第百六十三夜 おっちゃんと不思議な依頼人
お金があるので、三日ほど酒場でグダグダしていると、リューリがやって来て密談スペースに誘う。
「ありがとう、おっちゃん。アーロン親方とマルックさんが仲直りした。私もヘルッコと仲直りした」
「そうか。狭い街や仲良くしいや。皆が笑顔で暮らしたええねん」
リューリが小さな袋を取り出し、控えめな態度で申し出た。
「これ、雲龍炭の代金」
(銀貨にして五十枚ぐらいか)
「あげる言うたから、代金はええのに」
リューリが畏まって申し出た。
「そんなわけにはいかないよ。あんな高価な物、タダで貰えないよ」
「そうか」と口にして袋を開けて驚いた、中には銀貨ではなく、金貨が入っていた。
「ええ、これ、金貨やん。五十枚あるやん」
リューリが平然と口にする。
「あるよ。『雲龍炭』は一㎏で金貨一枚するからね」
「黒炭の百倍やん」
リューリが気楽な調子で内情を説明する。
「『雲龍炭』じゃないと『霊金鉱』も『重神鉱』も、精錬できないからね。ちょうど、アーロン親方が『霊金鉱』を、マルック親方が『重神鉱』を使った作品を作りたくて『雲龍炭』が必要だったから、二人でお金を出し合ったんだよ」
「ほー? なんぞ、強力な武器でも作るんか」
リューリが面白がって口にする。
「それがねえ、マルック親方が『重神鉱』製の鍋の注文を受けたんだって。おかしいよね。『重神鉱』で鍋なんて作っても、料理が美味しくなるわけでもないのに」
「世の中には変わった内容を考える奴も、おるんやな」
リューリが帰った。依頼受け付けカウンターを見ていると、セニアと冒険者が話している場面に目が行った。
セニアと話している冒険者にはハイネルンの訛りがあった。
冒険者が店を出て行くのを待ってセニアに尋ねる。
「見慣れない顔の冒険者さんやね。おっちゃんも訛りがひどいほうやけど、ここいらの出身の人やあらへんね」
セニアがサラリと教えてくれた。
「ハイネルンの冒険者ですね。タイトカンドの北はハイネルン領内ですから、珍しくないですよ。なんでも『イヤマンテ鉱山』に挑戦するそうです」
ハイネルンと聞いて、おっちゃんはいい気がしなかった。
セニアがあっけらかんとした態度で伝える
「タイトカンドは歴史的に、ハイネルンとは戦争もしていたんですが、取引もあるんですよ。タイトカンドから金属製品を輸出して、ライ麦、乳製品、肉類なんかを輸入しています。よく商隊の護衛でハイネルンの冒険者が来ますよ」
(所変われば、品変わる。タイトカンドでは、ハイネルンと上手くやっているんか)
「『イヤマンテ鉱山』に挑戦するって、『イヤマンテ鉱山』の毒ガスは落ちついたんか」
「ええ。今それほど酷くないんで、入れますね。『鋼鉄の兎』も一週間後に再挑戦するって意気込んでいました。冒険者ギルドに活気が戻りますよ」
おっちゃんは注意して冒険者同士の話を聞いていた。すると、冒険者ギルドにいる三割の人間に、ハイネルンの訛りがあった。
(おかしいな。数日前まで、こんなにハイネルンの冒険者は、おらんかった。明らかに増えとるで)
ハイネルンの冒険者の会話に聞き耳を立てる。
『イヤマンテ鉱山』と『霊金鉱』について話していた。採取依頼も掲示板を見ると、『霊金鉱』で作られた品を買い付ける掲示があった。
(ハイネルンは『霊金鉱』を探しておるんか? 『霊金鉱』で何をするつもりや?)
