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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ストラスホルド編
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第百八十七夜 おっちゃんと回収作業

 二日後、おっちゃんが酒場でぶらぶらしていると、イザベラが向かいに腰掛けた。

 イザベラが幾分か柔らかい表情で感謝の言葉を述べる。

「よく覚えていないけど、お世話になったそうね。礼を言うわ」


「お礼を言われるほど大した仕事はしていないよ。ただ、ちょっと、ギルドの奥に運んだだけや。それにしても大変な仕事をやっていたようやね」


 イザベラがうんざりといった顔で告げる。

「それは、もう、普段はいないはずのモンスターがいて宝を回収するのが精一杯だったわ。一緒にいた冒険者は無謀にも正面から挑んで儚く散ったわ」


「冒険に無理は禁物(きんもつ)やのにな。そこまでして手に入れたいほど価値のある物やったんやろうか」


 イザベラが投げやりに口にする。

「わからないわ。手に入れた物は宝珠だった。あれに、どれだけの価値があるのか知らないわ」


 イザベラは浮かない顔をして立ち去った。

 フローラが大きめの紙を持って来て掲示板に貼った。掲示板に貼られた依頼は『古都アスラホルド』での発掘依頼だった。


 派遣される発掘団の規模は大きく、冒険者の募集人数も五十人と、大掛かりなものだった。

(行き先は『古都アスラホルド』の銀行跡か。人数が多いから、なんぞ、強力なモンスターでもおるんかの)


 掲示を見ていた冒険者に尋ねる。

「銀行跡って強いモンスターいるん?」


 冒険者が気軽に教えてくれた。

「銀行の大金庫を守っているゴールデン・バウムは強敵だ。だが、ゴールデン・バウムが守る大金庫の中は誰も知らない。もし、依頼人が大金庫の開け方を知った上での発掘なら、大金が見込めるだろうよ」


 依頼人を見る。アルミン・ブンゲルトとなっていた。

(なんや、アルミンの奴。ヌルザーンを訴えていた冒険者の全員が死んだら宝珠を己の物にしよったで。きっと、宝珠は大金庫室の扉を開ける鍵やな。喰えんやっちゃな)


 特段、声を上げてアルミンを糾弾しようとは考えなかった。

 冒険者の世界では、死んだ人間の権利が(かえり)みられない態度は珍しい話ではない。おっちゃんは大金庫の中に興味はあったが、発掘に参加しようとは思わなかった。


 夜になるとヨアキムがやって来て、神妙な面持ちでおっちゃんを密談スペースに誘う。

「おっちゃん、実は頼みがあるんだ。弁護士のアルミンを知っておるか。『古都アスラホルド』の大金庫室に挑もうとしている男だ」


「先日、簡単な仕事を引き受けたから知っとるよ。その、アルミンがどうかしたん?」


 ヨアキムが真剣な表情で語る。

「レガリアからストラスホルドに派遣されている密偵からの話だ。大金庫室の中身はハイネルンのハインリヒ王の政権を揺るがす物が入っている、との情報を掴んだ」

「ダンジョンの金庫の中でっせ。そんなに大それた物があるとは思えんな」


 ヨアキムが真摯な顔で頼む。

「ワシもそう思う。だが、密偵の話が本当なら、確認する必要がある。おっちゃん、アルミンの発掘団に潜入してもらえないか」


「わかったけど、結構な人気の依頼やったからな。今から入れるかどうか、わからん。ハイネルンの政権を左右するほど大事になる物があるなら、潜入をやってみるよ」


 ヨアキムと別れて依頼掲示板を見ると、アルミンの依頼は既に外れていた。

「こら、もう、手遅れかもしれんな」


 おっちゃんはフローラに話し掛ける。

「フローラはん。アルミンはんが出した依頼票は外されているけど、もう、埋まったん。おっちゃんも、やりたい」


 フローラが申し訳なさそうに口にする。

「残念だけど、もう、募集人数は埋まったわ」

「そうか。なんか、アルミンはんの依頼に関わる雑用のような仕事でも、ないかな」


「発掘ではなく小間使い的な仕事なら、一名だけ枠が空いているわ。小間使いだから報酬は低いし、発掘成功時の報酬も受け取れないわよ」

「それでええわ。おっちゃんには小間使いくらいがちょうどええ」


 フローラが不思議そうな顔をして小首を傾げる。

「冒険者なのに小間使いの仕事をしたいなんて、変わっているわね」


 三日後、アルミン率いる発掘団がストラスホルドの街を出た。

おっちゃんは小間使いとしてアルミンの傍に配備された。一般的な荷物を背負い、アルミンの馬を引く。


 廃墟である『古都アスラホルド』には多数のゴーレム型モンスターが配置されていた。雇われた冒険者は手馴れたもので、手分けして次々とモンスターを退治して行く。


(なんや、ダンジョンいうても。簡単な命令を実行するゴーレム型しかおらん。大きな罠もない。力押しで、すいすい進める。これは、完全に経営不安に陥ったダンジョンやで。よく、こんな貧相な設備で攻略されず今日までやってきたもんやな)


