第百九十四夜 おっちゃんと『古都アスラホルド』(前編)
四日後、エリアンが白熊亭に戻ってきてヨアキムとヘルブラントに報告する。
「ヘルブラント卿、ただいま戻りました。レガリア軍はタイトカンドにおりますが、ヘルブラント卿からの正式な通達を待って、王都リッツカンドに引き上げる手筈になりました」
ヘルブラントが満足気な顔でエリアンに伝える。
「ご苦労だった、エリアン殿。宰相のアレックスからハイネルンの正式な回答を記した文書が近日中に出る。その文書を持ってあとは王都に帰還するだけだ。交渉は無事に終了だ」
(ユダの言葉が気になるが、これでストラスホルドともお別れやな)
翌日、ストラスホルドの街中を緊迫した話が駆け巡る
「『古都アスラホルド』から万の数のゴーレム型モンスターが溢れ出した」
「ゴーレム型モンスターの中には攻城兵器が混ざっていた」
『古都アスラホルド』からストラスホルドまでは、徒歩で一時間。攻めてくるなら、すぐにも戦場になりそうだった。
街の城門を閉じられて、防衛の準備に街はおおわらわになる。
白熊亭でも緊急対策会議となり、マリエッテが不安気な顔で意見を述べる
「ここはヘルブラント卿だけでも、安全な場所に避難されたほうがよろしいでしょう」
エリアンが緊張感の篭った声で持論を述べる。
「ここは下手に動かないほうがいい。ストラスホルドの城壁は厚い。すぐには落ちないだろう。慌てて出て行くほうが、モンスターと出くわす可能性がある」
その後も、マリエッテが避難を主張して、エリアンが様子見を進言する。
二人の意見を聞いて、ヘルブラントが険しい顔で決断する。
「我々は交渉のためにここに来た。ここで、我々が逃げ出せば纏まる寸前だった交渉がどうなるか、わからない。マリエッテやエリアンにはすまないが、我々はここに残って成果を持ち帰るのみだ」
ヘルブラントの意見にマリエッテもエリアンも従った。
会議のあとにヘルブラントの私室にヨアキムとおっちゃんが呼ばれた。ヘルブラントが浮かない顔で指示を出す。
「エリアンとマリエッテには残るとは伝えた。だが、逃げ道を確保しておきたいと思う。最悪、人間は脱出できなくても、ハイネルンの回答文書が送れればいい。ヨアキムとおっちゃんには、逃げ道の検討に入って欲しい」
「わかりました」とヨアキムが答えて、おっちゃんと部屋を出る。
宿屋の外に出て逃げ道を探そうとすると、バストリアンが声を掛けてきた。
「おっちゃん、ちょっと、いいか? 面白い話がある。顔を貸してくれ」
「知り合いか」とヨアキムが聞くので「ちょっとな」と答えておく。
「すまないが、ヨアキムはん。逃げ道を探す話をヨアキムはん一人に任せても、ええか」
ヨアキムが納得した顔で応じる。
「構わんよ。おっちゃんには、おっちゃんしかできない仕事をしたらいい」
おっちゃんが冒険者ギルドに移動して密談スペースを借りる。
バストリアンが軽い口調で話し出した。
「ハイネルン側の動きを教えてやろう。ファルコ元帥は兵を集めて『古都アスラホルド』に攻め入るべきだと主張している」
「そんな作戦が可能なんか」
バストリアンが興味のない顔で告げる。
「ゴーレムの数は現時点で一万を越える。対するストラスホルドの兵士は五千だ。ハイネルンの兵の大半は国境沿いに移動しているのが、仇となったな。集結を急いでも七日は掛かる。七日間どうにか持ちこたえてとして、集結した兵で『古都アスラホルド』を落とせるかは微妙だ」
「宰相のアレックスはなんと意見している」
バストリアンが平然とした顔で淡々と告げる。
「レガリア兵が国境にいるなら、援軍を頼むべきだと主張している。レガリアとハイネルンの連合軍なら『古都アスラホルド』を落とせるだろう。だが、ファルコ元帥は猛反対だ」
「独力で戦うにしても、援軍を頼むにしても、七日間は耐えなければならんのか。保つかのう」
バストリアンが重要な情報を、サラリと述べる。
「『古都アスラホルド』側が本気でストラスホルドを落とす気なら、保たんだろうな。現時点で、表に出ているのが一万だ。あの規模のダンジョンなら、もう一万くらい予備兵力がいる」
「ダンジョン・マスターが人間の街を攻めるなら、事情があるはずや。なら、事情を聞いて和睦するしかないの。具体的な条件が出ればハインリッヒ王は交渉のテーブルに乗るはずや」
バストリアンが浮かない顔をする。
「バサラカンドを救った時のようにか? だが、『古都アスラホルド』のダンジョン・マスターは、不明だ。果たして、話が通じるやつかどうか」
「やる前から諦めたら、あかんよ。やるだけやってみる姿勢が大事や」
おっちゃんは冒険者ギルドで『古都アスラホルド』の地図を買った。
密談スペースにバストリアンと一緒に行って『古都アスラホルド』の地図を見る。地図は完成していたが、どこにダンジョン・コアがあるかについては記載がない。
「ダンジョン・コアがある位置については未記載やから、どこかにまだ発見されていない秘密の入口があるはずや。どこやろうな」
地図を見るが、どうもピンと来る場所はなかった。
「おかしいの。どこかに、ダンジョン・コアへと続く道があるはずなんやけど。地上や地下にないとしたら、まさかの上か」
バストリアンが砕けた口調で応じる。
「上はあるかもしれないね。『古都アスラホルド』の上空に、不可知の力で覆われた大きな飛行船が巡回しているのを見たからな」
「そんなの、大きな物体が空を飛んでいたら、わかるやろう」
バストリアンが、リラックスした態度で意見を述べる。
「俺だからわかったと思うけど、あれは普通はわからんと思うよ。まず、人間には感知は無理だ。何か条件があれば、わかる仕掛けがあるんだろうけどね」
(そうか、認識を操る使徒のバストリアンだから、わかったのか。だとすると飛行船は怪しいな)
「巡回の経路ってわかるか?」
「こんな感じかな」とバストリアンが地図の上で指を使って円を描く。教えられた経路には三箇所の高い塔が含まれていた。
「なるほどな。この高い塔が飛行船への乗車口になっておるのか。ダンジョンやから下に迷宮があると思うとると、発見できないエリアなわけや。よし、『古都アスラホルド』へ乗り込むで」




