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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ニコルテ村編
204/548

第二百四夜 おっちゃんと初演題

 おっちゃんは一日の内、大半を石切り場か野外劇場の予定地で過ごした。休憩は適宜(てきぎ)摂ったり現場で仮眠を摂ったりした。


 街に買出しに行く以外、現場を離れる状況はなかった。

 ダンジョン勤務では交代がすぐ来るとは限らず、一週間も交代要員が来ない場面もざらにある。そんな中で働いてきたおっちゃんたちダンジョン・モンスターには特技があった。働いているように見せかけて休憩を取る技術だ。


 二週間が経ち、野外劇場が半分ほどできてきた。夕方にアイヌルが食事を持ってやってくる。


 アイヌルがおっちゃんを気遣う顔をして声を掛ける。

「おっちゃん、ずっと働き詰めだけど大丈夫ですか。野外劇場はそんなに急いで作らなくてもいいでしょう」


 おっちゃんは働いているように見せかけて、きちんと休憩も睡眠も取っていたので、疲れていなかった。


「おっちゃんな、木乃伊(みいら)たちを安心させたいねん。木乃伊だってやればできる。やった分だけ前に進めるって教えてやりたい。そのためには形が必要やねん。今回の場合は建物や」


 アイヌルが困った顔で意見する。

「でも、おっちゃんが倒れたら意味ないですよ」


「おっちゃんは冒険者や。一度、街を出たら二十日間ぐらい街に帰れない仕事だってある。二週間ぐらい、どうってことあらへん。外敵が襲ってこないだけ天国や」


「なら、いいですけど」とアイヌルは浮かない顔をする。

「心配ない。アイヌルはんはでんと構えて見守っていてくれたらええ」


 アイヌルがしょんぼりした顔で告げる。

「でも、なにからなにまで、おっちゃんに頼りきって悪いです」


「そうか。なら、明日、モルタル作りを頼んでも、ええか。この石切り場から石膏も出るけど、どうも木乃伊たちには、石膏がよう区別がつかんらしい」

「わかりました」とアイヌルが微笑んで頷く。


 翌日、野外劇場の建設現場ではアイヌルが石膏モルタルを作っている姿があった。

 さらに、二週間後、二百人を収容できる野外劇場が完成した。


 木乃伊たちは完成した野外劇場を眺めていた。歓声や喜びの声はない。だが、おっちゃんは、感情に乏しい木乃伊たちの間に充実感が拡がるのを感じた。砂や泥に(まみ)れたアイヌルも感慨深い顔をして野外劇場を見ていた。


 夕食になり、おっちゃんは久しぶりに夕食を家で摂った。

「さて、野外劇場ができたから講演者を呼んでくるで」


 アイヌルが不安げな顔で訊いてくる。

「でも、ニコルテ村で死後の世界についての演題で講演してくれる人なんていますか?」


「おっちゃんかて、無策でこんな施設を作ったわけやない。初回講演は失敗したくないから、大物を呼ぶつもりや。明日から三日間くらい村を空けるから、村の仕切りは頼むわ」


「なにか、やっておく仕事はありますか?」

「そうやな。トイレの準備かな。講演にどれくらい人が来るかわからんが、来場者はほとんど人間になると思う。そうなれば、トイレがないと大変や」


「わかりました。トイレの配置と設置を考えておきますね」


 翌日、おっちゃんは『瞬間移動』でバサラカンドに飛ぶ。着ていた物を洗濯に出し、風呂に入って身綺麗(みぎれい)にする。お土産用の没薬を購入して翌日に備える。


 翌日、おっちゃんは『ガルダマル教団』の寺院に飛んだ。砂漠の中に存在する高さ五十m、周囲五㎞の岩山を()り抜いて作られた寺院が『ガルダマル教団』の本拠地だった。


 以前は物々しい警備が敷かれていた寺院で、近づくと武器を手にした男たちが現れたものだった。だが、今は違った。


 入口付近までは警備の人間がいなかった。寺院の入口に行った。寺院の入口の上には高さ十二mの四本の腕を持つ、鬼のような怪物のレリーフがあった。


 入口に守衛の人間が四人いた。全員が仮面を着けなにかしらの武器を携帯していた。でも、武器を向けられる状況には、ならなかった。守衛の一人が丁寧な口調で訊いて来る。

「巡礼に来られた方ですか」


「アフメト老師に会いに来ました。以前に何度かお会いしたので、おっちゃんいう冒険者が来たと伝えてくれればわかると思います」


 守衛が顔を見合わせる。一人が中に入っていく。数分ほど待たされる。

 仮面を着けて杖を持ちドラフ色のローブを着た男が現れた。男はおっちゃんを見ると、なごんだ口調で話した。


「貴方でしたか。寺院にようこそ。一応決まりなので『嘘発見』の魔法でチェックさせてもらってもいいですか」


「ええよ」と答えるとローブの男が『嘘発見』を唱えたので、さっきと同じ言葉を口にする。


 ローブの男は満足気に頷く。

「よろしいです。さあ、行きましょう」

「前回は目隠しされたけど、今回はええの」


 ローブの男は肩を竦める。

「もう、禁教の時代は終わったんです。以前なら相手に目隠しをして、武器を持った教団の人間を背後に従えないと、異教徒はいられませんでした。でも、今では異教徒でも拝観料を払えば内部を見られるように変ったんです」


