第百八十八夜 おっちゃんと内戦の陰
おっちゃんは生き残った冒険者と一緒にストラスホルドに帰ってきた。
発掘団の報酬は予め冒険者ギルドに預けられていたので、生き残った冒険者には報酬が払われた。
生き残った冒険者にとっては収支は黒字だった。されど、金庫の中にあると予測していた宝の分配がなかったので、落胆は大きかった。
それでも、落胆できた冒険者は帰らなかった冒険者と比べればまだ幸いといえる。
金庫室内にいた老人は誰だったのか、誰もわからなかった。バシリウスにも訊いたが、無言で首を振るだけだった。
夜にヨアキムが来たので会話する。
「金庫の中にあった物は石化した一人の老人やった。誰やったかはわからん。ただ、アルミンからは、陛下と呼ばれていた」
ヨアキムが不可解だと言いたげな顔をする。
「陛下とはまた妙な呼称だな。特使の護衛として登城してハインリッヒの姿を見たが、変わりがなかった。ハイネルンの王はハインリッヒ以外にいないはずだが」
「そうなん、なら、陛下って誰やろう?」
考えてもわからず、その日は解散となった。
小間使いとしての報酬を受け取ったおっちゃんは三日ほどブラブラしていた。
おっちゃんの耳に良くない噂が聞こえてきた。
「死んだはずの先王のクリフト王が生きていた」
「先王は王座を奪還するために、東のグラスホルドに兵を集めている」
(なんや、アルミンが石から戻した人間って、先代の王様やったんか。でも、なんで、ダンジョンの金庫の中に先代王様が閉じ込められておったんや。わけがわからん)
生きていた先王が果たして本物なのか、真偽は誰にもわからなかった。
おっちゃんをイザベラが訪ねて来た。イザベラが真剣な顔をして、おっちゃんを密談スペースに誘う。
「今日はハイネルンの正統なる王であるクリフト王の遣いで来たわ」
「また、大層なところから来ましたな。そんで、用件は何?」
イザベラが真摯な顔で話した。
「クリフト王はハインリッヒを討つために、レガリア国王のヒエロニムスに兵を出してストラスホルドまで攻め上がる展開を望んでいるわ」
「え、なに? レガリアから戦争を仕掛けろ、ちゅう話か?」
イザベラが目に強い力を込めて力強く発言する。
「そうよ。今なら、レガリアに大義名分があるわ。それに、交渉は宰相アレックス指導のもと、謝罪も賠償も拒否され、暗礁に乗り上げたと聞いているわ。なら、いっそ、クリフト王を支持する方針もありだと思うわ」
(なんか、まずい事態になってきたで。これで、レガリアから戦争を仕掛けたら、ハイネルン領内は滅茶苦茶になる)
「イザベラはんは何か勘違いしているようやけど、おっちゃんは解雇された護衛や。そんな話をされても、うんも、すんも、答えられない」
イザベラが毅然とした顔で伝える。
「なら、ヘルブラント大使に伝えて欲しい。戦争を回避できないなら、今が挙兵する最良の時機だと。もし、兵を挙げるならクリフト王が協力を惜しまないわ」
イザベラは言いたい内容を話すと帰った。
おっちゃんはイザベラの話をヘルブラントにするかどうか迷った。でも、白熊亭に向った。
ヘルブラントはおっちゃんが訪ねて行くと、快く会ってくれた。
「お体の調子は、どうですか」
ヘルブラントが穏やかな顔で答える。
「昨日辺りから、すこぶる良くなってきた。交渉のほうは手詰まり感が出てきて、困っているがね」
「実はクリフト王の遣い言うのが来ましてな。レガリアにクリフト王の支持を表明して、ここストラスホルドへ攻め上がって欲しいと伝えてくれと、頼まれました」
ヘルブラントの顔が急に険しくなった。
「なんだって? クリフト王が救出された話は本当だったのか」
「おっちゃんもクリフト王救出の現場に居合わせました。『古都アスラホルド』から石になった誰かが救出された情報は真実ですが、あれが本当にクリフト王だったのかは、わかりまへん」
横で話を聞いていた特使のマリエッテが表情を険しくし意見する。
「危険な話ではあると思いますが、選択肢に入れておいたほうが、良いかもしれませんね。少なくても、先王による王位の混乱はレガリアにとっては追い風です」
「そう簡単にはいかんやろう。下手に相手の国の王位継承に口を出せば、ハイネルンは態度を硬化させる。そうなれば、レガリアは交渉で退路を失うで。戦争まっしぐらや」
ヘルブラントが沈痛な面持ちで発言する。
「おっちゃんの意見も、マリエッテの考えもわかる。交渉は難しい局面に入ったな。少し考える時間が欲しいところだ」
おっちゃんは宿に帰った。翌日、冒険者ギルドに噂話が駆け巡る。
「ファルコ元帥が軍師ユダを処刑した」
「レガリアが先王と組んで、ストラスホルドに攻めてくる」
軍師ユダの行方については情報を集めようとしたが、大した情報は集まらなかった。
(真相は不明やが、軍師ユダがストラスホルドから消えた状況は本当のようやな。いったい軍師ユダは、なにを企んでおるんや)
おっちゃんが一人で酒場で考え込んでいると、ヨアキムがやって来た。ヨアキムが密談スペースにおっちゃんを誘う。
ヨアキムが真剣な表情で依頼する。
「おっちゃん、すまないがヘルブラント卿の許に戻ってもらえないか」
「どうしたん」
ヨアキムが表情を曇らせて説明する。
「急遽ワシは王都リッツカンドに書状を持って派遣される事態になった。ワシが帰還するまでの間、特使の警護と相談相手を頼む」
「戻れ言うなら戻るけど、ヘルブラント卿は国王になんて進言するつもりなんや」
ヨアキムが怖い顔で告げた。
「書状を見るわけにはいかないから、なんとも言えん。だが、なんらかの決断を国王に求める内容だろう」
「わかった。道中せいぜい気を付けてな」