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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ニコルテ村編
216/548

第二百十六夜 おっちゃんと『愚神オスペル』(後編)

 風呂から上がった『愚神オスペル』を部屋に案内する。

「『オスペル』はんにしたら、狭くてむさくるしいところかもしれませんが、ここが寝室になります」


「寝室ってなに?」と『愚神オスペル』が興味なさそうな顔で訊いてくる。

「寝るところですねん。ここで休んでください」


『愚神オスペル』がぴょんとベッドに跳び乗り、大の字になる。

「ごゆっくり」と口にして、おっちゃんが外に出ようとすると「暇」と『愚神オスペル』が口にする。


「すんまへんな、こんな辺鄙な村やさかい。遊ぶところなんかありません」

「歌と踊り」と口にして、『愚神オスペル』が虚ろな瞳をおっちゃんに向ける。


「歌や踊りが見たいんでっか?」

「だいたいそう」と『愚神オスペル』がぞんざいに応える。


「わかりました。少々お待ちください」

「アイヌルはん、夜型の木乃伊を至急で起こして、道具を持たせて石切り場に集めるんや」


 アイヌルが困惑した顔で尋ねる。

「何をするつもりですか」


「石切り場から石を切り出すところを『オスペル』はんに見せるんや。石切の歌を謳いながら石を切り出す場面を見せれば、謳って踊っているように見えるやろう」


「わかりました。準備します」

 おっちゃんは『愚神オスペル』を石切り場に誘う。

 石切り場ではハリルが準備をしていた。


『愚神オスペル』に石でできた椅子を勧める。『愚神オスペル』が椅子に座ると、ハリルが石切の歌を謳い出す。歌に合わせて、木乃伊が大きな石を切り出しに懸かった。


 石切の歌を謳いながら岩を切り出す作業は二時間ほど続いた。

『愚神オスペル』はぼんやりと石切の現場を鑑賞していた。


 石の切り出しが終わると『愚神オスペル』がきょとんとした顔で「終わり?」と訊いてきた。

「今日のところは、終了ですな」と応える。


『愚神オスペル』は「ふーん」と言った顔をして宿に帰ろうとした。

おっちゃんは『光』の魔法で『愚神オスペル』の帰り道を照らす。


『愚神オスペル』は素直に部屋に戻った。『愚神オスペル』は石切の歌が気に入ったのか、鼻歌を口ずさみながら、石を切り出す動作をベッドの上で繰り返していた。

「どうぞごゆっくり」と声を掛けて部屋のドアを閉める。


 アイヌルが不安な顔で寄ってくる。

「これで満足していただけたでしょうか」


「さあの。明日の朝にフィルズはんが迎えに来るまで安心はできん。おっちゃんは部屋の外で控えているから、アイヌルはんは適当に休んでいて」


「わかりました」とアイヌルが真剣な顔で下がる。


 おっちゃんが部屋の外に椅子をおいて控えていると、深夜にドアが開く音がした。顔を向けると『愚神オスペル』がじっと、おっちゃんを見ていた。

「どうしました?」と訊くと「暇」と『愚神オスペル』が応える。


「なんや、寝られまへんの?」と尋ねると「だいたいそう」と『愚神オスペル』がぶっきらぼうに応える。

「そうでっか。なら、部屋で待っていてください。おっちゃんが、なにか考えます」


「うん」と『愚神オスペル』が素っ気ない顔で答えると部屋に下がる。

(困ったな。深夜に暇や言われてもなあ。この時間帯で起きている人物は、クリフトはんくらいか)


 おっちゃんは葬儀屋に出向いた。灯りが消えていたが鍵は掛かっていなかったので、ドアを開ける。

「こんばんは、クリフトはん。起きていますか?」


 闇の中から声がする。

「起きているが、どうしたこんな深夜に」


「あんな、今、『オスペル』はんいう超VIPが村に滞在しているねん。その『オスペル』はんが、寝られん言うていてな。ちょっと話し相手になってもらえんか」


 闇の中からクリフトが現れて、怪訝(けげん)な顔で話す。

「なんで、ワシなんだ?」


「こんな時間に起きている人間はクリフトはんくらいやし、クリフトはんなら、面白い話を知っていると思うたんよ」


 クリフトが表情を曇らせて意見する。

「寝物語は知らん。政治、経済、戦争の話くらいしかできんぞ」


「上出来よ。ほんまは秘密なんやけど、実はこうでしたいう、話とかしてあげて。滅多に訊けない話のほうが、きっと受けがええ。そんで『オスペル』はんが途中で寝たら、部屋から出てきていいから」


