第二百十一夜 おっちゃんと僧侶(後編)
葬儀屋を出た。
「これが、ニコルテ村ですわ」とおっちゃんはムラトに説明する。
ムラトがパーティの魔術師を厳しい顔で見た。魔術師は浮かない顔で回答する。
「おっちゃんも葬儀屋の高位アンデッドも何一つ嘘を吐いておりません」
ムラトはどんよりとした顔で落ち込む。
(なんな? ムラトはんの顔が村のアンデッドより暗くなったな)
「これで、気が済みましたか。今なら、まだ、日のあるうちにバサラカンドへ帰れまっせ」
だが、暗い表情をしてもムラトは帰ろうとしなかった。
(よいほうに期待が外れたんやから、素直に帰ってくれてもええやろうに。なんで帰らへんのやろう)
おっちゃんはモレーヌに尋ねる。
「ねえ? なにが、そんなに問題なんやろうね?」
モレーヌが曇った顔で答える。
「大地の神の教義では、アンデッドは死後に安らぎを得る環境が手にできなかった存在なんです。教会では積極的にアンデッドを鎮めて、あの世に送り返すように説いています。ですが、ニコルテ村では何かが違う」
「それはあれやね、生まれの違いやね。フィールドで人間が発生させたアンデッドとダンジョン生まれでは、同じ種類に見えても思考形態や能力が違うからね」
モレーヌが、意外だとばかりに訊いて来た。
「そうなんですか? 木乃伊は木乃伊だと思いますが」
「人間が発生させると、発生させた人間の意志が絡むんよ。憎しみを持って、手足のように動けばええ思うて作るとする。すると、できたアンデッドは親の願いを聞くんよ。生きている存在を憎んで、考えも持たん」
モレーヌが初めて知った顔で聞き返す。
「ダンジョンで発生したアンデッドは違うんですか?」
「ダンジョン勤務って頭を使う仕事やし、基本は集団行動でしょう。だから、憎しみを持って単純作業しかできん子では具合が悪いんよ」
冒険者が困惑した顔で異議を挟む。
「ダンジョンのアンデッドの目的って冒険者を殺すためにいるんだろう」
「それ、間違い。ダンジョン・モンスターは、ダンジョンを存続させるためにいるんであって、人を殺す行為はあくまでもダンジョンを守るための結果や」
モレーヌが真意を分かりかねたのか、不思議がって尋ねる。
「どういうことですか?」
「戦争は手段であって、目的やないやろう。同じや。ダンジョン・モンスターも戦闘は手段であって、目的やないねん。戦わずして目的を達成できれば戦わないもんやぞ」
ムラトが戸惑った顔で意見を述べる。
「なんか、おっちゃんの話を聞いていると、モンスターと話しているようです」
(ちと、喋りすぎたかな)
「おっちゃんの言葉は賢者さんの受け売りやけどね。賢者さんが言うんやから、間違いないやろう」
ムラトが弱々しい顔で案を提示した。
「わかりました。では、木乃伊に直接に話を聞きます。それで、もし、大地に帰りたい者がいたら、ターン・アンデッドで死体に戻して埋葬してもいいですか」
「村としては困る。だけど、この世界に留まりたくない木乃伊を無理に止めようとは思わん。大地に帰りたい木乃伊がいたら、教えて。おっちゃんが意志を確認したうえで、村長の許可を取って大地に返すわ」
おっちゃんはムラトたちと別れて村長の家に戻る。
家では不安な顔をしたアイヌルが待っていた。
「どうなりました、おっちゃん?」
「なんや、村の木乃伊が不本意に苦しめられていると思って、来たらしいわ」
アイヌルが強張った顔で訊く。
「それで、どうするんですか? 木乃伊を全員、退治するんでしょうか?」
「村の内情は説明した。その上で、死体に戻りたい木乃伊がいたら、死体に戻して、埋葬しようと思う。それでええか」
アイヌルが浮かない顔で賛成した。
「アンデッドだからといって、村に縛りつける気はないです。もし、死体に戻りたいと木乃伊さんが思うなら、死体に戻しましょう。村の立ち上げは失敗ですが、住民が不幸な村なら要りません」
夜になって、そろそろ寝ようかと思った時に、モレーヌがやって来た。
モレーヌは深々と申し訳ない顔をして頭を下げた。
「夜分遅くまで、失礼しました。私たちは村の外で一泊してから、明日の朝早くにニコルテ村を去ります」
「死体に戻って埋葬されたい木乃伊はおらんかったのか?」
モレーヌが晴れない顔で述べる。
「皆さんは現状で良い、と。その時が来たら、自分たちで最期は決めると仰っていました」
「そうか。みんな村に不満をそれほど持たずに暮らしているか。よかったの」
モレーヌが微かに笑う。
「不満ならありましたよ。やっぱり寝るとこは穴の中ではなく、墓がいいといっていましたよ」
「そうか。村人用の寝起きする墓が必要やな。これは今後の課題やな」
モレーヌが戸惑い半分で語る。
「なんか、おかしいですね、この村。アンデッドの犇めく村に行くと聞かされたので、覚悟を持って来たのに、完全に肩透かしを喰らわされました」
「何事にも例外は、ある。ないしは、時代が変わったちゅうことや」
モレーヌが神妙な顔で頭を下げる。
「どちらにしろ、現状を理解するには、時間が掛かりそうです。では、失礼します」
「最後に言うておくわ。もし、モレーヌはんがダンジョンに行くのなら、アンデッドに情けは無用や。ダンジョンは甘い場所じゃない。むこうも覚悟を決めてやっとるから、甘えは禁物やで」
モレーヌは穏やかな顔で告げる
「わかりました。でも、私はダンジョンには行かないと思います」
一週間後、モレーヌがやって来た。
「なんや、また、来て? 教会でニコルテ村が問題になっているんか?」
モレーヌが晴れやかな顔で話す。
「いいえ。今日から、この村で、大地の神の教えを木乃伊さんに布教しようと思います。大地の神の教えを木乃伊に布教してはいけない、の法はないようですし。なので、よろしくお願いします」
「アイヌルはん、ニコルテ村に村人の入植希望者や。入植者第一号は、大地の神の神官モレーヌはんや」