第二百三夜 おっちゃんと村の青写真
家には碌に食べるものがなかったので、おっちゃんは持ってきた食材で二人分の食事を作る。
食事どきにアイヌルと話し合う。
「村の状態はわかった。明日から本格的に村を興しに入る。けど、アイヌルはんはこの村をどうしたい?」
アイヌルが下を向きながら考えをゆっくりと語る。
「やはり、人に村に来てもらいたいです。石材を使えるようになったので、石工を連れてきましょう。石材を大々的に売って得たお金で井戸を増やして農業をやり、食糧を確保したいです」
(アイヌルはんの考えは人間重視なんやな。わからんくはないけど。それでは、この村は上手く回らん)
おっちゃんは得々と語った。
「おっちゃんの考え方はちと違う。人間を呼び込む計画は、もっと後でええ。今は、木乃伊たちに満足して生活してもらう基盤を整えたほうがええ。残ってくれたんは木乃伊や。木乃伊を大事にすべきや」
アイヌルが上目遣いにおっちゃんを見上げて、不満げな顔で意見する。
「でも、村の目的は人間とアンデッドとの共存です。人間がいなければ目的は達成できません」
「目的達成はすぐには無理やな。でも、村造りは時間が掛かる仕事や。早急に成果を上げるようと思ったらいかんよ」
「そうでしょうか」と、アイヌルは不満がありありと出た顔で納得しなかった。
「なら、とりあえず、直近の話からしようか。木乃伊の中に石工がいた。石を切り出す道具も手に入った。おっちゃんは、それですぐに石材を売りに出さんと、まず建物を建てようと思うねん」
アイヌルが表情を曇らせて意見する。
「石材を売りに出さないと、お金になりませんよ」
「そうやな。でも、村ではすぐにお金が必要やない。なら、まず、自分たちで使ったほうがええ。建物を建てれば、木乃伊たちのスキルアップにもなる」
アイヌルが表情を明るくして意見する。
「なら、家をもう一軒、建てましょう。あとあと、人が増えれば家は必要になってきます。村に来る人だって、テント暮らしより家で生活したいはずです」
「おっちゃんの考え方はもうちょっと寄り道や。まず、切り出した石で野外劇場を作ろうと思うねん」
アイヌルが困惑した顔で抗議する。
「木乃伊しかいないのに、劇場なんて作ってどうするんですか」
「バサラカンドは雨が少ない地域や。野外でも講演会ができる。そこに、カリスマ講演者を呼んで、講演会を定期的にやろうと思うとる。講演会が成功すれば村にお金も落ちる」
アイヌルは納得しない。
「でも、木乃伊しかいない村ですよ。どんな講演会にするつもりですか?」
おっちゃんは思っていた構想を正直に伝える。
「それは、死について考える講演会や。ゆくゆくは墓地を整備して、葬儀屋も呼ぶ。おっちゃんは、ここを霊園村にしようと思うねん。アンデッドも人間も安らげる村や」
アイヌルは眉を吊り上げて反対した。
「霊園村なんて、聞いた覚えがないですよ。霊園村なら人が来ません」
おっちゃんは、ゆっくりした口調で言い聞かせる。
「人間とアンデッドには共通の話題がある。死や。この村は、死で繋がる村になるんや」
アイヌルが頬を膨らませ、怒った口調で発言する。
「でも、おっちゃんの提案って、邪教の巣窟やアンデッド・モンスターの発生地みたいですよ」
「失礼な。そんな、おどろおどろしい事業やないよ。それに、今あるどの村の形態でも人とアンデッドの共存は難しい。だからこそ、普通にはない村の形態を考えなあかんのよ」
アイヌルはなおも渋った。
「でも、霊園村はないですよ」
「そんな言葉を言わんと、ちょっと考えてみて。どうしても、嫌や言うなら、おっちゃんの構想は諦める。村長はアイヌルはんや」
アイヌルが暗い顔で発言した。
「すいません。一晩じっくり考えてみていいですか。おっちゃんの考えにはすぐにはうんと言えない」
アイヌルは席を立って部屋に戻った。
夜が明けると、おっちゃんは朝早くに起き出して狩に出かけた。
朝一番で十㎏クラスのデザート・リザードを狩ってきて調理する。デザート・リザードを捌いていると、アイヌルが起きて来た。
「おはようさん。今日はデザート・リザードが獲れたから、肉が喰えるで」
アイヌルがげんなりした顔をして声を出す。
「それ、食べられるんですか?」
「冒険者の間じゃ美味いって評判よ。羊や山羊には劣るけどな」
「私はまだ残りの麦があるので、麦粥にします。おっちゃんも麦粥を食べますか」
「麦粥か。ええね。おっちゃんは塩多めで頼むわ」
朝食ができあがり、食事の時間になる。食事をしていると、アイヌルが控えめな態度で申し出る。
「一晩、考えました。ニコルテ村は、人間とアンデッドとの共存のモデルケースとなる村です。でも、人間が全員、逃げてしまった。これは私の失態です」
「そんなことないと思うよ。おそらく、村人を集める募集官がええこと言い過ぎたせいや。期待と実物が違った時のがっかり感が、あまりにも大きすぎたんやろう」
アイヌルが寂しげに発案する。
「でも、逃げた結果は事実です。なら、残ってくれた木乃伊さんとこの村を一から作るべきだと思い直しました。霊園村が木乃伊さんにとって暮らし易い村なら、まず霊園村を作りましょう」
「そうやな。村に色々と設備ができてくれば人も来るやろう。幸いニコルテ村には石材がある。石工もいる。どうにかなるやろう」
アイヌルが覇気のない顔で賛同する。
「そうですね。ない物を無理に求めるより、ある物を利用して村を作りましょう」
「あとな、アンデッドは夜型のイメージがあるやろう。でもな、同じアンデッドでも、昼型と夜型がいるねん。そこで、まずは夜型と昼型を分けて劇場ができるまで二交代制で働いてもらおうと思うとる。むろん、休憩も必要や」
アイヌルが気負った顔で発言する。
「わかりました。では、私が夜の現場監督をしますね」
おっちゃんはアイヌルを気遣って申し出た。
「アイヌルはんは人間や。昼に働いたほうが、効率がええ。なんで、昼の仕事を頼むわ。そんで、図面とか引けるか」
「村を作るには建築の知識が必須だと思ったので、勉強してきました。簡単な図面なら引けます」
「そうか。なら心強いわ」
食事が終わると、おっちゃんは木乃伊たちが眠る場所に行く。
「今日から本格的に村造りを始めるで。起きてや」
木乃伊たちが立ち上がる。
「まず、職業訓練を兼ねて、村に野外劇場を建てようと思う。建築の技術がある人は手を挙げて」
五人の木乃伊が手を挙げる。
「五人の中で図面を引ける者は、そのまま手を挙げて」
三人が手を下げたので二人が残った。
「ほな、その二人はアイヌルはんのもとに行って図面を引いて」
木乃伊の二人が、アイヌルの元に行く。
「残りの者は昼に働くか、夜に働くか、選んで。昼働く者は右に、夜働く者は左に寄ってや」
昼対夜で六対四に分かれた。イスマイルとユスフは昼型、ヤシャルは夜型だった。
「ほな、昼はイスマイルはんがリーダーで、夜はヤシャルはんにリーダーを頼むわ。図面ができるまで時間が掛かるやろうけど、石材は要る。だから、石の切り出しを頼むわ」
イスマイルに率いられ、昼型の木乃伊が石切り場に移動を開始する。
「夜型の人は休んでいて」と声を掛けて、おっちゃんは現場に行った。