第百九十一夜 おっちゃんと秘密の使者(後編)
おっちゃんが宿屋で寝ているとバストリアンに起こされた。
バストリアンが愉快そうに微笑んで話した。
「クリフト王が動いたぞ、おっちゃん。兵士たちが今夜どこかに出かける」
おっちゃんはすぐに冒険者の格好をして宿を出た。
バストリアンが何もない空間から、二畳ほどの広さがある空飛ぶ絨毯を取り出す。
「相手は馬だ。私の空飛ぶ絨毯で追うぞ」
「そんなんで追いかけたら、見付かるのと違いますの?」
バストリアンは自信たっぷりな顔で意見した。
「大丈夫だ。私の傍にいれば同じ使徒クラスの存在でなければ、私たちを認識できる者はいない」
不安だったが、バストリアンに従って空飛ぶ絨毯に乗る。
バストリアンは絨毯を飛ばす。十分も飛ぶと、騎兵十騎が夜の街道を駆けて行く光景が見えた。
おっちゃんたちは騎兵の上空五mを飛ぶが、誰もおっちゃんたちに気付く者はいなかった。
兵士の向かった先は郊外にある一軒屋だった。家は十LDKはありそうな大きな一軒屋で、付近に他に建物は見当たらない。
家の正面には大きな赤く光る目を持つ身長三mほどの人型の鉄の塊がいた。
バストリアンが軽い口調で、普通に声を上げる。
「小型のアイアン・ゴーレムか。民家の軒先にしては、物騒な物が置いてあるな」
「話してもだいじょうぶなん、兵士に聞こえますやろう」
「私の傍にいれば問題ない。私の認識不可の能力の範囲なら、いくら音を立てても注意を引く事態にはならない」
バストリアンが地面に降り立ち、おっちゃんも地面に降りた。バストリアンが絨毯をしまうと、兵士とアイアン・ゴーレムの戦闘が始まった。
おっちゃんとバストリアンは、少しだけ離れて戦闘を見学していた。
兵士は果敢にアイアン・ゴーレムに挑み懸かる。だが、鉄の剣で鉄の塊であるアイアン・ゴーレムを傷つける行為は簡単でなかった。
(兵士は人間相手の戦いなら慣れているかもしれんが、ゴーレムが相手だと勝手が違って苦労しとる)
バストリアンが欠伸をした。
「なんだ、つまらん戦いがちまちま続くようだな。兵士に加勢してやるか」
「さすがに攻撃に加わったら、存在がばれると違いますか?」
バストリアンが景気よく発言した。
「私の能力はそんなに安くはない。といっても、わからんか。よし、おっちゃん、何事も経験だ。兵士に加勢してみろ。どんなに派手にやっても気付かれないから」
おっちゃんは半信半疑だった。でも、兵士に加勢する決断をし、『魔力の矢』を唱えてひたすらアイアン・ゴーレムの膝関節を遠距離から攻撃した。
兵士たちの間を縫って、目標を捕捉した魔力の矢が次々とアイアン・ゴーレムの膝に当る。
後ろから光る矢が飛んできているのに、兵士は誰も気付かなかった。アイアン・ゴーレムもおっちゃんに向かって来なかった。
十発以上も膝に攻撃が入ったところで、アイアン・ゴーレムの膝は破壊される。アイアン・ゴーレムが膝を突いた。
兵士たちは動きが鈍ったアイアン・ゴーレムに次々と切り懸かるが。けれども、アイアン・ゴーレムの弱点がありそうな頭を兵士は攻撃しない。
おっちゃんは、やきもきした。
「人間やないんやから、背中や体をいくら切っても無駄や。弱点の頭を叩かんと」
バストリアンが軽い調子で指示を出す
「よし、おっちゃん。アイアン・ゴーレムの頭に目印の『光』の魔法を掛けてやれ」
「そんな。認識できんのなら頭が光っても無駄ですやろう」
バストリアンが機嫌よく講釈する。
「兵士にとっては、急に弱点が光ると無意識下では注意が行く。でも、私の能力の範囲内だと意識下では光っていないと頭は理解する。なので、兵士にとっては急に弱点に思いついたようにしか感じないんだな、これが」
「ほんまでっか?」と聞くと、「本当だ」とバストリアンが自信を持って答えた。
おっちゃんが試しに『光』の魔法をアイアン・ゴーレムの頭に掛ける。
兵士たちは弱点に気付いたかの如く、攻撃を頭部に集中させた。
「ほんまや、バストリアンはんの言った通りになった」
兵士の猛攻を受けたアイアン・ゴーレムが、ついには倒れた。兵士がアイアン・ゴーレムを倒すと、バストリアンが『闇』の魔法を唱えて、アイアン・ゴーレムの頭の『光』を消した。
「これで、介入した証拠は残らないと」
(なんや、バストリアンの能力は無茶苦茶に凄いで。敵にすると恐ろしいが、味方にするとなんとも心強いやっちゃ)
兵士が魔法の光が灯ったランタンを取り出す。
