第百七十一夜 おっちゃんとアイアン・タランチュラ(後編)
カールはおっちゃんとの話を終えると、店の外に出て行った。
おっちゃんはアイアン・タランチュラ討伐の依頼票を外すと、カウンターに持って行く。
「セニアはん。アイアン・タランチュラの討伐をやるで」
セニアが驚いた。
「え? おっちゃんがやるの?」
「うん。本当はやりたくない。けど、マルックさんに頼まれた」
セニアが浮かない顔で告げる。
「疑うようで悪いけど、それは『鋼鉄の兎』も失敗した高難易度の依頼よ」
おっちゃんは高難易度依頼が成功した時のために、評判が上がり過ぎないように保険を掛けた。
「実はおっちゃんの知り合いに、北方賢者と呼ばれる凄い知り合いがいるんよ。北方賢者さんに相談したら、アイアン・タランチュラの倒し方を教えてくれた」
セニアが目を見開いて驚いた。
「北方賢者さんの噂は聞いた覚えがあるわ。バサラカンドの危機を救い、エルドラカンドで教皇を助けて勅旨を出させた人物よね。薬学に精通して若返りの薬も作れる、って話でしょう。凄い人と知り合いなのね」
(なんか、おっちゃんとレインの業績が、ごっちゃになって伝わっているね。でも、ええか。おっちゃんの正体がばれそうになったら、全てレインの業績にすればええ)
「そうそう、その北方賢者さんの策やから倒せると思う」
おっちゃんは金貨を準備すると、ロバを連れて『イヤマンテ鉱山』の廃坑道近くでキャンプを張った。
夜になると、アーマットが四人の護衛を連れて現れる。
「こんばんは、アーマットはん。金貨を持ってきました。また、大地の精の毒を売ってください」
アーマットが冷たい顔で拒否した。
「お断りです。どうせ、あのカールとか言う軍人に頼まれたんでしょう。ハイネルンの人間に売る大地の精の毒はありません。金貨をいくら詰まれても駄目です。大地の精の毒が欲しいなら、ダンジョンに入って自力で集めてください」
(アーマットの説得は難しいか。なら、手を変えるか)
「わかりました。出直します」
おっちゃんは無理そうなので引き下がり、厩舎にロバを戻す。
土産用に箱入り高級ワイン十本を買って、霞人のいる集落に『瞬間移動』で飛んだ。
おっちゃんが訪問すると、霞人が村に入れてくれたので長老に会いに行く。
「すんまへん、長老はん。今日はお願いがあって来ました。霞人はんは『イヤマンテ鉱山』と繋がりがありますやろう。おっちゃんを助けると思うて、大地の精の毒を大量に購入してもらうわけにはいきませんか」
長老が浮かない顔で尋ねる。
「確かに『イヤマンテ鉱山』には知り合いがおる。伝を辿れば購入は可能であろう。だが、そんな大地の精の毒なんて、何に使うんだ」
「ハイネルン領内で拡がる芋腐病の被害拡大を止めるために使います」
長老が不快感も露に拒絶した。
「なんと、ハイネルンのために使うのか。それなら、断りたいの。ハイネルンの人間が村を荒らした過去を忘れたわけではあるまい」
「そこは、そうなんですが、ハイネルンに協力すると、ハイネルンがおっちゃんを助けてくれるんですわ。なんで、大地の精霊の毒をおっちゃんの代わりに購入していただけませんか」
長老が数秒ほど考え込むように目を閉じてから、決断する。
「ハイネルンは憎い。だが、おっちゃんには助けてもらった借りがある。今回だけは手を貸そう」
「ありがとうございます」
おっちゃんは金貨で払おうとした。すると長老が止める。
「支払いは金貨ではなく、ボトル・ワインで払ってもらってもいいか」
「ええですよ」
おっちゃんは、お土産の高級ワインを渡すと、支払い用の高級ワインを買いにタイトカンドに戻った。
おっちゃんは、預かってもらっている『霊金鉱』を一㎏ほど鍛冶師ギルドに売却する。価格が銀貨五十枚ほどの高級ワインを酒屋で買い付ける。
人足五人とロバ五頭を使って霞人の村の麓までワインを運んだ。村の麓で荷物を下ろすと、人足にロバを連れて帰らせた。
おっちゃんと霞人とで、箱に入ったワイン・ボトル百本を村に搬入した。
ワインの搬入を終えた二日後に、カールが五人の冒険者風の部下を伴って現れた。五人は『霊金鉱』でできたチョーカを身に付け、厚手の服を着ていた。後は腰に短剣などを佩いているが軽装だった。
「おっちゃん、準備ができた。いいぞ、行こう」
タイトカンドを出て製鉄村に向う。製鉄村は中心に大きな製鉄炉を持つ人口四百人程度の村だった。村の酒場で休息を取る。
