第百六十五夜 おっちゃんと鉱石買い付け
ハイネルンが『イヤマンテ鉱山』を去り三日が過ぎた。街は平静を取り戻したかに見えた。
おっちゃんは酒場でダラダラと過ごしていた。すると、マルックが酒場に現れた。
「おっちゃん、仕事を依頼したいんだ。黒炭の運搬をお願いできるか」
「ええよ」と、おっちゃんは答えた。おっちゃんは前回と同様に雲龍に話をつける。
前と全く同じ手口で、荷馬車七台分の黒炭を街に運び入れた。
黒炭買い付けの翌日に、再びマルックが現れた。マルックは、おっちゃんを密談スペースに誘った。
マルックが言いづらそうに切り出した。
「おっちゃん。その、頼みがあるんだ」
「どうしたん? 黒炭の買い付けなら上手くいったやんないの?」
マルックがおずおずと申し出た。
「黒炭もそのうちまた頼みたい。でも、今日は別の頼みなんだ。おっちゃんは、教皇が出した勅旨について知っているか。少し前からモンスターと人間を同等に扱ってよい、ってやつだ」
知っていたが知らない振りをする。
「そうなんか。初めて知ったわ。そんで、その勅旨がどうしたん?」
マルックが苦い顔をして打ち明けた。
「実は秘密なんだが、鍛冶師ギルドには『イヤマンテ鉱山』のモンスターと取引して『霊金鉱』と『重神鉱』を買い付ける話があったんだ。この取引が成功すれば街に大きな利益を生むはずだった」
「冒険者から『霊金鉱』と『重神鉱』の持ち込みを待つより、買い取ったほうが大量に入手できるからね。上手くいけば、希少な武具やアクセサリーの供給で鍛冶師ギルドが発展する、いうわけやね」
マルックが真剣な顔で頷いた。
「そうなんだ。だが、ここで問題が起きた。ハイネルンだ。ハイネルンが『イヤマンテ鉱山』を囲んだせいで、モンスターが人間側に不信感を持っちまって取引が中止になった」
「モンスターにしてみれば、人間なんて誰も変わらないのかもしれんな」
マルックが困った顔して謙って頼む。
「それで再交渉しようとしたんだ。ところが、再交渉の条件が護衛を付けず一人で来いって言うんだ。おっちゃんに交渉に行ってもらうわけには、いかないだろうか」
交渉を纏める自信はある。だが、成功すれば株が上がるような仕事はあまりやりたくなかった。
「おっちゃんはそんな街の将来に係わる仕事は、やりたくないよ。おっちゃんはもっと気楽な仕事をのんびりやりたい」
マルックが弱った表情をして、やんわりと頼む。
「そう言わないで、頼めないかな。さすがに険悪になった状況下でモンスターとの交渉は一般人には無理だ。ましてや、一人なら危険極まりない。その点、冒険者さんなら慣れているし、もし交渉が決裂しても、現場を切り抜けられる」
「おっちゃんはそんなに有用な冒険者やないんやけどな。他にやる奴、おらんの? 報酬を弾めばやる言う冒険者もおるやろう」
「俺に言わせたら、信用があって有能な冒険者はおっちゃんだけなんだ。失敗のできない取引なんだ。頼むよ。相手はモンスターだが取引に行ってもらえないか」
おっちゃんが「うん」と言わないと、マルックが弱りきった顔で口説きに懸かる。
「タイトカンドの鍛冶師は確かに優秀だ。今は、まだいい。でも、他の街の鍛冶師の実力も上がってきている。ここいらで特色を出さないと、街の主要産業が衰退する未来は見えている。街の未来のために引き受けてくれ。他に頼める人間がいないんだ」
マルックは深々と頭を下げた。
やりたくない仕事だが、力になってやりたい気持ちはあった。
(ここで上手く行けば、タイトカンドでは異種族への対応は変わるかもしれん。タイトカンドの人間と異種族の新しい未来は取引から開けるかもしれん。それに、街をどうにかして盛り上げたい気持ちもわかる)
「そこまで言うなら、ええ。けど、失敗しても責任は取れんよ」
マルックは安堵した顔で告げた。
「ありがとう、おっちゃん、成功したら取引で得た鉱石の一割相当を金貨で払うよ」
「わかった。あと、おっちゃんに考えがある。残っている『雲龍炭』を使わんで取って置いてくれるか」
