんの村で新しい蒸留酒を造ったんよ。試飲してもらっても、ええ?」
ドミニクが蒸留酒を一口そっと飲んで顔を歪める。
「だいぶ強い酒だな。バサラカンドに流通しているどの酒とも違うね」
「そうやろう。異国の酒や」
ドミニクが言い辛そうに切り出す。
「おっちゃん、正直に言う。これは売りに出しても売れないよ。輸出も難しいと思う」
「そうか、やっぱり駄目か」
ドミニクが申し訳なそうな顔で伝える。
「一応、酒を扱う知り合いの商人を紹介してあげるよ。だけど、期待は薄いよ」
ドミニクは酒を扱う四人の商人を紹介してくれた。どの商人の回答も一緒だった。
「この酒は売れない」
おっちゃんは意気消沈して、結果をセバルに伝えた。
セバルが苦しい顔で発言する。
「そうか。酒造りも駄目か。おっちゃんには、また損をさせてしまったな」
「ニコルテ村は財政が豊かな村だから、ええ。でも、失敗続きやと凹むわ」