製鉄村から一時間を掛けて、鉱床のある場所に向かった。鉱床のある場所は鉄を含んだ赤茶けた大地が広がっていた。
鉱床は露天掘りで掘られていた。鉱床の窪んだ場所に直径二十mの赤く錆びたような鉄の小山があった。
カールが手で合図をする。五人がバック・パックから、持つところがある長さ五十㎝、太さ十㎝ほどの筒状の兵器を取り出す。
カールが再び身振りで合図をする。五人が散開して錆びた小山を囲む。
カールを含む六人が包囲して徐々に距離を詰める。
錆の小山が動いた。錆の小山から十本の足が出、アイアン・タランチュラが姿を現した。
「総員戦闘開始」とカールの合図が飛ぶ。
筒状の兵器が、ちかちかと光る。アイアン・タランチュラの赤錆びた脚が、灰色の石に変わって行く。
(効いとるで、石化兵器。これならいけるで)
初めて食らう攻撃にアイアン・タランチュラは戸惑っていた。逃げようにも進もうにも、脚の六本が石に変えられては勝手が違うのか、容易に動けない。
アイアン・タランチュラが一人に向かって毒の霧を吐いた。
対象となった人物は空を飛んで、攻撃を躱した。
(『飛行』の魔法や。おそらく、全員が『飛行』の魔法を使えるのやろう。空を自由に飛んで、石化の攻撃を降らせる部隊か。ハイネルンは、とんでもない軍事力を手に入れたもんや)
そうしていると、筒から出る光の点滅が止まった。
(どうした? 故障か? 違うな、故障するにしては全部が一緒に故障する事態はおかしい)
六人の様子を窺う。慌てた様子はなかった。何か待っているようだった。
(なるほど、石化兵器は完全やない。連続しては使えんのか)
脚を石に変えられて動きが鈍ったアイアン・タランチュラは、毒の息で応戦する。
だが、空を飛び回るカールとカールの部下は余裕で回避する。そうしているうちに、再び筒からフラッシュのような光が出るようになった。
アイアン・タランチュラは残り四本の脚も石に変えられた。アイアン・タランチュラが動きを止める。カールたちが、アイアン・タランチュラの体に筒を向けると光が瞬く。
アイアン・タランチュラの体は徐々に石になっていく、カールたちは小刻みにアイアン・タランチュラとの距離を調整していた。
アイアン・タランチュラが完全に動けなくなった。
一人が装置を落とした。装置から煙が出ていた。石化兵器は五台になったが、それでも、あとは仕上げだけだったので、問題なくアイアン・タランチュラは石像に変わった。
おっちゃんは石化兵器の利点と弱点を、なんとなく理解した。
石化兵器は当てれば人間サイズなら一度に石にできるほど強い。されど、連続使用はできず、使いすぎれば焼け付きを起こして故障する。
また、射程距離は近ければいいのではない。石化させるには決まった距離でないと発動しない。なので、操作に熟練を要する。
(なるほど。強力やが、改良の余地がある兵器なんやな)
完全にアイアン・タランチュラを石に変えてカールが寄ってきて、自慢気な顔で発言する。
「俺たちは仕事を果たした。次は、おっちゃんの番だ」
「わかった。カールはんと、あと一人、付いてきて。大地の精の毒を渡すわ」
カールは持っていた石化兵器を部下に渡し、四人の部下を先に帰す。
おっちゃんは、タイトカンドに戻って、ロバ二頭を購入する。カールとカールの部下を引き連れて『幻谷』に向った。
『幻谷』の入口で二人を待たせて、霞人の村に行く。
長老が大地の精の毒が入った樽を四樽、用意して待っていた。霞人に協力してもらって、樽を運び『幻谷』の入口に向かった。
「カールはん。報酬の大地の精の毒や。確認して」
カールが中身を改める。
「よし、これに間違いない」
「ほな、またな」カールを見送る。カールが立ち去った状況を確認する。
おっちゃんは霞人の集落に戻ってから、『瞬間移動』でタイトカンドに戻った。
セニアに会いに依頼報告カウンターに行く。
「北方賢者さんの策が上手く行ったで。アイアン・タランチュラを石に変えた」
セニアが目を輝かせて褒めた。
「すごいわね、おっちゃん。『鋼鉄の兎』ですら、倒せなかったのに」
「おっちゃんが凄いんやないよ。北方賢者さんが凄いんよ。おっちゃんはほとんど見ているだけやった。報酬の金貨はとりあえず、預かっといて」
おっちゃんは宿屋に戻る。
「さて、これで製鉄村の危機は去った。しばらくは、ゴロゴロ生活や。評判が落ちるまで、クール・ダウンや」