第百九十二夜 おっちゃんとクリフト王の決断(前編)
おっちゃんは再び城を訪ねた。
しばらく待たされたが、昨日と同じくクリフト王の寝室に通された。クリフト王が人の手を借りて、ベッドの上に起き上がる。
「今日はレガリアの使者やなく、一冒険者として助言に参りました。『不死者の王冠』を使いたいなら、使ったらええ。ただし、『不死者の王冠』を使うなら王位は諦めなはれ」
クリフト王の瞳が大きく開き、驚愕の表情をとる。
「なぜ、『不死者の王冠』を手に入れた話を知っておる」
「そんな些細な情報は、どうでもええ、秘密いうてもどこからか漏れるもんや」
クリフト王は険しい顔で告げる。
「そうか。なら、情報の出所は問うのを止そう。実は迷っておる。儂はてっきりユダが病気を治す魔道具を残したと思った。だが、ユダが残した道具は病気を治す魔道具ではなく、アンデッド・モンスターになる魔道具だった」
「そんで、『不死者の王冠』を使うつもりでっか」
クリフト王は苦しそうな顔で告白する。
「アンデッドを王とする状況に家臣団は割れた。サンドラも決断できない。儂は死にたくはない。だが、アンデッドと化してまで生きたいのか、と問われれば正直わからなくなった」
「政治の問題と個人の欲求をごっちゃにしたらあきませんよ。政治の観点からいえば、アンデッドを王様に据える話は世間が許さんやろう。だから、アンデッドになったら王位は捨てたほうがええ」
「やはり、そうであろうな。儂が庶民でもアンデッドの王は受け入れがたい」
おっちゃんは滔々(とうとう)と語る。
「死にたくない言う個人の欲求の観点からいえば、アンデッドになって第二の生活を歩むのもええと思いますよ。穏やかに死にたいと思うなら死ぬ選択肢もありですわ」
クリフト王が怒った顔で意見した。
「王位を捨てたら儂には行き場所はない。『古都アスラホルド』に篭り生活しろとでも言うのか」
「ダンジョン・モンスターやるのもありやとは思います。高位アンデッドなら、就職も難しくないでっしゃろ。でも、人間と接点を持って生活したいのなら方法はありますよ」
クリフト王は意外そうな顔をした。
「それは、どんな方法だ」
「レガリアには、異種族と共存を決めたバサラカンドの街があります。バサラカンドなら受け入れてもらえます。ただ、バサラカンドに行くのなら王位は邪魔なだけです。受け入れるバサラカンドも王の受け入れは嫌がると思います」
選択肢の幅が広がったせいか、クリフト王の表情は和らいだ。
「アンデッドが住める街があるとは世界は広いな。だが、仮に儂がアンデッド化したとして、ハインリッヒが無事に儂をハイネルンから出すかどうか」
「今なら出られると思いますよ。ハイネルンはレガリアに謝罪すると表明しています。ならば、クリフト王とサンドラを人質に差し出すように、話を持って行けばええ。差し出す人質を殺すほど、ハインリッヒはアホやないやろう」
クリフト王は目を瞑って横になった。
「わかった。一晩じっくり考えさせてくれ」
「ええですけど、クリフトはんの運命の決定権者は家臣やなく、クリフトはん自身や。そこを間違ったらあかんよ」
クリフト王は悟ったような表情で、天井を仰ぎ見る。
「わかった。肝に銘じてよく考える」
おっちゃんは宿に戻ると、バストリアンに相談する。
「バストリアンはん、お願いがある。一度、バサラカンドに戻って、ユーミットはんにアンデット化したクリフトはんの受け入れが可能か確認してくれるか」
バストリアンは愉快そうに笑う。
「アンデッド化を止めるように進言したのではなく、なるように勧めてきたのか。面白いな。面白いから協力しよう。一時間ほど待っていろ、すぐに戻ってくる」
バストリアンがマジック・ポータルを開いて消えると、きっかり一時間で戻ってきた。バストリアンがサラリと次げる。
