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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
タイトカンド編
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第百七十五夜 おっちゃんと特殊砥石

 武器の作成が始まって八日が経過した。おっちゃんがグダグダと過ごしていると、リューリがやって来た。


「おっちゃん、ちょっと相談があるんだ」

「仕事の依頼なら受けんで。おっちゃん、今は休業中や」


 リューリが困った顔で密談スペースに誘う。

「とりあえず、話だけでも聞いて欲しい。おっちゃんが注文した武器にも関係ある話なんだ」

「話を聞くだけなら、ええか。でも聞くだけやで」


 一緒に密談スペースに行くと、リューリが神妙な面持ちでお願いしてきた。

「おっちゃんが以前に石に変えたアイアン・タランチュラなんだけど、一部だけ元に戻せないかな」


 意外な申し出に驚いた。

「え、なんで? せっかく石にして封じたのになんで元に戻すの? そんなことしたら、製鉄村が困るで」


 リューリが困った顔で打ち明けた。

「製作中の槍を研ぐのには、普通の砥石では駄目みたいなんだ。それで、色々調べたんだが、アイアン・タランチュラの固い殻なら、使えそうなんだ。だから、石になった殻を剥がしてから元に戻して砥石代わりに使いたいんだ」


 モンスターを素材にした武器製作はそれほど珍しくない。でも、場合による。

「やりたい内容は理解した。だけど、アイアン・タランチュラは死んだわけやない。下手に戻すと、また暴れ出すで。他に方法はないの?」


 リューリがしょげ返った。

「ごめん、他に方法が、思いつかないんだ。さすがに、研ぎができないと、武器が完成しない。せっかく、アーロン親方がやる気になっているんだ。私はちゃんと作品を完成させてやりたいんだ」


(ここで下手に断っても、リューリは他の人間に話を持って行くかもしれん。勝手がわからん他人にやらせて危険を冒すよりは、おっちゃんがやったほうがええな)


「しゃあないな。おっちゃんが出した注文や。難しい話やないようやし。おっちゃんが取ってきたるわ」


 リューリは、ニコリと微笑んだ。

「ありがとう、おっちゃん。きっと凄い槍を完成させてみせるよ」


 おっちゃんは冒険者の格好に着替えて製鉄村に行く。

 製鉄村の酒場で、暑さに強くなれる飲み物の『クール・エール』を買う。


 ツルハシを借りて鉱床に向かうと、多くの村人が露天掘りの鉱床の上で作業している。

 石になったアイアン・タランチュラの石像は気味が悪いのか、村人はアイアン・タランチュラの石像からは離れて作業をしていた。


 おっちゃんは石化したアイアン・タランチュラの背中に乗る。クール・エールを飲んで一息入れてから、ツルハシでアイアン・タランチュラの背中を掘った。


 五分ほど掘ると、黒い層が出てきた。

(あれ、変やな? 石化を解除していないのに、黒い層が出たで)


 触ってみると石ではなく、鉄のような硬い物質だった。石ではなかった。

(まさか、アイアン・タランチュラが、石から元に戻りつつあるんか)


 周りをもう少し拡げてみると、黒い層が続いている。

(これ、まずいで。今は石で固まった状態になっているが、このまま内部から石化が解除されていけば、アイアン・タランチュラは動き出す)


 おっちゃんはアイアン・タランチュラから下りると、『瞬間移動』で冒険者ギルドに戻った。

酒場で飲んでいるヨアキムの姿を見つけたので、声を掛ける。


「ヨアキムはん、相談料で金貨一枚を払うからちょっと相談に乗って。モンスターの話で困っているんよ」


 ヨアキムが威厳のある顔で応じる。

「相談料を払うなら、仕事のうちだ。話を聞いてやろう」


 ヨアキムを伴って、密談スペースに行く。

「あのな、製鉄村に出た巨大なアイアン・タランチュラの話は知っとる?」

「賢者が石に変えて退治したと聞いているが」


「それがな、北方賢者さんから何か胸騒ぎがするから見に行けと言われて、見に行ったんよ。そしたら、石化が解けかかっているんよ。どうしたらええ」


 ヨアキムは平然とした顔でサラリと発言した。

「解けかかっているなら、まだ動けないのだろう。なら、止めを刺してやればいい。大きくなってもアイアン・タランチュラはアイアン・タランチュラだ。弱点は同じはずだ」


「弱点ってどこ?」


 ヨアキムが眉間の間を軽く指差す。

「アイアン・タランチュラには、目が八つある。一番上の二つの眼の中間に、弱点があるんじゃ。そこを打ち抜いてやれば、一発で殺せる」


(聞いてみるものやな。解決方法が見えたで)

「そうなんか。ありがとうな」


 ヨアキムが気楽な調子で引き止める。

「待て、待て、そう焦るな。あれだけ大きなアイアン・タランチュラじゃ、弱点も少し奥にあるだろう。普通の武器では、弱点を打ち抜けんじゃろう。相当に切れ味がよい武器と腕が必要だ」


