第百六十七夜 おっちゃんと巨大ベトム
霊峰と呼ばれる場所はタイトカンドから二日を行った場所にあった。
道中が険しく荷馬車が使えないので、ロバを引いて行く計画にした。
二十頭のロバと二十人の人足役の下級冒険者からなる調達隊が組織された。
ヨアキムは同行しない。代わりに記しの着いた地図を渡された。
「地図に記した手前の八合目付近で調達隊と分かれて、おっちゃん一人で印の位置まで登って来てくれ。俺はそこで待っている」
おっちゃんは調達部隊を引き連れて、先にタイトカンドを出た。
松林に到達して歩いて行くと、木々が薙ぎ倒されて道ができていた。巨大なモンスターが通った跡を見て冒険者が声を上げる。
「何か強大なモンスターが通った跡だ」
(方向から推理するに『イヤマンテ鉱山』から来たようやな。巨大ベトムで間違いない)
下級冒険者が尻ごみしそうになるので、声を掛けた。
「心配は要らん。モンスター退治は上級冒険者の仕事や。お宅らの仕事は、あくまで人足や。戦いは含まれん」
道ができていたので歩き易かった。一日を掛けて松の林を抜ける。段々と木々が少なくなり、なだらかな赤茶けた岩肌が続く山へと差し掛かった。なだらかな山を登って行き、八合目付近で調達隊と別れる。
「ほな、行ってくるわ。ここで待っていて」
目印の場所まで上がって行く。だが、なにもない赤茶けた急な斜面だけが広がっていた。
「なにもないやん。ここで、ええはずなんだけどな」
待ち時間が長くなるに連れ、不安になって来る。
「おかしいな。ここで合っているはずなんやけどなあ。ヨアキムはんは人を騙すような人間やないと思うけど」
二時間も待っただろうか。遠くから何かが飛んできた。
近づくにつれ、飛んでくる物体が大きくなる。飛来する物体の正体は、飛竜用の鞍を装着したワイバーンだった。
ワイバーンは飛竜とも呼ばれる。体長が四mほどの空を飛ぶ龍に似たモンスターだった。
龍と違い手は退化して存在しない。だが、鋭い爪と毒のある尻尾を持つ。知能は低いが力が強く、牛だって持ち上げて飛べる。
ワイバーンは胸の前に大きな樽を二つぶら下げており、背中には長槍を手にしたヨアキムを乗せていた。
ワイバーンが、おっちゃんの前に降り立つ。
「すまんな。だいぶ待たせてしまったかな。木酢液の積み込みに手間取った」
「もう、遅いの、ヨアキムはん、待ちくたびれたわ。おっちゃん、不安でドキドキしたわ」
「では、行こうか、百m越えのベトム退治に。さあ、乗ってくれ」
おっちゃんは、ワイバーンに乗るのを躊躇った。
(木酢液の樽が二つに、ヨアキムはんまで乗っとる。ここに、おっちゃんが乗ったら、ワイバーンかて重いやろう。おっちゃん、自前で飛んだほうがええな。でも、魔法を使っているところ見られたくないんやけどな)
ヨアキムが気楽な顔で促す。
「どうした? 遠慮は無用だ。乗ってくれ。大丈夫だ怖いことはない」
「これ以上に乗るとワイバーンかて重たいやろう。おっちゃんは自前で飛ぶから、ええよ」
ヨアキムが意外そうな顔をして訊いて来た。
「『飛行』の魔法が使えるのか?」
「皆には秘密やけどね」
おっちゃんは『飛行』の魔法を唱えて、浮かび上がった。
ヨアキムがワイバーンを操って空を飛ぶ。おっちゃんはワイバーンの十m後ろを飛んでいった。
急な崖のような斜面を上がって、九合目に到達する。
九合目には直径一㎞の開けた円形の平地があり、中央に長さ百mあまりの泥の山があった。
おっちゃんは距離を取って見学する。
ヨアキムを乗せたワイバーンが泥の山の上を旋回すると、泥の山が動いた。
ベトムがワイバーンを見上げ、口を大きく開けて毒の息を吐こうする。
ヨアキムがすかさず開いた口に目掛けて、木酢液の入った樽を落とした。
木酢液の入った樽を飲みこんだベトムがのた打ち回る。
「木酢液が効いとるで」
そのままくたばるかと展開を願った。だが、ベトムは死ななかった。ベトムが怒ったように、空を飛ぶワイバーンに毒の唾を飛ばす。
ワイバーンがベトムの攻撃を回避する。ヨアキムがワイバーンの首から下がる樽を操作する。
樽が逆さまになり、樽から木酢液が零れベトムの顔に掛かる。顔に次々と木酢液が掛かるベトムだが、ベトムの動きは止まらない。
「これは、あかんで。ベトムに木酢液は効く。だが、二樽では足りん」
おっちゃんは急斜面に移動して『幻影』の魔法で。直径二十mの幻の地面を作った。幻の地面の上ぎりぎりに移動して『拡声』の魔法を使って大声を出す。
「ヨアキムはん、こっちや。こっちにベトムを誘い込んで」
おっちゃんの声を聞いたヨアキムがワイバーンを操って、おっちゃんのいる方向に滑空を開始した。
ベトムがワイバーンを追いかける。おっちゃんの上をワイバーンが通過する。おっちゃんは空中を滑るように後退した。
ワイバーンを追いかけて来たベトムが、急斜面の端で踏み止まろうとする。
ベトムはギリギリで踏み留まろうとし、おっちゃんが作った幻影に足を踏み入れた。幻の地面を突き抜けて、ベトムの体が危うい格好で前のめりになった。
ヨアキムのワイバーンが旋回してきて、ベトムの尻に体当たりをする。ベトムは踏ん張りきれずに、急斜面を頭から転がり落ちる。
ベトムが一㎞ほど急斜面を滑落して、自分と同じぐらいの大きな岩に頭を打ち付けた。それでも、まだベトムは死なずに痙攣を続ける。
ワイバーンに乗ったヨアキムがベトムに近寄る。長槍を片手にしたヨアキムが勢いを付けて飛び降り、ベトムの眉間に槍を突き刺した。
ベトムが動かなくなった。ヨアキムがベトムから素早く離れると、ベトムの体が崩れて行った。
ヨアキムがベトムの死体から充分に距離を取ったところで、毒消しポーションを飲む。
「思いの外に梃子摺ったな」
おっちゃんはヨアキムの隣に降り立った。
「結果オーライですわ。これで『雲龍炭』を採取できますわ」
「では、一足先に、ワシは帰るとする。ワイバーンに飯を喰わせんといけんからな」
ヨアキムが帰っていったので、マルックと合流する。
「霊峰にいたモンスターを倒したで、『雲龍炭』を採りに行くで」
ベトムがいた場所の地面を軽く掘る。地面から黒い塊の『雲龍炭』が姿を現した。『雲龍炭』はベトムが座っていた場所に大量にあった。
ベトムの体から剥がれ落ちた泥をよけて、『雲龍炭』を掘り袋に入れた。袋をロバに積む。
「大量だな」とマルックが顔を綻ばせる。
街に戻ると、マルックがニコニコ顔でヨアキムに残金を払った。