 依頼人のアルミンは冒険者の快進撃に、とても気分が良かった。

 銀行の看板がある大きな建物の前に来た。発掘団を仕切る冒険者のバシリウスがアルミンと護衛の一団を残して、銀行内に突入する。


 おっちゃんはアルミンが(くつろ)いで待てるように、椅子を準備し紅茶を()れる。

 冒険者が銀行内のゴーレムを掃討する間、アルミンの傍に控えていた。


 アルミンはお茶と干菓子を楽しみながら、冒険者が仕事を終えるのを待っていた。

(完全な遠足気分やな。ここだけ別空間や)


 時折、中から伝令役の冒険者がやって来るが報告は順調だった。

 伝令役の冒険者が真剣な顔でやって来た

「銀行の大金庫室前まで、安全の確保を終了しました。これより本隊は、大扉を守るゴールデン・バウムとの戦闘を開始します」


 アルミンが軽い口調で応じる。

「大扉の前まで来たか。宝はもう目の前だ。ゴールデン・バウムも、(すみ)やかに退治してくれたまえ」


(本当に御偉いさんは、簡単に言うてくれるで。冒険者の噂によれば、ゴールデン・バウムは強敵なはずや)


 伝令が戻って行くと、アルミンが尊大な態度で指示する。

「よし、ここを引き払う準備をしろ。冒険者が五十人もいるのだ。すぐに決着するだろう」


「へえ」と返事をして片付けに入るが、本当の心境は違った。

(ここまでが順調過ぎた。ここからは、少し時間が掛かるやろう)


 おっちゃんの読み通りだった。片づけが終わっても、ゴールデン・バウムを倒した一報は入ってこなかった。

「嫌に手間が掛かるな」とアルミンが不機嫌に零す。


 おっちゃんは黙ってアルミンの愚痴を訊いていた。さらに、五分、十分と経過するとアルミンが苛々し出した。


「遅いぞ、ゴールデン・バウムといっても、たかだか樹木だろう。冒険者が五十人もいて何をやっている」

(まずいの。これは、ギリギリの戦いになっとるのかもしれん)


 アルミンが苛立った声で命令する。

「おっちゃん、ちょっと、行ってみて来い」


 黙って頭を下げる。

 銀行の入口に向かおうとした時に、疲れた顔をした伝令役の冒険者が駆けてきた。

「犠牲者を多数、出しましたが、ゴールデン・バウムの駆除を完了しました」


 待ち侘びていたアルミンの顔が綻ぶ。

「やったか。遂に、やったか。よし、金庫室の大扉の前に案内しろ」


 アルミンは杖を片手に『光』の魔法を唱えて杖に光を灯す。手提げ鞄を持って気分よく歩き出した。

 おっちゃんには指示がなかったが、おっちゃんは当然の顔をして、アルミンの後ろに従いて銀行の中を進んでいく。


 銀行の中には、多数の破壊されたゴーレムの残骸が転がっていた。アルミンは歩きづらそうに進んで行った。


 地下に下りる階段を進む。先には高さが十五m、一辺が二十五mはある大きな空間に出た。天井には魔法の光が灯されていて空間を照らしていた。部屋の中央には直径四mの幹を持つ大きな金色の光る樹木が折れて倒れていた。


 光る樹木の周りには約三分の一の冒険者が倒れていた。残りの三分の二も多かれ少なかれ負傷していた。アルミンは倒れていた冒険者には構わず、金庫室の大扉の前に進む。


 アルミンが手提げバッグから宝珠を取り出し、喜びの篭った声を上げる。

「これで、ハイネルンの正統性が保たれる」


 アルミンが宝珠を掲げると鍵が開く音がし、大扉がゆっくりと開く。

 どんな財宝があるのか冒険者は興味津々(きょうみしんしん)だった。


 開いた大扉の中にあった物は一体の石像だった。アルミンが石像に近づく。手提げ鞄の中から一本の魔法薬を取り出して、石像に掛けた。


 石像から白い煙が立つ。石像は人間になった。

 アルミンが恭しく(ひざまず)き臣下の礼を採る。

「お帰りなさいませ、陛下。さあ、一緒に帰りましょう」


 アルミンが袖を差し出す。陛下と呼ばれた老人がアルミンの袖を掴んだ。アルミンが手提げ鞄の中から『瞬間移動』のスクロールを取り出して使用した。アルミンと老人は金庫室の中から消えた。


 アルミンが金庫室の中から消えると、金庫室の扉は独りでに閉じた。

 後には事情のわからない冒険者と、おっちゃんが残された。


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