第二百五夜 おっちゃんと葬儀屋
おっちゃんは翌日バサラカンドに『瞬間移動』で飛んで宮殿に行く。
ユーミットの男性秘書を呼んでもらう。
「あんな、ハイネルンのクリフト王って、バサラカンドにおるやろう。ちょっと、会って話がしたいねん。どこにおる?」
「クリフト王は宮殿にある要人用の邸宅にいます。よろしければ、ご案内しましょうか」
「頼みますわ」と頭を下げると、宮殿の外れにある一軒屋におっちゃんは連れて行かれた。
一軒屋の概観は豪華だが、どこか寂れた印象を受けた。
「ここにクリフト王はいます」とユーミットの秘書は道を空けた。
おっちゃんは、玄関のドアをノックする。
「クリフト王はん、オウルです。入ってもええですか」
扉が自動で開いた。おっちゃんが中に入るとドアは独りでに閉じた。
家の中は全てカーテンが閉めてあった。バサラカンドは冬でも日中は二十度近くの気温があるが、家の中は寒々としていた。
どこからともなく、人魂の灯りが飛んできた。人魂はゆらゆらと揺れ「従いてこい」と言っている。
従いて行くと、広々としたリビングに出た。リビングの主の椅子にはクリフト王が座っていた。
クリフトは青白い陰気な顔で発言する。
「この館に来客とは珍しい。さて、このクリフト王になんの用かな」
「今日は就職の話を持ってきました。ニコルテ村で葬儀屋をやらへん」
クリフトは鼻で笑った。
「儂はこの通り、アンデッドじゃ。そのアンデッドに葬儀屋をやれとはなんの冗談だ」
「冗談やなく、本気ですって。ニコルテ村の住民の大半は木乃伊や。でも、木乃伊には人間と会話ができへん。そのてん、高位アンデッドのクリフト王はんなら、木乃伊とも人間とも会話ができる」
クリフトは眉を吊り上げ、驚きの顔をする。
「お主、思い出したぞ。儂に、ここに来るように勧めた人間か」
「覚えていてくれましたか」
クリフトが怒りの表情で言葉を投げつける。
「お前、ここに来て散々だったぞ。家臣は誰一人として訪ねてこない。人間は儂を避ける。一緒に来たサンドラは、病気になるわだ」
「家臣が来ない原因は旨みがないから。人が避ける理由はクリフト王はんが王様風を吹かすから。サンドラはんが病気になった事情は環境の変化。どれも、ワイのせいと違います」
「そうなのか」と弱気に訊くので「そうです」と力強く答える。
「もう、ここで、来もしない家臣を待って人から避けられてウジウジ悩むより、環境を変えたほうがええんとちゃいますか。勧誘はチャンスやと思いますけどね」
クリフトが思案する顔をする。
「そうかもしれんな。で、葬儀屋とは具体的になにをすればいい」
「それは勉強していただかないといけませんね。まずは、この国の葬儀の様式ややり方について調べて、纏めてくださいな。時間が空いたら、葬儀屋に行って価格調査をする。全て、一からのスタートです」
クリフトが浮かない顔で愚痴った。
「この年寄りに一から商売の知識を自分で仕込めとは、結構、条件が厳しいな」
「そうです。わいの話を受けるのなら王様気分では困ります。葬儀屋の社長になっていただかないといけません。なんで、この話を受けるのなら、もう、王とは呼びません。ワイのことも皆と同じく、おっちゃんと呼んでもらいます」
クリフトが神妙な顔で頷いた。
「わかった。なら、まず現地を見てからだ。ニコルテ村に案内してくれるか」
「ええですよ」と、おっちゃんは袖を出した。クリフトは、おっちゃんの袖を掴む。
『瞬間移動』でニコルテ村に飛び、アイヌルの家の前に戻ってきた。
クリフトは辺りを見回して怪訝そうな顔をする。
「ここは、どこだ。村と言ったが、何もないだろう」
「村長の家が、一軒あるでしょう」
クリフトが驚いた顔で突っ込む。
「一軒しかないだろう。これでは村と呼べないぞ」
「まあ、待ってくださいな。木乃伊の住人なら、百人おるんですわ」
クリフトがムッとした顔で意見する。
「それにしても、木乃伊の家がないだろう」
「木乃伊は地面に穴を掘って寝ています」
クリフトが侮蔑の表情を浮かべて、首を横に振る。
「最悪の環境だな。村長は何をしているんだ」
「今頃、石切り場で石膏を採掘していると思いますが」
クリフトが怖い顔をして訊いて来た。
「まさか、儂にも穴の中で寝起きしろと要求するのではあるまいな」
「家は村長のものなので、テントになりますね」
クリフトがやれやれの顔をする。
「わかった。まず。葬儀屋の店舗兼住居を建てろ。話はそれからだ」
「なら、店舗兼住居を建てたら、葬儀屋の社長をやってくれるんですね」
クリフトは腕組みして首を傾げる。姿勢を正してクリフトは発言した。
「それは、そうだな。わかった、店舗兼住居の建築費用は儂が出す。商売にならないと思ったら、建物を売ってバサラカンドに帰る。その条件でいいなら葬儀屋の社長をやってやろう」
(店を建てるお金を出すと申し出てくれるとは、思うておらんかった。ラッキーやわ。これで村に現金収入が入った上に葬儀屋ができるで)
「ほな、さっそく、店舗兼住宅を建てさせてもらいますわ」
クリフトが慎重な顔で意見する。
「待て。ここの職人に住居を建てるだけの技量があるのか。それに、石材の質もわからんでは、不安だ」
「ほな、こっちへ」と野外劇場に連れて行く。
「村の職人が作った野外劇場ですわ」
クリフトが厳しい目で仕事を吟味する。
「仕事が粗い場所と正確な場所がある。それなりの技術があるようだが、職人の質が一定していないな。石材の質については、まずまずといったところか」
「どうでっか?」
クリフトが鷹揚に構えて発言する。
「小さく建てられたら敵わん。図面は私が持って来る。職人への指図も儂に出させろ」
「家を建てた経験は、ありますのん?」
クリフトがあっけらかんとした顔で述べる。
「家はない。だが、城ならある。若い頃に父親からの城の普請を任された」
クリフトは昔を懐かしむ顔をして語る。
「あの時は大変だったな。モンスターの住処が近くにあるのに工期が短くてえらく苦労した」
「城を建てた経験があるならお任せします」
(これもラッキーやね。クリフトはんなら家が建つまで、石切場の管理も石工の管理もしてくれるやろう。おっちゃんはその間に出店と講演の準備をしよう)
「よし、では、さっそく準備だ」
クリフトは遣り甲斐を見出したのか、機嫌よく『瞬間移動』で帰って行った。