「ユーミットとの話は纏まった。バサラカンドでは問題ないそうだ。まあ、バサラカンドは木乃伊も働く街だからな。クリフトが王様風を吹かせない限り、受け入れは問題ないだろう。ほら、これがユーミットからの書状だ」
「バストリアンはん、すまんけど、おっちゃんをストラスホルドまで送ってくれへん。ヘルブラント特使とアレックス宰相の秘書のグロリアに話をつけねばならん」
「いいぞ、送ってやろう」
バストリアンはすぐにマジック・ポータルを開いて、おっちゃんをストラスホルドに送ってくれた。
出た先は白熊亭の裏口だったので、さっそくヘルブラントに会いに行く。
「クリフト王の状況を確認に行ったら、逆にハインリッヒとの仲介を頼まれた」
ヘルブラントは大いに驚いた。
「どういうことだ」
「クリフト王はハイネルンの内戦を避けるために、王位をハインリッヒに正式に譲ってもええ、と言っている。ただし、王を辞めたらレガリアに行けるか確認してくれと頼まれた」
ヘルブラントは沈痛な面持ちで下を向いた。
「先王の受け入れか。難しいな。王都のリッツカンドが引き受けるかどうか」
「移住先はバサラカンドがええ、言いてるよ。バサラカンド領主のユーミットはんも、ええって言ってくれた。ユーミットはんの書状や」
ヘルブラントが書状を確認し再び驚く。
「確かにユーミット閣下の書状だ。でも、どうしてこんなに早くユーミット閣下が動いたのだ」
「ユーミットはんは有能やからね。きっと、今の事態をユーミットはん見越していたんだと思う」
ヘルブラントが考え込む顔をして意見を述べる。
「教皇が聖軍を興した時にも真っ先に馳せ参じた人物はユーミット閣下と聞く。年は若いがユーミット閣下には先見の明があるのか、とても切れるブレインが傍にいるのかもしれんな」
「そんでな、クリフト王は家臣と自身の安全を保証して欲しいから、娘のサンドラと一緒に人質としてレガリアに行くとも言うとるんよ、問題ないかな」
ヘルブラントが温和な顔で語る。
「謝罪、賠償、人質の提出と三つ揃えば、交渉は大成功だから特使としては問題ない。ヒエロニムス王も外交的勝利として、満足してくださるだろう」
「ほな、クリフト王の遣いとして宰相アレックスの窓口になっているグロリアに会ってくる」
おっちゃんは宰相の屋敷に行き、入口の守衛に「グロリアに戦争回避の話題で火急に会いたい」と告げる。
おっちゃんは屋敷の中の小さな部屋に通され、数分するとグロリアがやって来た。
「グロリアはん、こんにちは。今日はクリフト王の遣いできたんよ。クリフト王は要求を飲めば、王位をハインリッヒに正式に譲り、レガリア国のバサラカンドに行ってもええっていっているよ」
グロリアが眉を吊り上げて驚いた。
「その話は本当ですか。条件について聞かせてください」
「クリフト王を支持した人間を処刑しない。クリフト王とサンドラ、それに、王様に従いたい家臣のバサラカンド行きを認めるのが条件や。できそう?」
グロリアが真剣な顔で請け負った。
「宰相アレックスの意見を聞いてみないと、なんとも答えられません。でも、先王との戦を避けるためなら、きっと動くでしょう」
「そうか。そんで、今回レガリアとしては、先王を懐柔した報酬が欲しい。先王とサンドラを人質の名義でバサラカンドに出して。断っておくけど、越境の謝罪と賠償は別にしっかりつけてな」
グロリアが顔を顰めたが、否定的ではなかった。
「中々欲張りますね。ですが、戦争と内戦の回避のためならば高い代償ですが支払う価値はあるでしょう」
おっちゃんはグロリアに馬車に乗せられ、お城へ向った。おっちゃんは来賓用の待合室に通される。
「もしかすると、日を跨ぐかもしれませんが待っていてくれませんか」
「ええですよ」