「その条件でいいならやってやろう」

クリフトを連れて部屋に戻る。『愚神オスペル』は部屋の入口でぼんやりしていた。


「すんまへん、遅うなりました。面白いかどうかわかりませんが、語り部を連れてきました」

『愚神オスペル』が虚ろな瞳を向けて質問する。


「物語を聞かせてくれるの?」

「へえ、普段は聞けないような、政治の裏側や戦記をお話します」


『愚神オスペル』が初めて笑った。

「聞いた覚えのない物語は好き」


 おっちゃんは『愚神オスペル』をベッドに寝かせる。

近くに椅子を持って来てクリフトを座らせた。クリフトが真剣な顔で語りだす。


「あれは、まだ、私が若い頃だった。ハイネルンは表向きには平穏を保っていた。だが、その裏では――」と当時のハイネルンの情勢を語り出した。


 おっちゃんも傍でクリフトの話を聞いていた。クリフトの話は、裏切り、謀略、友情、打算、機知に富んだ陰謀物語だった。普通なら、決して語られる内容ではない話だった。


 あまりに突拍子もない展開もあるので、横で聞いているおっちゃんでも「ほんまでっか?」と口を挟みたくなるような話だった。

『愚神オスペル』も黙ってクリフトの話を聞き入っていた。


「――そうして、(わし)は実の母を幽閉して、王座に就いた。後悔は一切していない」


 クリフトの話はクリフトが王になった頃まで続いた。話が終わると夜がすっかり明けていた。

(これ、公表でけんけど、無茶苦茶に面白い話やで。歴史の裏に事件ありやな)


『愚神オスペル』が乏しい表情で「終わり?」と残念そうに訊いた。

 クリフトが神妙な顔で頷く。

「朝にする話でもない。夜も終わったので、今回はここまでじゃ」


「『オスペル』はん、朝食はどうしましょう?」

『愚神オスペル』が不機嫌な顔で首を横に振る。

「要らない。もっと話を聞きたい」


『愚神オスペル』の真っ黒な瞳がさらに黒くなった。

窓から差していた光りが消えた。外が急に暗くなった。


 おっちゃんは慌てて窓から外を見た。空が夜中のよう真っ黒になっていた。

「なんや、どういうことや? 急に夜になったで」


『愚神オスペル』が満足そうな顔で発言する。

「夜になったから、お話して」


 クリフトが険しい瞳をおっちゃんに向けてから、表情を崩した。『愚神オスペル』に、にこやかな顔で向き直る。

「わかった、では、ワシが王になった頃の話をしよう。儂が王になって、すぐのことじゃ――」


 クリフトが話し出すと『愚神オスペル』の注意がクリフトに行った。おっちゃんは家の外に出る。

 外にはアイヌルがいた。アイヌルが困惑した顔でおっちゃんに尋ねる。

「おっちゃん、朝になったと思ったら急に夜になりました。いったいなにが起きたんでしょう」


「わからん。おそらく『オスペル』はんの仕業や。『オスペル』はんは、朝を夜にできるらしい」


 アイヌルが慌てる。 

「なんで、そんな所業が可能なんですか。それより、これ、どうすればいいんですか?」

「おっちゃんにも全然わからんよ」


 家の前にマジック・ポータルが開き、フィルズが現れた。

 フィルズが慌てた顔で、おっちゃんに口早に訊く。

「おっちゃん、『オスペル』様に何をしたんだ」


「眠れんと言うから、クリフトはんに頼んでお話をしてもらった。話が一区切りして、もう夜が終わったので、今回はここまで、言うたら急に夜になった」


 フィルズは切迫した顔で口早に発言した。

「やはり、『オスペル』様の仕業か。『オスペル』様の部屋に案内してくれ。このままだと、話が続く限り朝が来ないぞ」


 フィルズを伴って『愚神オスペル』の部屋に行く。部屋ではクリフトの話が続いていた。

「――そうして、芋腐病のせいで餓死者は一万人にも及んだ」とクリフトの話の区切りが着いたところで、フィルズが『愚神オスペル』に声を掛ける。


「『オスペル』様。会合の時間です。御出立の準備をお願いします」

「嫌あ」と『愚神オスペル』が愚図った。


 フィルズが弱った顔で告げる。

「そんな、わがままを言わないでください。『オスペル』様がいないと会議が始められません」


『愚神オスペル』が「うん」と言わないので、フィルズがなんとか宥める。

 最後には『愚神オスペル』が不機嫌にベッドから出てきた。


 フィルズが焦った顔で口早に告げる。

「おっちゃん、『オスペル』様の気が変わらないうちに、連れて行く。礼は後日に改めてする。では、また」


 フィルズがそそくさと『瞬間移動』の魔法で『愚神オスペル』と共に消えた。


 おっちゃんは、夜になった空を見上げる。

「これ、どうなったんやろう? 朝が夜に戻ったんか? それとも、朝が終わって夜になったんやろうか?」


 クリフトが平然とした顔で告げる。

「わからんが、混乱はするだろうな。さて、ワシは仕事に戻るかな。夜は仕事が(はかど)る」

 夜は六時間ほど続いてから、明けた。



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