第二百十七夜 おっちゃんと混乱の予兆
夜が明け、翌日には警備の木乃伊が帰って行った。フィルズは戻ってはこなかった。
村にいつもと同じ日常が戻ってきた。
おっちゃんが『愚神オスペル』の接待を終えて、家から出した物を家に戻していた。すると、来客があった。教皇のマキシマムと、老騎士のバルタだった。
マキシマムの年は二十代後半。身長は一m九十㎝の大型な男で、真っ赤な髪と眉をして四角い顔をしていた。目鼻立ちはハッキリしており、凛々しい。目はぎょろりと大きく獣のように鋭い。顔から首に掛けて筋肉が付いている。
服装は教皇が着る外出用の青い服だが、盛り上がった筋肉により、はちきれそうだった。
マキシマムが気さくに声を掛けてくる。
「おう、おっちゃん、元気にしていたようだな。今はアンデッドと人間が共存できる村造りの手伝いをしているんだって? 面白い仕事をしているな」
「マキシマムはん、こんにちは。元気そうで、なによりですわ」
マキシマムとバルタを家に上げて、チャイを振舞う。
互いに近況を話して無事を確認する。マキシマムが気分のよい顔で話す。
「ダンジョン・サミットに教皇として初めて参加したが、中々に面白かったぞ」
バルタが対照的に沈痛な表情で語る。
「モンスターの会合など、私としてはもう金輪際、来たくありませんね」
マキシマムが笑って嗜める。
「そういうな、バルタ、楽しかっただろ。次はもっと大勢のお供を連れて来ようぜ。聖騎士にもいい刺激になるだろう」
バルタが暗い顔で黙って肩を竦めた。
マキシマムが真剣な顔をして、おっちゃんに向き合う。
「今日、寄った理由はおっちゃんに話があるからだ。俺はダンジョン・サミットに出た。会議は多少は荒れたりもしたが、滞りなく終わった。だが、気になる議題が一つ出た」
「なんですの? マキシマムはんにも関係する話題でっか?」
マキシマムが真面目な顔で尋ねる。
「大いに関係する。この世には海を彷徨う呪われた民が存在する。おっちゃんは呪われた民について聞いた記憶があるか」
「昔に神の怒りに触れた人の話やろう。大陸を追い出されてどこかに辿り着くことも、死ぬこともできない。そんで、海を彷徨い続ける事態になった民の物語やろう。でも、それは昔話やないの?」
マキシムが表情を険しくして告げる。
「実在する人間たちだ。その呪われた民がこの度、神に許されこの大陸に漂着する、との報告があった。呪われた民の漂着は人間の世界に混乱を齎す」
「大量に他の大陸の人間が流れ着いたら、混乱するやろうね」
マキシマムが神妙な顔で語る。
「俺もエルドラカンドに帰って対策を練るが、呪われた民の受け入れ先はバサラカンドになるだろう。なるというより、バサラカンド以外では受け入れないといったほうが正しいかな」
「受け入れられないとなると衝突が起きるね。せっかくハイネルンとの戦争を回避したばかりやのに、また争いの危機や」
マキシマムが平然とした顔で語る。
「呪われた民の問題は戦って解決させるか、受け入れるかの二択だ。ユーミットには既に話したが、ユーミットは受け入れるつもりだったぞ」
「もう、本当にユーミットはんは人がええな。ただでさえ、異種族との融和で苦労しているのに、ここで異民族まで入れたら、国の運営は大変やろう」
マキシムが凛々しい顔で頼む。
「そうだ、大いなる試練だ。だが、ユーミットはその試練を受ける。おっちゃんはユーミットの力になってやってくれ」
「おっちゃんにできる役割なんて限られているけど、ここにこうしていられるのもユーミットはんのおかげやから、手を貸してやりたいな」
マキシマムが帰った二日後、おっちゃんはユーミットに呼ばれた。
宮殿に行くとユーミットの私室に通された。ユーミットが穏やかな顔で告げる。
「おっちゃん、実は今、迷っている案件があります」
「呪われた民がやってくるちゅう話でっしゃろ。冷たいようやけど、おっちゃんは引き受けを表明せんほうがええと思うよ」
ユーミットが沈痛な面持ちで語る。
「引き受けが困難な未来を招くと重々わかっています。だが、バサラカンド以外では、引き受け手がないと思う。ならば、バサラカンドで引き受けたいのです」
「引き受けるにしても、バサラカンド単独は止めたほうがええ。他の都市と分担して受け入れたほうが、負担は少ない。バサラカンドだけが負担する話やない」
ユーミットは暗い顔して話す。
「でも、おそらく、他の都市では受け入れはないでしょう」
「なら、他の都市からせめて支援だけでも、引き出さんと。バサラカンドは好景気で金はあるかもしれん。そやけど、無限に金があるわけやない。それに呪われた民がどれほどの規模でやってくるか、わからんよ」
ユーミットは苦しい顔をする。
「そうか。やはり、おっちゃんも反対ですか」
「反対やけど、ユーミットはんがやりたいと決断するなら、やったらええ。その時は、おっちゃんもできる限り協力する。せやけど、人にちょっと反対されたぐらいで止めるいうなら、止めときなはれ。これは大変な問題やで」
おっちゃんはユーミットが受け入れに走ると感じた。帰ってアイヌルに相談する。
「アイヌルはん、どうやら、村人が増えそうや。受け入れてもらえんやろうか」
アイヌルが浮かない顔で訊く。
「呪われた民の話ですね。人を増やす計画はもっと後のはずでしたが、先延ばしにはできない話なので止むを得ません。ニコルテ村でもできる限りの準備をしましょう」
「そうか。迷惑を掛けるの」
「いいんです。ここはバサラカンドですから。誰だってどんと来いですよ」
おっちゃんたちは住まいとなるテントを購入して、村の中に井戸の増設を始めた。
一ヵ月後、港街のマサルカンドに大勢の人間が乗った一隻の古い船が流れ着いたと噂になった。