第二百二夜 おっちゃんと石切り道具
おっちゃんはユスフとヤシャルを連れて、職人たちが軒を連ねる職人街に行く。おっちゃんがどこで道具を売っているか人に尋ねようとすると、ユスフが自然に歩いて行く。
「ユスフはん。勝手に動いたらだめやで。バサラカンドではぐれたら面倒や」
「こっち」とだけユスフが短く口にしたので、おっちゃんは従いて行く。
ユスフに従いて行くと、一軒の店の前に着いた。ユスフが道具屋の軒先の前に立つと、道具屋の主人が不機嫌に口を開く。
「木乃伊が、なんの用だい? ここは、見世物小屋じゃねえぞ」
「石工に使う道具を買いに来たんですけど、ここで石工の道具を売っていますか」
道具屋の主人の表情が幾分か和らぐ。
「なんだい、お客さんか。石工用の道具ならうちにもあるよ。よければ、一式を見繕ってやるよ」
道具屋の主人が道具を道具箱に入れる。
ヤシャルは黙って見ていたが。ユスフは道具を手に取りユスフ自身の手で選んで、道具箱に入れた。
道具屋の主人が必要として選んだ道具と、ユスフが選んだ道具の種類は若干、違った。
道具屋の主人がユスフを厳しい顔で見る。
「なんだい、あんた? 随分と玄人ぽい道具を選ぶけど、使えるのかい?」
おっちゃんが主人の言葉を通訳して告げると、ユスフは黙って頷いた。
「それならいいけど」と道具屋の主人はぶっきらぼうに発言する。
おっちゃんは、道具屋の主人が選んだ道具一式と同じものを、もう四セット注文する。
道具の代金はおっちゃんが立て替え、主人に話し掛ける。
「ニコルテ村で石材業を興そうと思うているんやけど、石材を買ってくれそうな店って、どこかにある?」
道具屋の主人は苦い顔で告げた。
「バサラカンドでは建築資材の需要が増えてはいる。でも、悪いけど、正直に言わせてもらうよ。木乃伊の切り出した石材は縁起が悪いから、売るにしても足元を見られると思うよ」
「そうか。そんなものかもしれんな」
おっちゃんは道具を買ったので店を離れようとする。
ユスフがぼーっとした顔で店の前にいるので、声を掛ける。
「ユスフはん、行くでー」と、おっちゃんは声を出す。
道具屋の主人がユスフの顔を見て怪訝な顔をする
「あんた、ユスフって言うのかい」
「そうですよ」と、おっちゃんは答える。
道具屋の主人が複雑な表情をして、おっちゃんに向き直る。
「あと、石材で商売しようと思うなら、石工組合にも顔を出しておいたほうがいいよ。加入しておけば、なにかと面倒を見てもらえるかもしれない」
おっちゃんは石工組合の建物を教えてもらい、言われたとおりに顔を出した。
石工組合は職人街の外れにある二階建ての石造りの建物だった。ギルドの受付の男性に声を掛ける。
「わいはオウルいう者です。この度、ニコルテ村で石材業を興そうと考えているんやけど、石工組合に加盟できますか?」
受付の男性は、素っ気ない態度で教えてくれる。
「会費を納めていただければ、加入はできます。ただ、石材業を興すには、職人が必要です。ニコルテ村に職人はいなかった気がしますね。職人なしで加盟されても、商売は上手くいかないかと思いますよ」
「職人なら、三名います。あとはぼちぼち育成します」
受付の男性が不思議そうな顔をする。
「もしかして、そちらの木乃伊のお二人が職人ですか? 木乃伊に石の加工は難しいと思いますよ。値段は落ちますが、加工をしていない石をギルドに売るだけにしたほうが、儲けが出ますよ」
(職人は人間が一番と思っているようやけど、木乃伊もなかなかやるんやで)
「とりあえず、まず自分たちの手でやってみますわ。そんで、石材の規格と相場について教えてもらえますか」