「ヨアキムはんなら、できるか?」

「槍の腕には自信があるが、今の手持ちの武器では少々心もとない。アーロンが作っている槍が完成していたならやれる自信はあるが」


 おっちゃんは迷った。

 ヨアキムにおっちゃんの持っている武器を渡してやってもらうべきか。それとも、おっちゃん自身の手で決着を付けるべきか。


 ヨアキムに剣を見せれば興味を持たれる。おっちゃんが処理すれば、秘密裏に始末できるかもしれないが、失敗する可能性がある。

(弱気になる必要はない。おっちゃんかてやれる)


「とりあえず、情報を教えてくれてありがとう。北方賢者さんに相談してみるわ」


 おっちゃんはヨアキムに金貨を渡して別れた。

 宿屋の自室から『瞬間移動』で製鉄村に飛び、アイアン・タランチュラの元に移動する。


 アイアン・タランチュラはまだ動いていなかった。

 つるはしを片手に、アイアン・タランチュラの顔に登る。ツルハシで一番上の眼の中間を掘る。石の肌が削れ、黒い殻が露出する。


 おっちゃんが剣を抜くと、石になっていたアイアン・タランチュラの体がぶるぶると震え出した。

(あかん。止めを刺しに来たのがわかって、無理やり動こうとしている。動かれたら終わりや)


 振り落とされないように、おっちゃんは、しっかりと足を踏ん張った。


 おっちゃんはダンジョン流と呼ばれる剣術が使える。おっちゃんが修得した技の中に『金剛穿破』と呼ばれる技が存在した。『金剛穿破』は決まれば、鉄の剣で金剛石ダイヤモンドに穴を空ける威力がある。


 震える足場の中でおっちゃんは剣を抜き、狙いを澄ます。

 おっちゃんは『金剛穿破』をアイアン・タランチュラの弱点に放った。剣が半分ほどアイアン・タランチュラの眉間にめり込んだ。おっちゃんは渾身の力を持って、剣を捻る。


 アイアン・タランチュラの震えが、ゆっくりと止まった。剣を引き抜くと。露出していたアイアン・タランチュラの鉄の部分が石になった。アイアン・タランチュラの体から命が消え、石になっていくのが感じられた。


「ふー、なんとか、始末できたで。持っていた武器が聖剣やなかったら危なかったかもしれん」


 おっちゃんは心配だったので、製鉄村の宿屋で一泊してから翌日アイアン・タランチュラが動いていない状況を確認した。


 アイアン・タランチュラの背中に乗って、十五分ほど石を掘る。今度は石の面しか出てこなかった。適当な大きさのアイアン・タランチュラの外殻をバック・パックに入れて持って帰った。


 宿屋の一室で『石化解除』の魔法を唱えて、石の外殻を鉄の外殻に戻す。

おっちゃんはリューリに会いに、鍛冶場に行った。


「アイアン・タランチュラの外殻を採ってきたで、リューリはん。槍を作ってー」


 リューリが飛びっきりの笑顔で喜ぶ。

「ありがとう、おっちゃん、これで、マルック親方の剣に負けない凄い槍が作れるよ」


 二日後、タイトカンドに珍しく雨が降った。

 雨雲を見ながら、おっちゃんがエールで一杯やっていると、ヨアキムが正面に腰掛ける。

おっちゃんから挨拶した。


「こんにちは、ヨアキムはん。先日はお世話になりました。おかげで困った事件も解決しました」


 ヨアキムが飄々(ひょうひょう)とした顔で告げた。

「そうか。それは、よかったな。ところで、おっちゃんの正体なんだが、おっちゃんは聖騎士か?」


「正体」の単語で、どきりとした。でも、後半がまるで予期してない言葉だったので、ホッとした。

「違いますけど、なんでそんな間違いを?」


 ヨアキムが澄ました顔で意見を述べる。

「アイアン・タランチュラの件が気になったのでな。見に行った。アイアン・タランチュラは、きっちりと弱点を打ち抜かれて死んでいた。あれは、並の冒険者の仕業ではない」


「そうでっしゃろ。あの後、北方賢者さんに相談したら、すごい腕の立つ人を紹介してくれましてな。その人に、仕事を外注したんですわ。そしたら、一発でやり遂げてくれました」


 ヨアキムが鼻で笑って、おっちゃんの剣を覗き込むように見る。

「なるほどな。きっと、その凄腕の男の武器はエストックで、しかも、聖剣だったんじゃろう」

「そうだったかもしれませんな」


 ヨアキムが澄ました顔で話を続ける。

「これは、噂話なんだがな。教皇が自らの正義の執行者として、秘密裏に人を雇い入れたそうだ。雇われた人物は、厳しい試験を通った教皇庁のエリート聖騎士。選ばれた聖騎士に教皇は自ら聖剣を与え、世を救う旅に出したと聞く」


(たぶん、おっちゃんのことやけど、話のスケールが大きくなっているね。なんか、叙事詩か芝居になりそうやわ)


「そうでっか。世の中にはそんな凄い人がおるんやね。おっちゃんには関係ない。おっちゃんは、しがない、しょぼくれ中年冒険者やさかい」


 ヨアキムが勝手に、納得した顔をする。

「そうか、それは残念だ。まあ、正義の使者だと自ら名乗りを上げる者も珍しいからな」


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