「ずいぶんとフランクな対応やね」

「全くです。銀貨四十枚を納めれば二泊三日の修行コースのサービスまで受けられるんですよ。数年前までは考えられない変化です。さあ、そういうわけでこちらへ」


 おっちゃんはお土産の没薬を差し出すと、ローブの男に従いて行った。

 ローブの男に連れられた先は机と椅子しかない小さな部屋だった。部屋にはアフメト老師がいた。


 おっちゃんが席に着くと、一杯のジャスミン茶が前に置かれた。

「こんにちは、アフメトはん。今日はちょっとお話があって来ました。おっちゃんは今、ニコルテ村で相談役をやっているんよ。そこで、野外劇場を作ったんやけど、講演会をやってもらえませんやろうか」


 アフメトが思案する顔で顎に手をやる。

「ちょうど、二ヵ月後の第三週の金曜日なら、空いていた気がします。その日で良ければ、講演しに行ってもいいでしょう」

(なんや、意外とすんなり行ったね)


「いやあ、引き受けてもらって助かりますわ。初めての講演なんで大物を呼びたいと思っていたところですねん。アフメトはんが引き受けてくれて助かりましたわ」


 少しばかり世間話をする。アフメトの秘書らしき人物がやってきて、次のスケジュールを告げる。

アフメトが別れの挨拶をする。

「今日は結構スケジュールが立て込んでいます。また、後日に講演会の話をしましょう」


 おっちゃんは丁寧に礼を述べた。

「忙しいところ会っていただけまして、助かりましたわ」


 アフメトが出て行くと、ローブの男が不安気な声で訊いて来る。

「おっちゃんさん、アフメト老師の講演の件なんですが大丈夫ですか?」


「え、なにが」と訊き返すと、ローブの男が渋い顔で伝える。

「アフメト老師クラスになると、講演料は金貨百枚が相場ですよ」

「そんなにするん」


 ローブの男が表情を曇らせて頷く。

「はい、バサラカンドで在家信者向けの説法会でのお布施がそれくらいです」

「そんな金はニコルテ村には、ないの。石材の物納でも、ええ?」


 ローブの男が、歯切れも悪く答える。

「物納ですか。規則的にはできます。でも、食糧の物納は聞きますが、石材は聞いた覚えがないですね」


「そうか。でも、もう頼んでしまったしな。ええわ。講演料はなんとか工夫してみる」

「よろしく、頼みますよ」


 おっちゃんはニコルテ村に帰ると、アイヌルを家に呼ぶ。

「初講演の演者やけど、『ガルダマル教団』のアフメト老師が引き受けてくれた」


 アイヌルは驚きも露に告げる。

「アフメト老師といえば『ガルダマル教団』の最高指導者ですよ。よく、そんな凄い人を捕まえられましたね」


「でも、な、引き受けてもらった後に知ったんやけど、講演料は金貨百枚が相場や、教えられた」


 アイヌルの顔が途端に曇る。

「そんな大金は村にないですよ」


「そうなんや。そこで、困ったんや。最悪、初回は、おっちゃんが立て替えるとしても、次の目処が立たないと、持続的に事業ができん」


 アイヌルが意気込んで意見を述べた。

「講演会ですから、聴衆からお金を取りましょうよ」


「講演会なんやけどな。聴衆が自発的に寄付を出してくれる分には受け取るけど。講演を聴く料金は、タダにしたいんや」


 アイヌルが否定的な顔をして意見する。

「そんなの、無理ですよ。今回はよくても、二回目は絶対ないですよ」

「そこでや。まず、アフメトはんの集客力を見越して、出店を出して出店料を取る」


「それでも、金貨百枚は無理ですよ」

「さらに、ちと早いが、村の一部を墓地にして売りに出す。併せて葬儀屋も始める。霊園の売り上げと葬儀屋の売り上げで、講演料を賄おうと思うとるねん」


 アイヌルが難しい顔で考え込む。

「どうなんでしょう。利益が出るのかな。難しいかな。でも、成功して上手く事業が廻れば、石材事業の他に産業ができるし。産業ができれば、人がやってくるかもしれない」

「とりあえず、やってみんか」

 

 アイヌルが不安げな顔で指摘する。

「でも、そうすると、おっちゃんと私だけでは人が足りませんね」


「人材に関しては一人、(あて)があるねん。葬儀屋は素人だけど、ここで働いてくれそうな人に心当たりある」


 アイヌルが、表情は曇っていたが、決断した。

「わかりました。とりあえず、やってみましょう。それで、駄目なら、また考えましょう。ニコルテ村には石材があり、石膏が産出する事実もわかりました。何も残らない事態には、ならないでしょう」


「ほな、明日、葬儀屋の社長候補に、声を掛けてみるわ」


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