おっちゃんは両手にエールの入ったジョッキを持つ。ハイネルンから来た剣士の格好をした腕の立ちそうな冒険者に声を掛ける。
「わいはおっちゃんいう冒険者や。ちょっと、ええ? 一杯奢るから、教えて欲しい話があるんよ。『霊金鉱』って儲かるん?」
「俺はカールだ。『霊金鉱』は儲かるぜ」とカールは気さくに応じてくれた。
カールの前にジョッキを置く。カールはエールを飲みながら教えてくれた。
「今、ハイネルンじゃ『霊金鉱』を集めている。『霊金鉱』を利用して、魔力の篭ったアクセサリーを作るって話だ」
「魔力の篭ったアクセサリーね。どんな効果があるやつを作るん?」
「チョーカータイプの対六眼バジリスク用の抗石化アクセサリーだ。ハイネルンじゃ六眼バジリスクが脅威だった。それで、軍師ユダの進言で国家レベルで対策を入れ始めた」
「なるほどね。そんでどれくらい儲かるそうなん」
カールが明るい顔で饒舌に語った。
「『霊金鉱』でできたものなら、何でも買い上げている。鋳潰して再加工するから、品物はなんでもいい。おっちゃんも『イヤマンテ鉱山』から出た要らないアクセサリーがあるなら、売るといいだろう。今が売り時だ」
「期間ってあるの?」
「今のところは定めていない。だが、今が稼ぎ時なのは間違いない。特需はいつ終わるかわからん。俺たちも今は『霊金鉱』集めに大忙しだ。もっとも、中々、手に入らなく苦労しているけどな」
おっちゃんは礼を述べてカールと別れた。
(果たしてハイネルンの目的は本当に六眼バジリスク退治なんやろうか。ちと、気になるね)
おっちゃんは翌日、箱入り高級ワイン十二箱を買って霞人の集落へと移動した。
集落の外れにいると、エステリアがやって来る。
「こんにちは、お久しぶりですな。今日はワインを持って来ました。試飲していかれますか」
エステリアが険しい顔で発言する。
「悪いけど今日は帰ってもらえる? 今、村では問題が持ち上がっているわ」
「どうされたんですか? おっちゃんで良ければ相談に乗りますよ」
エステリアが怒った口調で話した。
「人間が村に現れたのよ。その人間に長老が石にされたの。人間は村を荒らして帰ったけど。今後どうするかで、村で対策を協議中よ」
「石像になった長老が壊れていなかったら、おっちゃんは石化を解除できますよ」
エステリアの表情が和らぎ、期待を込めた声で聞いてくる。
「おっちゃんの言葉は本当なの?」
「こんなところで嘘を吐いてもしかたないですやろう。おっちゃんはそこまで暇人やない」
エステリアが真剣な顔でお願いしてきた。
「いいわ。こっちに来て」
エステリアに連れられた村に入った。
村は、遊牧民が使うような円形のテントが三十ほど、建ち並んでいた。村の中央では石像になった長老を囲んで、村人たちが不安な顔をして相談していた。
「エステリア。今は、よそ者を入れるときじゃないだろう」と誰かがエステリアを非難する。
「おっちゃんが長老の石化を解除するんで。話は、それからでもええですかね」
静かになったので、長老の前に進んで『石化解除』を唱える。
石になった長老が元に戻った。長老は深呼吸する。
「長年、生きてきたが、石になった経験は初めてじゃ。苦しいものだな」
長老が戻ると村人が安堵する空気が伝わる。
「人間に石にされたといっておりましたが、魔法によるものでっか」
長老が他人事のように感想を口にする。
「魔法ではない。なにかの魔道具じゃよ。やって来た人間は、六十㎝ほどの筒状の道具を持っていた。そこから出た光を浴びると、体がみるみる石になった。いやはやあれには驚いた」
「人間は何人くらいで、魔道具はいくつありました」
長老が思い出す素振りをして答える。
「人間は冒険者が五人だった。持っていた筒の魔道具は二つじゃった。だが、全員が『霊金鉱』でできた首飾りをしておったな」
(石化させる魔道具に石化を防ぐアクセサリー。なんか、話が怪しくなってきたで。ハイネルンは何をやろうとしているんや)
「やってきた冒険者はなにが目的だったんでっしゃろ」
長老は首を傾げ、考え込む仕草をして答える。
「さあ、金目の物や仙人草の束を持って行ったが、目的は他にあるようじゃった。いたの、いないだの、言っていたから、誰かを探していたのかもしれん」
おっちゃんが考え込んでいると、エステリアが困った顔をして頼んでくる。
「実は他にも二人ほど人間に石像に変えられた村人がいるの。よかったら、元に戻してもらえないかしら」
「今日は、もう、魔力の残りがないから。明日ならええよ」
「お願いします」とエステリアは深々と頭を下げた。