建物正面の鍵を壊して兵士が建物内に侵入し、後ろに従いておっちゃんたちも建物に入る。兵士が二人一組になって屋敷内を捜索する。
途中で兵士とぶつかりそうになったので、避けようとするとバストリアンが軽い調子で教えてくれる。
「別に兵士は避けなくていいよ。兵士から避けてくれるから」
「でも、認識できんなら、ぶつかりますやろう」
「意識下では認識していなくても無意識下では気付いているから、向こうから障害物として避けてくれるんだよ」
「ちなみに、ほら」とバストリアンが近くにいた兵士の肩を背後から軽く叩く。
だが、兵士は全くバストリアンに気付かなかった。
「触れても平気だから」とバストリアンは言葉を続ける。
「便利な能力ですな」
バストリアンが商売気のある笑顔で語る。
「これはお布施の額に関係して来るから、内緒だけど。『ガルダマル教団』で起きている奇跡の三割くらいは俺の能力に起因するものだからね。結構、稼いでいるよ、俺」
(神様の遣いの力だから、奇跡はギリギリありやね)
「ありません」「こっちもありません」と、兵士たちから緊張と焦りの篭った声がした。
「どうやら、何かを探しているようやね。でも、探し方が素人やね」
バストリアンが興味を示した。
「おっちゃんは、なにか分かったのか」
「さっき部屋を見て歩いてみましたけど、リビングに不自然な大きな壺があった。あの壺の下に隠し金庫がありそうやけど、誰も気付かん」
バストリアンが「仕方がない」の顔で告げる。
「それ、まずいね。ちょっと教えてやるか」
バストリアンが兵士の一人に、なにやら、ごにょごにょと耳打ちする。
兵士がハッとした顔で発言する。
「リビングです。リビングの壺の下が怪しいと思います」
九人の兵士が発言した兵士の顔を見てリビングに移動する。兵士が乱暴に壺と下の敷物をどけると、隠し金庫が現れた。
「やったぞ」と兵士が歓声を上げる。バストリアンが冷めた視線を送る。
「本当はおっちゃんと俺の手柄なんだけどねえ」
兵士が金庫を開けた。おっちゃんとバストリアンが近づくと、兵士が道を空けた。
金庫の中は空だった。
「くそ、誰かが持ち去った後か」と兵士が悔しそうに声を上げる。
おっちゃんの意見は違った。
「これ、二重底の金庫やね。この下に宝物があるね」
バストリアンがおっちゃんの言葉に感心する。
「なるほどね。どれ、世話の焼ける兵士たちだ」
バストリアンが近くの兵士に、またなにかごにょごにょと耳打ちをする。
耳打ちされた兵士が閃いたような声を出す。
「待ってください、隊長。もしかして、金庫は二重底になっている可能性はないでしょうか」
兵士が探ると、金庫は二重底になっており、下から金の王冠が現れた。
「やった、やったぞ」と兵士たちは喜ぶ。
おっちゃんは、兵士たちとは逆の感想を抱いていた。
(これ、使った者を高位アンデッド・モンスターにできるお宝『不死者の王冠』やん。え、なに、クリフト王は『不死者の王冠』を使ってアンデッドになって王座に返り咲く気なんか。そんな、所業をしたら、国が荒れるで)
『不死者の王冠』で永遠の命を得た王様の話は結構な数がある。元になった話は不明だが、たいてい、どのバージョンも王様は非道な行いに走り、国は内戦に突入。最後は英雄に討たれて英雄が王になる話が王道だった。
バストリアンも宝の正体を知り苦い顔で話す。
「これ、クリフト王は一線を踏み越える気かもしれんな。どうする、おっちゃん。不本意だけど、今なら俺が兵士を皆殺しにして、『不死者の王冠』を回収できるけど、やる?」
「やめとこう。おっちゃんたちは、いない存在になっているやん。横から宝を掻っ攫う真似はしたくない。それに、クリフト王が、まだ『不死者の王冠』を使うと決まったわけやない」
バストリアンが軽い調子で意見を述べる。
「クリフト王は『不死者の王冠』を使うと思うよ。死に損ない爺の妄執って、たくさん見てきたけど凄いものだよ。定めある命を持つ人間の業って、怖いよ」
「そうやなあ。でも、『不死者の王冠』をどうするかはハイネルンとクリフト王の問題や。とはいっても、おっちゃんも黙って惨劇になる未来は望まん」
バストリアンがお気楽な顔で尋ねる。
「具体的にはどうするの?」
「クリフト王の健康状態からいって、今日明日に『不死者の王冠』を使うとは思えん。明日、クリフト王に会って意見する」
バストリアンは素っ気なく告げる。
「そうか。好きにしたらいいよ。俺はおっちゃんの助っ人やから、おっちゃんにNOは言わないから」