第百九十六夜 おっちゃんと『古都アスラホルド』(後編)
おっちゃんはユダの力を借り、アントラカンドにある冒険者の店ハキムに飛んだ。
ハキムの店の入口をユダと一緒に潜る。丸顔の小柄な老人で、茶のベレー帽を被ったハキムがいた。
おっちゃんと一緒にいるユダを見ると、ハキムの顔が悲しげに曇る。
「おや、とうとう、見つかっちまったか」
おっちゃんは店の看板を『準備中』に換えて窓にカーテンをする。
ユダが切迫した顔で告げる。
「もう、いいでしょう。人間の真似事は止めてください。『古都アスラホルド』はダンジョン・マスターの不在で閉鎖寸前まで追い込まれています。帰るなら今しかありません」
ハキムが店主の椅子に深く腰掛けて、おっちゃんに寂しげな視線を送る。
「物は相談だが、おっちゃんがダンジョン・マスターをやる気はないか。おっちゃんがやりたいなら、地位を譲ってもいい」
「地位の譲渡は無理や。おっちゃんはダンジョン・コアに、ダンジョン・マスターにはなれないと、はっきり告げられた」
ハキムは天井を見上げて、辛そうな顔でぼやいた。
「そうか。ダンジョン・コアに拒絶されたのなら無理だな。だが、俺は冒険者の店の店主がすっかり気に入っちまった。もうダンジョン・マスターはやりたくはない」
「冒険者ギルドのギルド・マスターをやりながら、ダンジョン・マスターをやっている存在もいるんや。ハキムはんも冒険者の店の店主をやりながら、ダンジョン・マスターをやったらええやん」
ハキムが悲しげに笑う。
「両立は無理だな。顧客が俺の仕掛けた罠に掛かっていなくなるなんて、寂しいだろう」
「なら、冒険者にダンジョンを攻略させて、ダンジョン・コアを破壊させるしかないな」
ハキムが悲哀の篭った顔をする。
「破壊は意味がない。先天的ダンジョン・マスターは、ダンジョン・コアが破壊されようと、ダンジョンからは逃げられない。別のダンジョンが誕生して、新たなダンジョン・マスターになるだけの話さ」
「そうなんか」
ハキムが目を閉じて、思案する口調で訊いて来た。
「なぜ、この世界にダンジョンが存在するか知っているかい?」
「昔はよう考えた。でも、結論が出なかったな」
ハキムが穏やかな表情で、ゆったりした口調で語る。
「大いなる存在は、物語を求めているんだ。ダンジョンに必要な存在は宝物でもダンジョン・コアでもない。冒険者の命でもない。攻略されていく過程で紡がれる物語なんだ。物語がこの世界を存続させているんだ」
「難しい話はわからんが、ダンジョンに戻ってきてもらうわけにはいかんやろうか」
おっちゃんは思いのたけを語る。
「おっちゃんは元ダンジョン・モンスターや。職場がなくなる辛さはわかる。ダンジョンがなくなれば冒険者もモンスターも困る。また、できるからといって、ダンジョンはなくなっていいもんやない。頼んます。もう一度、ダンジョン・マスターに復帰してください」
ハキムは「うん」と答えない。おっちゃんは妥協案を提示した。
「もし、冒険者と戦うのが辛いなら、ユダはんを影武者に立てたらええ。ユダはんかてそれくらいはできる。その上でダンジョン・マスターしかできん、最低限の仕事をしたらええやん。店だってストラスホルドに出したらええやん」
ハキムが苦しそうな顔で、吐き出すように発言した。
「わかっている。わかっているんだよ。逃げられないことは。いいよ、戻るよ。『古都アスラホルド』へ。これが、俺の物語なんだろう」
ユダとハキムと今後を話すために残る運びとなった。
おっちゃんは用が済んだので、ユダにマジック・ポータルを開いてもらってストラスホルドに帰還した。