第百九十五夜 おっちゃんと『古都アスラホルド』(中編)
おっちゃんはバストリアンを伴って『古都アスラホルド』へ向った。ストラスホルドの端からバストリアンが操縦する空飛ぶ絨毯に乗って移動する。
バストリアンのおかげで危険なく『古都アスラホルド』に着いた。『古都アスラホルド』周辺にはゴーレム型モンスターが多数いたが、バストリアンと一緒だと気付かれなかった。
地図を見ながら飛行船乗り場になっている塔に赴く。塔の下にはゴーレムが配備されていたが、塔の上には誰もいなかった。
バストリアンが空を眺めながら呟いた。
「ちょうどよい具合に飛行船がやって来たぞ」
おっちゃんには飛行船は見えなかった。音も聞こえなかった。それでも、バストリアンの見ている方角を眺めていると、急に全長百mの白い飛行船が目の前に現れた。
飛行船は左右に大きな推進機を持ち、真ん中に浮力を発生させる樽状の構造体を持っていた。
構造体の下には大きな箱状の物体が付いていた。箱状の物体にドアが現れる。ドアから板状のタラップが塔まで伸びてきた。
おっちゃんとバストリアンはタラップを歩いて行き飛行船に乗った。飛行船に乗るとドアが閉まって飛行船が動き出した。
おっちゃんたちが辿り着いた先には高さ三m、縦二十五m、横十五mの空間が拡がっていた。空間の壁際には二m四方の窓が並んでおり、外がよく見えた。
「なんや。ここは、展望台のようやな」
部屋の奥を見ると、正面に大きな扉と左右に小さな扉が一つずつあった。
奥の扉に進もうとすると、地面からユダが浮き上がってきた。
「ようこそ、『古都アスラホルド』の最終エリアへ」
バストリアンが眉間に皺を寄せて、そっとおっちゃんに耳打ちする。
「あいつ、人間じゃないぞ。俺と同じ神が造りし使徒だ」
「勝てそうか?」
バストリアンが晴れない顔で応じる。
「俺は戦闘タイプの使徒ではないから、対使徒戦では期待するな」
ユダが微笑む。
「気を楽にしてください。今はまだ戦う時ではありません。少しお話をしましょう。実はおっちゃんには話があります」
「話ってなんや? 面白い話なら、ええんやけど」
ユダが軽い口調で話す。
「まず、私の正体ですが、私は神が造りし使徒です。私の役目はダンジョン・マスターの補佐役であり、ここ『古都アスラホルド』の維持にあります」
「そうか。なら、なんで人間の街を攻めようとする。なんぞ、ハインリッヒがダンジョン・マスターの怒りでも買ったんか」
ユダが微笑を湛えて興味のなさそうに発言する。
「ハインリッヒもハイネルンも、私にとってはどうでもいいのです」
ユダが寂しげな表情をする。
「ここはダンジョン・マスターに見捨てられたダンジョン。帰ってこない主をずっと待っています。だが、それも限界に近い。そこで私は考えたんです」
「なにを思いついたんや」
ユダが柔和な笑みを湛えて重たい発言をした。
「おっちゃん、逃げたダンジョン・マスターの代わりに『古都アスラホルド』でダンジョン・マスターをやる気はありませんか? その気があるなら、私はおっちゃんに従いましょう」
「ダンジョン・マスターは生まれつきなるもんや。後からやって来たもんがなれるもんやない」
ユダがお気楽な調子で告げる。
「私も以前はおっちゃんと同じ考えでした。でも、どうやら違うようです。人間の教皇のように、後天的にダンジョン・マスターになれるケースがある。もっとも、考案した方法を試す前に、方法を教えたゼノスは水底に封印されましたがね」
「なるほど、場当たり的な考えではないようやな。でも、なんで、おっちゃんなんや?」
ユダが世間話のように語る。
「ダンジョン・マスターになっていただくには、有能な人材がいい。手っ取り早く見つける手段は戦争でした。戦争で才覚を見出した人間を、ダンジョン・マスターに据えるつもりでした」
「でも、戦争は、まだ起きておらんで」
ユダが少しばかり残念そうな顔をする。
「そうです。私の計画は悉く失敗しました。でも、失敗ではなかった側面に気付きました。戦争を未然に防ぐ成果を出す人間もまた、戦争で頭角を現す人間と同等の価値がある。必要なのは、優秀な人材なのです」
「買い被りや。おっちゃんの働きは偶々(たまたま)や。おっちゃんはダンジョン・マスターの器やない」
「器かどうか決める存在はおっちゃんではありません。ダンジョン・コアです」
ユダは言葉を切ると、両手を広げて大いなる意思に問う。
「さあ、ダンジョン・コアよ、答えてください。おっちゃんはダンジョン・マスターになる資格がありますか」
部屋に男の声が静かに流れる。
「おっちゃんはダンジョン・マスターにはなれない」
ユダが肩を落し、瞳に暗い炎を灯して残酷に宣言する。
「残念です。なら、やはり戦争を起すしかないようです。では、戦争を起すのに邪魔なおっちゃんにはこの場で消えてもらいましょうか」
おっちゃんとバストリアンが身構える。ユダが何もない空間から杖を取り出す。
ダンジョン・コアのゆったりした声が再び響く。
「ただ、おっちゃんなら『古都アスラホルド』から逃亡したダンジョン・マスターを連れ戻す仕事が可能だ」
戦闘開始寸前だった空気が止まり、三人が顔を互いに見合わせる。
「なんやて」
おっちゃんの問いにダンジョン・コアは答えない。
ユダは杖を消すと咳払いを一つする。ユダは先ほどの発言がなかったかの如く、紳士な態度になる。
「先ほどは失礼しました。消えてもらう発言は、なかったことにしてください。あれは若気の至りでした」
「変わり身が早いな」
ユダは真摯な顔で依頼してきた。
「おっちゃんに、お願いします。『古都アスラホルド』から逃亡したダンジョン・マスターを探して、ダンジョンに戻るように説得してください。報酬は『古都アスラホルド』が所有する財宝の半分を上げます」
「そんな話を急に言われてもね。ダンジョン・マスターの知り合いはおるよ。だけど、逃亡中のダンジョン・マスターなんて、知らんよ」
ユダが厳しい表情に変わって申し出た。
「ダンジョン・コアが嘘を語るわけがない。おっちゃんは逃げたダンジョン・マスターに、どこかで会っているはずです。どうか、思い出してください。これは『古都アスラホルド』にとって切実な問題なんです」
「逃げたダンジョン・マスターねえ。誰やろう? あ、もしかして、あいつがそうなんかな?」
ユダの表情が明るくなる。
「思い出しましたか」
「うん、一人、心当たりがある。だけど、証拠がないからな。シラを切られたら終わりや」
ユダが自信のある顔で告げた。
「それなら、大丈夫です。私も一緒に行きます。他の人間の眼は欺けても、私は誤魔化せません」
「そうか。なら行ってみるかー」