おっちゃんはマルックに交渉の日時と場所を教えてもらった。取引場所は『イヤマンテ鉱山』の裏にある廃坑道の近くで、時間帯は夜中だった。
金貨の入った袋と『雲龍炭』の欠片を持って、廃坑道の入口付近で火を焚いて待っている。
廃坑道から六人の冒険者風の人間が出てきた。おっちゃんは一目見て、格好は人間だが正体は人間でないと見抜いた。
「こんにちは。良い晩ですね。アントラカンドの鍛冶師ギルドの遣いで来ました、おっちゃん言う冒険者です。おっちゃんの取引相手ですか」
古ぼけた赤いローブを着てフードを目深に被った人物が、おっちゃんの正面に腰掛けた。
残りの人間は赤いローブの人間の後ろに控える。赤いローブを着た人間がフードを外す。男は頭の禿げた老人で淡々とした調子で告げた。
「アーマットだ。取引だが中止したい」
「ハイネルンと争いなった経緯については同情します。ですが、アントラカンドの鍛冶師ギルドは無関係や。気にせずに取引したらええでっしゃろ」
アーマットが渋い顔で告げる。
「状況が変わったのだ。人間たちに『霊金鉱』や『重神鉱』を渡す取引は危険だと御館様は判断した。決断は人間たちのためでもある。『霊金鉱』を人間に渡せば人間内でも大きな災いを齎すだろう」
「もしかして、ハイネルンが開発した石化兵器の話をしているんでっか。だとしたら、『霊金鉱』だけでも輸出してもらいたいわ。『霊金鉱』があれば。石化耐性の魔道具が作れるんでっせ」
「わかっている。だからこそ人間には渡したくない。アントラカンドに渡そうが、ハイネルンに渡そうが、結果は変わらない」
「何を今さら。『霊金鉱』も『重神鉱』も戦略物資やと、わかっていたやないですか。その上で取引に応じると決めたんでっしゃろ。それも、ハイネルンにちょいと包囲されてからなしにするって、『鉱山王リカオン』はん随分と弱気ですな」
アーマットがツンとした顔で拒絶した。
「どう言われようと、決断は変わらない」
「待ちいや。一つ、教えてくれませんか。『霊金鉱』も『重神鉱』も精錬に『雲龍炭』を使いますやろう。『イヤマンテ鉱山』では『雲龍炭』を使いませんの?」
アーマットが素っ気ない態度で答える。
「使ったり、使わなかったりだな。だが、それがどうした」
(使う言うとるから『イヤマンテ鉱山』でも『雲龍炭』は価値あるようやな。金貨と交換は無理でも、希少価値のある物なら欲しがるかもしれん。『雲龍炭』は『イヤマンテ鉱山』では採れんやろう)
「よっしゃ。なら、こうしましょう。こちらは、金でなく、希少物資の『雲龍炭』を出しましょう。その代わり『霊金鉱』と『重神鉱』を輸出する取引ではどうでっしゃろ」
アーマットが疑いも露に訊いて来た。
「『雲龍炭』を輸出できるほど持っているのか。『雲龍炭』は簡単に手に入らんぞ」
おっちゃんは『雲龍炭』の欠片を渡した。
「希少物資やけどしゃあない。それくらいの品質の『雲龍炭』でよければ用意します」
アーマットが『雲龍炭』を手にとって確認する。
「確かにこれは『雲龍炭』だ。『雲龍炭』との交換か。なるほど、それなら話が違うな。『重神鉱』は駄目だが、『霊金鉱』については検討してみよう」
アーマットたちが廃坑道に戻ったので、おっちゃんもタイトカンドに戻る。
翌日、マルックが来たので密談スペースに行く。マルックが浮かない顔で訊いて来た。
「おっちゃん、鉱石を持っていないようだけど、買い付けの交渉が失敗したのか?」
「ハイネルンのせいで『イヤマンテ鉱山』側の態度が硬化しよった。取引は中止や言われた」
マルックは落胆した。
「そうか、駄目か」
「話には、続きがある。『霊金鉱』だけなら取引に応じてもええ言う条件を引き出した。ただし、支払いは金貨やなく、『雲龍炭』でとなった」
マルックの表情が曇った。
「『雲龍炭』は本来、雲龍が棲む霊峰でのみ取れる炭だ。一筋縄ではいかんぞ」
「おっちゃんにちょっと考えがあるんよ。調べてみる」




