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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ニコルテ村編
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第二百十五夜 おっちゃんと『愚神オスペル』(前編)

 一泊二日の『愚神オスペル』の接待費用として、バサラカンドから金貨二百枚が支給された。おっちゃんは大量の食べ物と飲み物を買った。


 新鮮な肉のリクエストに備え家畜を買い、牧舎に入れる。魚料理を注文されても応えられるように、急遽、村に生簀を作って魚を入れておく。日持ちしない野菜はグラニに頼んで、当日に送ってもらえるように準備しておく。


 料理人も手配したかったが時間がなかった。アイヌル、ハリル、モレーヌ、エリフ、アダムに、どの程度の料理ができるかも、聞いておいた。ふかふかのベッドや綺麗な寝具も買って用意しておく。


 木乃伊を二十四時間ひたすら働かせて、突貫工事で村長宅に風呂の用意もした。

 そうこうしているうちに、木乃伊の警護兵がやって来て、村を囲んで警備態勢が敷かれる。


 警備は物々しいが不満は言ってられない。(まか)り間違って、『愚神オスペル』の首を取って名を挙げようとする不届きな冒険者が来たら、一大事である。


 すぐに、サミット初日が訪れる。朝に『迷宮図書館』から伝令の木乃伊がやってくる。

「『オスペル』様は会場に入られました。逗留場所のニコルテ村には夕刻に入ります」


 伝令の木乃伊が帰ると、アイヌルが不安な顔で訊いて来る。

「おっちゃん、『オスペル』陛下って、どんなダンジョン・マスターか、知っていますか?」


「ダンジョン・マスターやで。並の冒険者が会える存在やない。ただ、恐ろしく強いらしい。機嫌を損ねんことや。暴れられたら、村はしまいや。一分も掛からずに村は消えるで」


 アイヌルがガチガチに緊張した顔で発言する。

「そんな、驚かさないでくださいよ。気難しい人だったらどうするんですか」

「なるようにしか、ならん。出たとこ勝負や」


 夕刻になる。アイヌルとおっちゃんが整列して待っていると、村長宅の前にマジック・ポータルが開いた。


 中から、ガリガリに痩せて灰色の肌を持つ、身長百五十㎝の人間に似た存在が現れた。

 人間に似た存在に頭髪はなく、目、鼻、口の代わりに、真っ黒な穴が空いていた。穴はどこまでも深く、暗かった。服装は腰巻きだけをしており、裸足だった。


(これが、『愚神オスペル』やろうか? 見た目は貧相やけど。なんか途轍もないプレッシャーを感じるで)


 次いで、『エンシェント・マスター・マミー』のフィルズが現れた。フィルズの姿を見てホッとする。

(フィルズはんが一緒にいてくれたら、やりやすいな。フィルズはんなら、無茶を言わんやろう)


 フィルズが(ひざまず)いて、丁寧な言葉で、人間に似た存在に声を掛ける。

「『オスペル』様、ここがニコルテ村です。それで、あの男性が以前に話をしていた、おっちゃんです」


 オスペルがじっと、おっちゃんを見て、表情の乏しい顔で(しわが)れた声を出す。

「おっちゃん、こんにちは」


 おっちゃんは、深々とお辞儀した。

「こんにちは『オスペル』はん。ニコルテ村にようこそお越しいただきました。村人一同、精一杯お持て成しさせていただきます」


 フィルズが『愚神オスペル』に声を掛ける。

「では、明朝また迎えに来ます。ごゆっくりとお寛ぎください」

「フィルズさん、一緒やないの?」


 フィルズが申し訳ない顔をする。

「ダンジョン・マスターたちの初日の会合は終わったが、このあと実務者協議があるのだ。それに、『オスペル』様は一人での逗留を希望なのだ。『オスペル』様の接待をよろしく頼む」


 フィルズはマジック・ポータルを潜って帰って行った。御付のモンスターが当然やって来ると思っていたが、誰もマジック・ポータルから出てこなかった。


「『オスペル』はんは、お一人でっか」と質問すると「そう」とだけ返事があった。

「とりあえず、お風呂になさいますか? それとも、お食事にしますか?」


『愚神オスペル』が首を傾げる。

「お風呂って、なに?」

「お風呂は、暖かいお湯で体を綺麗にする場所です」


 変わらない顔で再び『愚神オスペル』が訊く。

「お食事って、なに?」

「飯のことですわ。食べるものですよ」


「じゃあ、それ」と『愚神オスペル』は素っ気なく応えたので「まず、お食事ですか?」と尋ねる。

「両方一緒で」と、どよんとした顔で『愚神オスペル』が応えた。

「風呂に入りながら飯を喰いますの?」確認すると「うん」と返ってきた。


 おっちゃんはアイヌルに指示を囁く。

「おっちゃんが飯を作るから、ハリルとアダムに風呂の準備をさせておいて」


「お食事なんですが、精一杯やらせてもらいます。せやけど、あいにくここは街から離れた辺鄙な場所。あまり良い食材が入りませんので、ご理解をお願いします。なんぞ注文がありますか」


