第二百九夜 おっちゃんと僧侶(前編)
講演会は盛況のうちに終わった。バストリアンが講演料を辞退したので、収支に多額のプラスが出た。
木乃伊たちの中に牛や馬を飼った記憶が残った者がいるかを調べた。厩務員の知識を持った木乃伊がいた事実が判明した。
木材を購入して柵を作り、牛を購入して牛舎を造る。牛が手に入ったので、バサラカンドに石材を売りに行けるようになった。牛に石材を載せて運び、受け取った金でドミニクから村に必要な物を売ってもらう。
石工に興味を持った木乃伊には積極的に道具を貸し出し、石工の訓練をした。三人だった石工の木乃伊だが、今は十二人が石工になった。新たに増えた九人の石工は熟練度が低いので、簡単な作業に従事してもらっている。だが、熟練工と組めば立派な墓が建てられるようになった。
アイヌルとお茶を飲みながら話す。
「どうにか、村の将来が見えてきたな。石材業も利益を出しとる。霊園の整備も順調なようやし、あと二回くらい講演が成功したら、人間の入植を呼び掛けてみようか」
アイヌルが和んで顔で語る。
「そうですね。仕事があるなら、人間も来てくれるかもしれませんね。石材や石膏をバサラカンドに売れるようになった状況が大きいです。ただ、人間が増えると、食糧が問題ですね」
「そやな。今の村の設備やと、人間を五十人も受け入れたら限界やな」
アイヌルが希望に満ちた顔で語る。
「今は、まだ百人を少し超える村ですが、村としては、当初の計画通りに人間と木乃伊さんを合わせて、三百人くらいまでには増やしたいですね」
「そうやね。それくらいが規模的に、ええかもしれんな」
二人で村の将来に思いを馳せていると、ユスフが跳んできた。
ユスフがハンマーを片手にしきりに何かを伝えようとしていた。おっちゃんとアイヌルは『死者との会話』を唱える。
ユスフが緊迫した顔で伝える。
「武装した集団の人間が村外れに現れました」
「ここら辺は盗賊とか出えへんはずやのに。よし、とりあえず、おっちゃんが行ってみる。アイヌルはんは、もしもの襲撃に備えて、木乃伊たちを集めておいてや」
「わかりました」とアイヌルが緊張した顔で伝える。
おっちゃんは装備を調え、ユスフを従えて現場に急行する。
そこには武装した八人の人間がいた。だが、野盗ではなく、雰囲気から推測して冒険者だと思った。
(おかしいの。こんなところに冒険者がなんの用や)
おっちゃんと駆けて行くユスフを見て、冒険者たちが戦闘の構えを採る。
おっちゃんは、すぐに声を出した。
「待って、待って。なにがあったんや? ワイは、この村の相談役のおっちゃんいうものです。冒険者はんがここに来た訳を聞かせてくださいな」
話が通じるとわかったのか、冒険者の纏う空気がいくぶんか和らいだ。そのまま、冒険者の一団に近づく。
青い僧衣を来た二十才くらいの女性が前に進み出た。女性の黒い髪は冒険者らしく短く、意志の強そうな太い眉が印象的だった。装備は服の上から良く着る革鎧を着て、鎧の上から僧衣を着ていた。腰には武器として鎚を下げていた。
おっちゃんは僧侶に見覚えがあった。サバルカンドで冒険者をやっていた神官のモレーヌだった
「あれ、モレーヌやろ。バサラカンドに来とったんか。奇遇やな」
モレーヌもおっちゃんを覚えていた。モレーヌの強張った表情が和らぐ。
「おっちゃんですか。今はバサラカンドで冒険者をやっていたんですね」
「そうやよ。それにしても女性は、二年も見ないと、すっかり変わるね。随分と大人びたようやな」
「もう、子供扱いはしないでくださいよ。あれから二年ですよ。成長するに決まっているでしょ」
モレーヌとおっちゃんの会話で戦闘はないと悟ったのか、冒険者が武器を下ろす。
ユスフも人間が襲ってこないと思ったのか、持っていたハンマーを下ろす。
冒険者側にいた一人の白い髭の僧侶が咳払いをして注意を引く。
「モレーヌさん、お知り合いですか」
白い髭の僧侶にモレーヌがおっちゃんを紹介する。
「はい、こちらは、おっちゃんの愛称で親しまれている立派な冒険者です。以前に、サバルカンドに出た祖龍を退治して、困窮する寺院に多額の寄進をしてくれました。こちらは、エルドラカンドで司祭をやっているムラトさんです」
冒険者の半数が残念そうな顔をして囁き合う。
「え、あれが、噂のおっちゃんか、吟遊詩人の話と実物は随分と違うな」
おっちゃんは気にせずモレーヌと話を続ける。
「大した業績やないけどな。そんで、こんな辺鄙なところに何しに来たん。この先には小さな村しかないで」
ムラトが険しい顔で伝える。
「実はこの先に木乃伊に占拠された村があるとの情報を受けて着ました。村では高位アンデッドも見たとの情報があり、調査しに来た次第です」
「占拠されたって、ニコルテ村はアンデッドと人間が共存を目指した村ですよ。立ち上げに失敗して人間は村長以外が逃げ出しましたが」
ムラトの眼が一段と険しくなる。
「それはアンデッドが村人を殺して、アンデッドにしようとしたせいでは?」
「ちゃいますよ。ここら辺は水の事情が悪いでしょう。農業に失敗したんですわ。そんで、村の将来に絶望した人間は逃げたんですわ。人間は食わないと生きていけませんからね」
ムラトは厳しい視線を向ける。
「本当ですか? 嘘を吐いても、わかりますよ」
「本当ですやん。なんなら、『嘘発見』の魔法を使っても、ええですよ」
ムラトがパーティの中の魔術師に視線をやると、魔術師が『嘘発見』の魔法を唱える。
「もう一度、先ほどの言葉を言ってください」と魔術師が緊張した顔で告げる。
おっちゃんは食糧事情の悪化から村人が逃げた情報と、村がアンデッドと人間の共存を目的に作られた事実を伝える。
「おっちゃんの言葉に嘘は一切ありません」と魔術師が驚いた顔で告げる。
「アンデッドと人間の共存なんて、できるのか」とムラトと冒険者の一団に動揺が走る。
ムラトがわずかに態度を軟化させて、申し出る。
「どうやら、貴方の言葉に嘘はないようです。ですが、村では高位アンデットを見たとする証言もある。貴方が操られている可能性があるので、村を見せてもらって、いいですかな?」
「疑われたまま帰られても困りますから、ええですよ。案内します。石材業と霊園しかない小さな村ですが、見たい仰るなら、どうぞ」




