第二百十夜 おっちゃんと僧侶(中編)
おっちゃんが村の入口に戻ると、百体を越える木乃伊が待ち構えていた。冒険者に緊張が走る状況がわかった。おっちゃんは気楽な調子で指示を出す。
「皆、そんな構えんでええよ。この冒険者さんたちは村の見学者や。いつもの仕事に戻って」
木乃伊たちが浮かない表情をして顔を見合わせる。再度はっきり指示を出す
「ええから、早く戻って、村のいつもの生活を見せてあげて」
木乃伊が一人二人と、持ち場に戻っていく。木乃伊がいなくなると冒険者から緊張が解ける。
「見学はええけど、物騒な武器をしまってな。村人に危害を加えようとしたら、おっちゃんかて怒るで」
冒険者が顔を見合わせて武器から手を離す。
「ほな、どこから見に行きますか。そうはいっても、見るとこなんて、まだない小さな村ですが」
ムラトが眼光も鋭く毅然と尋ねる。
「村の入口には小さいながらも牧舎と柵がありました。あれは家畜を入れる設備でしょう。家畜がいたのなら、食糧事情はそれほど悪くないはずでは?」
「最近やっと金が廻るようになって、牛を購入したんですわ。牛は石材を積んで街に行っています。牛の餌は石材を売った帰りに買ってくるんです。村では牧草の供給すらままなりません」
ムラトは納得した顔はしなかった。それでも説明を受け入れた。
「なるほど。それなら説明は付きますな。石材を売っているなら石切り場があるはずです。見せていただけますかな」
石切り場に行く前に野外劇場を通った。
「よろしいですか」とムラトが凛とした声を上げる。
「ここは野外の集会場のようですね。しかも、かなり大きい。村に少々不釣合いな設備に見えますが」
「木乃伊に石工の経験を積ませるために、作りました。村では一般人向けの講演会を開いています。村をアピールするのと、イベントで金を落としてもらう目的で作りました」
ムラトは目を細めて突っ込んだ質問をした。
「本当ですか。ここは邪教が集会を開くための秘密の場所では?」
「あの、と」冒険者が呑気な顔をして一人が手を挙げる。
ムラトの険しい視線が行くと、冒険者は語った。
「ここで、一般人向けに講演会をやっている情報は確かですよ。俺の友人が前回の講演会の時に、ケバブの出店を出してごっそり儲けていました」
ムラトがムッとした顔で黙る。石切り場に案内すると、石切り場では木乃伊が作業をしていた。
「確かに石切り場は、ありますね。だが、あそこの木乃伊を見てください。ずっと石を割っているでしょう。あれは死者を苦しめるためにやらせている。違いますか?」
「ウウルでっか。ウウルは最近になって石工を始めたばかりで、上手く石が割れんのですわ」
ムラトが疑いの表情を浮べて質問した。
「木乃伊が石工など、本当ですか?」
「ユスフはどこや。ちょっと、お前の作品を見せてくれや」と声を掛ける。
ユスフが手を挙げる。ユスフの元に行くと、ユスフは花のレリーフを彫った墓石を造っていた。
「木乃伊かて訓練すれば、花模様をあしらった墓石くらい造れるようになるんですわ。石材をただ売っても儲けは少ない。こうして加工をして、利益を上げています」
「そうですか」とムラトが気落ちした声を出す。
「では、霊園に行きましょうか」
霊園に行く途中に多数の蓆が地面に置いてある場所を通る。
ムラトが素っ気なく尋ねる。
「ここはなんですか」
「木乃伊たちの寝床ですよ。触らんといてくださいよ。今の時間は夜型の子は寝とるんで」
ムラトの視線が厳しくなった。
「おかしな言葉を仰る。霊園があるのなら木乃伊は霊園に安置されているでしょう」
「霊園の墓地は売り物なんですわ。一区画の値段も高いんで村の木乃伊は地面に穴を掘って寝ています。冒険者かて、稼ぎがないうちは家を持てんでっしゃろ。木乃伊の世界も同じなんですわ」
「世知辛いな」と冒険者が寂しそうな顔で口にすると、ムラトに睨まれた。
霊園に行く途中に火葬場を通り、ムラトが疑問の声を上げる。
「これはなんの施設ですか?」
「ここは火葬場ですわ」
ムラトが「何を言っているんだ?」といわんばかりの顔で訊く。
「死体を焼いたら、アンデッドにはできないでしょう」
「そうですよ。ニコルテ村はアンデッドが働く霊園村です。霊園の利用者の中には、アンデッドになるかもしれんから嫌だと敬遠されるお客さんもおるかもしれない。なんで、火葬のサービスもあるんですわ」
ムラトが難しい顔で黙った。
霊園に着いた。墓石はほとんどなく整地された地面だけがある。
ムラトが辺りを見回し、怪訝そうな顔で尋ねる。
「霊園という割に墓がほとんど見当たらないですね」
「まだ、数区画しか売れていませんからね。ニコルテ村はできて間もない村ですから、これから霊園の利用者を集めるんですわ。木乃伊かて収入があがれば、ここで寝泊まりするかもしれませんね」
ムラトが葬儀屋の建物を指差す。
「あの、寺院のような建物はなんですか」
「あれは高位アンデッドが経営している葬儀屋です」
ムラトが馬鹿馬鹿しいといわんばかりの顔で発言する。
「高位アンデットが葬儀屋なんか、するわけないでしょう」
「他の村は知りませんがここでは普通ですわ。バサラカンドにはアンデッドが商売したらあかんの法律はありませんよ」
ムラトが疑いも露に尋ねる。
「見せてもらっても、いいですかな」
「ええですよ」
葬儀屋の扉を開けると、クリフトが帳簿を前に、腕組みしていた。
「クリフトはん。ちょっと店を見せて」
クリフトが面白くなさそうな顔で発言する。
「ああ、いいぞ。後ろの人間は客ではなさそうだな。客じゃないからチャィは出さんぞ」
ムラトがクリフトの姿を見て「高位アンデッド」と呟き、表情を硬くする。
クリフトは、まったくムラトに気にせず、ノートを見続ける。
「本当に葬儀屋みたい」とモレーヌが興味深い顔で葬儀用品が並ぶ店内を見つめて口にする。
クリフトがムッとした顔で少しだけ顔を上げる。
「お嬢さん、みたいではなく、ここは紛れもない葬儀屋だよ」
冒険者も葬儀屋を不思議そうに見ていた。
おっちゃんはクリフトに声を掛ける。
「クリフトはん。何を難しい顔をしているん?」
「花の仕入れで悩んでいる。バサラカンドの高級葬儀では花を使うが。花は高い。花の値段をいくらに設定するかによって、葬儀の値段が大きく変わる。花を安く仕入れられれば、利益が見込める」
「高位アンデッドって花の値段で悩むのか」と冒険者の一人が困惑した顔で口にする。
冒険者の言葉が聞こえたのか、クリフトが憮然とした顔で声を上げる。
「悩むとも。いかにして顧客に満足感を与えたうえで、どうやれば最大の利益が得られるかを、常に考えるさ。葬儀屋をやるなら、王も高位アンデッドの肩書きも役に立たん」
おっちゃんはそれとなくクリフトに尋ねる。
「クリフトはんが葬儀屋で一番に大切に思うものってなに?」
「一言で表すなら真心だな。心の篭らない葬儀ほど虚しいものあるまい。まだ社員は一人しかいないが、真心の重視は社訓だ」
クリフトの回答に、冒険者たちが驚いた顔で見合わせた。