おっちゃんは会費を払って、石材の規格と相場について簡単に教えてもらった。
ヤシャルはおっちゃんに通訳してもらいながら一緒に話を聞いていた。だが、ユスフは石工ギルドでも、ぼーっとしていた。
案の定、帰る時も「帰るで、ユスフはん」と声を掛けなければ反応しなかった。
ユスフの名を出すと、ギルドの受付職員が訊いて来る。
「そちらの木乃伊の石工の方は、ユスフと仰るのですか?」
「そうですけど、なにか?」と、おっちゃんが訊くと、「別に」と受付職員も複雑な顔をする。
(道具屋の反応もそうやったけど、ギルドの受付職員の反応も妙やな。石工ギルドとユスフはん、関係あるな。でも、ええ関係だったと限らんし、人違いの可能性もあるから、この場ではなんともいえん)
おっちゃんはユスフとヤシャルを連れてニコルテ村に帰った。
「アイヌルはん、石工の道具を買ってきたで。中々、ええ金額したわ。職人の道具って冒険者の武具並にするね。おっちゃんに手持ちの金があったから、立て替えといたよ」
アイヌルが微笑む。
「ありがとうございます。おっちゃんの立て替えてくれたお金は村の帳簿に記帳しておきますね」
「石切り場での作業は木乃伊たちに頼むとして、お金と物の管理はアイヌルはんに頼むわ」
アイヌルに予備の石工の道具を保管してもらう。
翌日、使わないテントと資材をお金に変えるために、テントと資材を木乃伊に持たせて、グラニの村に向った。
グラニの村の外にある市場に着く。若い蠍人の商人が相手をしてくれた。
「資材とテントを買い取って欲しい、それと石材ってここの市場で買い取ってもらえるん?」
若い蠍人の商人が資材とテントを査定しながら答える。
「サドン村の建築物は基本的に泥レンガですから、村での需要はないですね。ここに出入りしている商人にも石材を扱う商人はいませんから、価格は安くなりますよ」
値段を聞くと、街のギルドで聞いた値段の半値以下だった。
(石材で商売するとなると、街まで売りにいかないといけんね。となると、大量輸送をしたいから、牛か馬が必要になる。ニコルテ村に厩舎や牧舎がないから、牛や馬の飼育は難しいな)
サドン村の市場には厩舎があったがロバが数頭いるだけで、牛や馬はいなかった。
(これは、石材業の起業は少し見直したほうがいいね)
おっちゃんは資材を得た金で、天秤棒、担ぎ紐、スコップ、ツルハシなどを購入する。おっちゃんは購入した物資を木乃伊に持たせて、村に向う。村に向う途中に木乃伊に尋ねる。
「なあ、ここだけの話、村長として、アイヌルはんってどう? おっちゃんは正直な話、村人に逃げられる村長って、問題やと思うけど」
木乃伊の一人が答える。
「人間がなぜ逃げたのか理由はわかりません。ただ、俺たちにしてみれば、何をやりたいのか、真意がわからないので、従いていきづらいです」
他の木乃伊も不満を口にする。
「水も碌にないのに農業をやろうとした、意味がわからん。俺たちは喰えないのに、農業やる意義もわからん。農作物を換金するにしても、サドン村で需要があるか調べている形跡もない」
また、別の木乃伊も不平を口にする。
「人間とは、うまくやれる気がしませんね。死者になって初めてわかったのですが、生者には生者の、死者には死者のライフ・スタイルがあります。ライフ・スタイルの違いをアイヌル村長はわかっていない」
そのあとも、アイヌルに対する不満は、ぐちぐちと出た。
(大半はアイヌルはんの無理解から出たものやな。せやけど、木乃伊とアイヌルはんの溝を埋める橋渡しは、難しくないかもしれん)
帰ると、夕方になっていた。買って来た物資を家に運ぶと、その日の作業を一度、終わりにして、木乃伊を解散させる。