『愚神オスペル』が暗い瞳で、たどたどしく発言する。

「おじいさんとおばあさんで」


『愚神オスペル』の言葉にアイヌルの顔が引き攣る。

 おっちゃんは軽い口調で応じる。

「オンジイサーとオンバーサーですな。ただいま、作ります」


 アイヌルが緊迫した表情でおっちゃんの袖を引く。

「お爺さんとお婆さんを食べたいって、そんな注文を請けて大丈夫ですか」


「何? 知らんの。オンジイサーとオンバーサー言うたら、有名なダンジョン料理やで。おっちゃんが作るから、しばらく、『オスペル』はんの相手をして」


 アイヌルが引き攣った顔で泣き言を口にした。

「そんな、私には無理ですよ」


「そんな言葉は言うたら、あかんよ。アイヌルはんが村長なんやから、どうにかして。エリフとモレーヌは調理場に来て。料理を作るから」


 おっちゃんはアイヌルに『愚神オスペル』の相手を頼んで、調理場に行く。

 手を洗い食事の準備をする。おっちゃんは手早く食材を選ぶと指示を出す。


「エリフはこれとこれの皮を剥いて、一口大に切ってから(いた)めて。モレーヌは米を炊いて。同時進行で乾麺を茹でパスタを作って。おっちゃんが肝心のタレを作るわ」


「オンジイサーってどんな料理ですか」とエリフが作業をしながら不安げな顔で訊いてくる。

「米を潰して団子を作って、焼く。焼いた団子、野菜、肉を味付けしたタレに絡めた料理や」


「オンバーサーって料理は」と興味深々にモレーヌが訊いてくる。

「茹でた麺に、刻んだ香味野菜と肉のソボロを加えて、ピリ辛のタレを加えて炒めた料理や。どっちもダンジョンの中で食べられるメジャーな食事や。『オスペル』はん意外と庶民派なのかもしれんな」


 料理ができあがったので風呂を見に行くと、風呂の準備ができていた。

『愚神オスペル』を探すと『愚神オスペル』は、まだ外にいた。

『愚神オスペル』はポカーンとした表情で、空を眺めていた。


「ちょっと、アイヌルはん、なにやってんの? 中に入ってもらったええやないの」

 アイヌルがぎこちない笑顔で弁解する。

「それが、空を見たきり、黙ってしまって」


「『オスペル』はん、飯と風呂の準備ができましたで」


『愚神オスペル』が虚ろな瞳で質問する。

「空が赤い。なんで赤いの?」


「それは、夕方ですからね。明日も綺麗に晴れよると思います。さあ、こちらです」


 おっちゃんが促すと、『愚神オスペル』は露天風呂に移動した。『愚神オスペル』が湯船を指差す。

「あれは、何?」


「すんまへんな、小さいですが、あれが湯船ですわ」


「船なの?」と『愚神オスペル』が怪訝な顔で訊いて来る。

「船やないですけど、湯船いいますね。湯船が温まる場所です」


 オスペルがぴょんと跳ねると、湯船に飛び込んだ。お湯が真上に跳ね上がり、雨のように『愚神オスペル』に降り注ぐ。


『愚神オスペル』がなんどか跳び跳ね、お湯を真上に跳ね上げて湯船に降ってくる動作を楽しむ。

「『オスペル』はん、料理どうしますか?」と訊くと『愚神オスペル』はジャンプを止めて不思議そうに首を傾げる。


 おっちゃんが料理を盆に載せて持っていくと、手づかみで『愚神オスペル』は料理を口にする。


『愚神オスペル』が虚ろな瞳で苦々しく発言する。

「これ、違う。おじいさんとおばあさんじゃない」


 アイヌルがどきりとした顔をするが、おっちゃんは気にせず謝る。

「すんまへん、『迷宮図書館』は東にあるもんやから、てっきり東の味付けがええのかと早合点しました。西の味付けが好みでしたか。西風に作り直しますわ」


「別に、いいや」と『愚神オスペル』は手掴みで料理を食べていく。


『愚神オスペル』が濡れたまま風呂場から立ち去ろうとしたので、おっちゃんは「待ってください」と留めてバスタオルで拭く。


『愚神オスペル』が暗い瞳でバスタオルを指差して「これは?」と訊く。

「へえ、木綿のタオルですわ。どうも絹のタオルは肌触りが好きになれんので、木綿のタオルを選びました。でも、絹のタオルのほうが、よかったでっか」


「別に」と『愚神オスペル』が口にするので黙って拭いた。風呂場から出る時には『愚神オスペル』にピンクの綿のガウンを羽織らせ、スリッパを履かせる。


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