第百八十五夜 おっちゃんと弁護士アルミン(後編)
拘置所に入る。入口の受付に行ってアルミンが手続きをする。
係官に連れられて小部屋に連れて行かれた。部屋に窓はなく、天井からは魔法の灯りだけが点灯していた。中にある物は机と椅子だけ。
(なんや、殺風景な部屋やな。まだ、秋なのに寒々としている)
手錠をされた男と別の係官が反対側の扉から入ってきた。手錠をされた男の髪はぼさぼさで、髭は伸びていた。顔に痣などはないので、拷問を受けてはいないようだった。
手錠をされた男が浮かない顔でおっちゃんを見る。
アルミンが高圧的な態度で話す。
「こんにちは、ヌルザーン君。君の要望どおりにハイネルン人以外の人間を用意してきたぞ。事情を話してもらえるかな」
「ヌルザーンはんでっか。わいはおっちゃんいう冒険者です。話を聞かせてもらえますやろうか」
ヌルザーンが淀んだ顔で言葉を発する。
「訛りでわかる。おっちゃんはハイネルン人とは違うようだ。おっちゃんになら、話をしてもいい。だが、ここにはハイネルン人の弁護士とハイネルン人の係官がいる。二人に話を聞かせたくない」
アルミンが係官と部屋の隅で短い会話をする。アルミンが極自然な動作で係官に何かを手渡した。係官は無言で渡された物をポケットにしまうと、部屋から退室した。
「では、おっちゃん、よろしく頼むよ」
アルミンも入ってきた扉から出て行き、部屋にはヌルザーンとおっちゃんだけになった。
ヌルザーンが軽く息を吐いた。
「やれやれ、これで喋れる。おっちゃんもあの奇妙な依頼人から、何か命じられてきたのか」
「おっちゃんの雇い人は、アルミンはんや。奇妙な依頼人って誰?」
ヌルザーンは暗い表情で静かに語った。
「俺に仕事を依頼してきた男だ。知らないなら、いい。俺は最初からパーティの人間を裏切るつもりで仲間を集めた。そうして、パーティを組んで『古都アスラホルド』に行き、目当ての宝を手に入れると、宝を持ってパーティを抜けた」
「欲しい物があったんなら、最初から目当ての物があるって告げて、人を集めればよかったやろ。なんで、そんな持ち逃げなんかしたん」
ヌルザーンは仏頂面で語った。
「目当ての物を明かさず、人を集めて持ち逃げするような依頼だったんだよ。引き受ければ、ハイネルンにはいられなくなる。でも、報酬が良かったから、引き受けた」
「そうか。それでも、捕まったなら、割に合わんやろう」
ヌルザーンがムッとした顔で話し続ける。
「そうでもないが、俺の事情はどうでもいい。依頼人は、俺が捕まった時の展開も予測していた。もし、捕まったらハイネルン人には事情は話せないと答えろ、と言い含められていた」
「なんや、捕まるまでが仕事か。きつい仕事やな」
「それで、捕まったらハイネルン人ではない冒険者が訪ねてくる。もし、その人物が、おっちゃんと名乗ったら、盗んだ宝の隠し場所を教えてやれとも言われている」
(ヌルザーンの依頼人は、おっちゃんがここに来る未来の展開まで予期してたのか。気味の悪い話やな)
ヌルザーンは怖い顔で、ハッキリした口調で語った。
「盗んだ宝は筒に入っている。中身は知らない。隠した場所は『古都アスラホルド』内にある庭園エリアだ。庭園の主の庭にある壺の中に隠した」
「おっちゃんも訊きたい情報があるんやけど、ええか? 宝を盗んで隠す仕事を依頼した奇妙な依頼人って、どんな人物やったか、教えてもらうわけにはいかん?」
ヌルザーンが暗い顔で首を振る。
「残念だが、奇妙な依頼人だったとしか、覚えていない。俺は記憶力はいいほうだ。だが、どんな顔をしていて、どんな服装だったのか、思い出そうとしても、もう、思い出せないんだ。ただ、奇妙だった、の印象だけが頭に残っている」
(魔法で記憶を操作できる人物の仕業やな。記憶操作の魔法は、難しい。かなりの使い手や。なんか気になるけど、ヌルザーンの記憶を戻す行為は、無理やろうな)
「話はわかった。ヌルザーンはんには弁護士のアルミンはんが付いてるようやけど、アルミンはんに仕事を依頼した人物って、わかる?」
ヌルザーンは眉間に皺を寄せて話す。
「アルミンの話では俺の叔父の依頼だと教えられた。俺にはバサラカンドで代筆屋をやっている叔父がいる。だが、叔父は一度もバサラカンドを出た過去がない。アルミンが偽叔父の依頼を受けたのか、嘘を吐いているかは、わからない」
「なんや。訊けば訊くほどけったいな話やな。これ、引き受けるんやなかったな。他になにか言いたい話か、頼みたい内容はある?」
「ユダに気をつけろ」と口にしてヌルザーンが袖を捲った。隠された袖の下には記号のように傷跡があった。
(盗賊が仲間内だけに伝わるように作った、記号文字の一種やな。でも、ヌルザーン自身が刻んだやろうか)
ヌルザーンが暗い顔で伝える。
「俺が自らを傷つけた記憶はない。だが、俺以外には彫れない文字だ。なんの意味があるか、わからない。一応、おっちゃんにも教えておく」
おっちゃんが部屋から出ると、アルミンが険しい顔で訊いて来た。
「どうだ? ヌルザーンは、盗んだ宝をどうしたか話をしたか?」
「盗んだ宝は『古都ストラスホルド』の庭園エリアにある主の庭の中や。主の庭の中にある壺の中に隠したと白状した」
「その話は本当なのか」とアルミンが疑うような顔を向けてきた。
「真実は探して見るまで、わかりませんわ。また、ヌルザーンは人に頼まれてやったと話していました。誰に頼まれたかまでは、教えてもらえませんでした」
アルミンがそわそわした態度を採る。
「わかった。とりあえず、ご苦労だった。今は手持ちがないから、明日、事務所まで報酬を取りに来てくれ」




