第百七十四夜 おっちゃんと職人の心
三日ほど、ごろごろと過ごす。
おっちゃんがコロッケを摘みにエールで一杯やっていると、マルックがやって来て気さくに話し掛けてくる。
「おっちゃん、工房に遊びに来いよ。面白い物を見せてやるよ」
工房に遊びに行くと奥の鍛冶場に通された。
マルックが一振り長剣を持ってきた。剣は折れていたが、一目見てよい剣だとわかった。
おっちゃんは折れた大剣を手にして感想を呟く。
「壊れているけど、また、見事な一品やね。マルックはんの作品なん」
マルックが機嫌もよく答える。
「俺のじゃない。リッツカンドから持ち込まれた品だ。王家の人間曰く、王家に伝わる伝説の剣だそうだ。今回は刀身を熔かして、また、剣に打ち直す。以前は『雲龍炭』がなかったからできなかった。でも、今ならできる」
「王家からの仕事か。大掛かりな仕事やな」
マルックが得意げに発言した。
「だろう。完成したら見せてやるよ」
おっちゃんが酒場に戻ると、リューリが来ていた。
「久しぶりやな。リューリはんどうしたん」
リューリが真摯な顔で依頼してきた。
「実は今日は営業に来たんだ。おっちゃんは『霊金鉱』を大量に持っているだろう。それで、武器を作る気はないかな。武器といえば『重神鉱』が最適と思われているが、『霊金鉱』でも、良い武器はできるんだ」
「おっちゃんはすでに愛用の剣があるよ」
リューリが真剣な顔で食い下がる。
「じゃあ、予備の武器を作らないか」
「やけに勧めるの? なんぞ、理由でもあるんか? あるなら話して」
リューリが弱った顔で発言した。
「アーロン親方だよ。マルック親方が『重神鉱』で作品を作ると聞いてね。自分には腕に見合った仕事が来ないと、気落ちしているんだよ。それで、アーロン親方にも腕に見合った仕事をさせてあげたいんだ」
「なるほど。それで、おっちゃんが鍛冶師ギルドに保管している『霊金鉱』を使わせて欲しいというわけか。『霊金鉱』に使い道はないから、別にええよ」
おっちゃんの答に、リューリの顔が明るくなった。
「ありがとう、おっちゃん。それで、作る武器なんだけど、エストックじゃないと駄目かな? 『霊金鉱』だと、剣は不向きなんだ」
「おっちゃんは、切るより突くほうが得意なんよ。だから、剣以外の武器だと槍になるかな。槍なら、できそうか」
リューリが顎に拳を当て思案する。
「槍か。槍ならいい武器ができると思う」
「ほな、槍を注文するわ。ええの作って」
リューリはお礼を言って帰って行った。
昼過ぎに、マルック、ヘルッコ、アーロン、リューリ四人が夕方に現れた。
「どうしたん、四人も揃って」
マルックが関心のある顔で口を開いた。
「いやね、アーロンの野郎が、おっちゃんから『霊金鉱』を使った槍の注文を受けたって聞いてね」
「それなら、間違いないよ。おっちゃんの『霊金鉱』をアーロンはんに使わせてやって」
「おっちゃんの取り分だから、どう使おうと自由だから、槍を作る仕事はいいんだ」
アーロンが気合いの入った顔で頼む。
「おっちゃんが使っている武器を見せて欲しいんだ。今、使っている武器より劣る武器は作れない」
マルックも興味のある顔で頼んだ。
「俺もおっちゃんがどんな武器を使っているか、気になってな。見たいと思ったんだ。よかったら俺たちにおっちゃんの使っている武器を見せてくれ。ヘルッコもリューリも後学のためだ、見せてもらえ」
ヘルッコとリューリが真剣な顔で頷く。
「そうかなら、こっちに来て」と、おっちゃんは密談スペースに四人を連れて行き、剣をアーロンに渡した。
アーロンが剣を鞘から抜くと、顔色が変わった。アーロンがじっくり品定めをする。
「おっちゃん。これは普通のエストックじゃないな。もしかして、真クランベリー・エストックか」
「そうや」と口にすると、「俺にも見せてくれ」とマルックが険しい顔をしておっちゃんの剣を見る。
「強力な魔力も帯びているぞ。付与されている魔力も強力だが、剣が充分に耐えている。これ、剣も剣だが、魔法を掛けた奴も相当な腕の持ち主だ。こんな恐ろしい武器を見た記憶がない」
ヘルッコとリューリも、おっちゃんの剣に目を奪われていた。
「おっちゃんの剣やけど、おっちゃんの剣については秘密にしてや」
アーロンとマルックが交互に、おっちゃんの剣を驚嘆の眼で見た。
マルックが躊躇いがちに口を開く。
「なあ、アーロン。これより凄い槍なんて、できるのか」
アーロンが難しい顔をして発言する。
「やるしかないだろう。引き受けちまったんだから。それを言うなら、マルックだって、あの王家の大剣を打ち直すんだろう。できるのかよそんな仕事」
マルックがムッとした顔で挑戦的な発言する。
「俺はできるよ。できなきゃ、引き受けたりしない」
アーロンがイラッとした顔で応じる
「俺にだって、できるよ。難しい仕事だがな」
マルックとアーロンが火花の散るような視線を交わす。
おっちゃんは剣を返してもらって発言する。
「なら、二人とも、自分にしかできない仕事をしたらええやん」
四人はそれぞれ思うところがあるらしく、思い思いの顔をして帰って行った。
数日すると、冒険者の酒場でマルックとアーロンの話はちょっとした話題になっていた。
「マルックが王家から、アーロンが教皇庁から、それぞれ大きな仕事を請けた」
「二人は意地を張り合って、どっちがすごい武器を作れるか競っている」
(なんか、職人魂に火を付けてしまったみたいやな。互いに刺激になって、ええ仕事をしてくればええんやけどな)