第百六十夜 おっちゃんと行商
翌日、箱に入った六本の高級ワインを買って黒炭と一緒に背負う。街外れから霞人の村へ『瞬間移動』で飛んだ。
村外れに到着すると、モンスターの群れを伴って霞人の女性がやって来た。
「モンスター商人のおっちゃんです。今日は、ええ香のするワインと黒炭を仕入れてきました。買っていただくわけには行きませんやろうか。支払いは金貨か仙人草でお願いします」
幻だったモンスターの群れが消えた。霞人の女性が興味を示した顔をしたので商品を見せた。
おっちゃんは試飲用に一本の高級ワインを開けて振る舞った。
「これは美味しいわね」と霞人の女性が感想を漏らす。
「そうでっしゃろ。きちんと、自分の舌で味わって、値段と質を考えて選んできたワインやからね。エール派のおっちゃんでも、これは美味いと思います」
試飲用のワインを開けると、どこからもなく霞人が現れたので、ワインの試飲を勧める。
「一本、貰おうか」と言い出す霞人が現れたので、乾燥した仙人草六株と交換してもらった。
価格が安かったのか、残りの四本のワインも売れた。
「そっちはなに」と聞く霞人がいたので、「こっちは黒炭ですわ」と黒炭を見せた。
霞人は珍しそうに黒炭を見て触る。だが買おうと言い出す霞人はいなかった。
(なんや、事前の話と違って、黒炭は人気ないなー)
霞人が道を空けた。奥から長く白い髪と髭を持ち、白いローブを着た小柄な長老の霞人が現れた。
長老は黒炭の前に進み黒炭を手に取る。
「ほう、これは良い黒炭じゃな」
「黒炭ってなに?」と霞人の子供が長老に尋ねる。
「雲龍が薬代わりに飲み込む物じゃよ。雲龍は黒炭を飲み込むと、体に悪い物を黒炭に吸着させて吐き出すんじゃよ。雲龍の吐き出した黒炭は『雲龍炭』と呼ばれて『霊金鉱』や『重神鉱』の加工に使われるんじゃよ」
(雲龍が黒炭運搬人を襲っている理由は病気か。それに『雲龍炭』の話が本当なら役に立つかもしれんな)
長老がおっちゃんに尋ねる。
「黒炭を貰おうかな。仙人草二株でどうじゃ」
「タダでええですよ。『雲龍炭』の情報料です。上手く行けば儲けられるかもしれませんので」
「そうか。では貰っておこう」
おっちゃんは黒炭をタダで渡した。おっちゃんの持って来た商品は、全てなくなった。
おっちゃんは、タイトカンドへ帰還した。
「セニアはん。知り合いから乾燥した仙人草を貰ったんよ。買い取って」
「三十株ですか、けっこうありますね。乾燥した仙人草は一株が銀貨三十六枚ですから、金貨十枚と銀貨八十枚になります」
(高級ワインが一本で銀貨五十枚やから、六本で金貨三枚。黒炭が十㎏で、銀貨十枚や。差し引き、金貨七枚と銀貨七十枚の儲けやね。行商はえらく儲かるね)
おっちゃんは、財布にお金をしまう。おっちゃんはお金があるのでぶらぶらする。
タイトカンドは鍛冶屋が多い街だった。鍛冶屋だけでなく、金物屋、刀剣を扱う店、鎧兜を売る店が街には軒を連ねる。
金属製品の質は良く各地から買い付けに商人が来る。ただ、街への黒炭が搬入できなくなった影響で、鍛冶場での作成が滞り街には暗い影を落としていた。
冒険者の酒場に行くと依頼掲示板に人だかりできていた。
依頼人は鍛冶師ギルドのギルド・マスターのマルック。内容は黒炭の運搬人の護衛。報酬は一人につき金貨一枚。募集人数は五十人と、かなり大規模なものだった。
(小口で運搬しようとするから狙われる。なら、討伐できるほどの人数を集めて、一気に黒炭を運ぶ気やな。気持ちはわかる。でも、龍を相手に五十人は足りない気がするの)
おっちゃんは雲龍とは戦った経験がない。雲龍は『火龍山大迷宮』の『暴君テンペスト』よりは弱いだろうが、それでも龍である。並の冒険者では数を集めても無駄な気がした。
(報酬は金貨一枚か。それなら、上級冒険者は応募してこないやろうな。中級を五十人集めるより上級を五人集めたほうが成功する確率が高い気もするけどな)
おっちゃんは黙って人の流れを観察する。おっちゃんの読みどおり、上級冒険者は応募しなかった。
中級か下級冒険者ばかりが依頼受付カウンターに行く。人の流れを見ていると誰かがおっちゃんの向かいに座った。鍛冶師のリューリだった。
「仕事の話がしたい」とリューリは暗い顔でおっちゃんを密談スペースに誘い、深刻な顔で頼んだ。
「二十㎏でも三十㎏でもいいから、黒炭を買って来てくれないかな」
「黒炭なら、鍛冶師ギルドで一括購入するやろう。成功したら、分けてもらったらええんやないの」
リューリが悲しみを帯びた顔で発言する。
「それが、駄目なんだ。鍛冶師ギルドで黒炭の買い付けに成功してもアーロンの親方には黒炭は回ってこないんだよ。アーロンの親方が、鍛冶師ギルドのギルド・マスターと、やらかしちまってさ」
「なんや喧嘩か。大人気ないな。誰か仲裁してくれる人はおらんの」
リューリは首を振った。
「なら、アーロンの親方から頭を下げるしかないね。生きていれば嫌な奴に頭を下げないかん場面も、あるやん。生きて行くってそういうことやで」
リューリが困った顔で、言い辛そうに告げる
「私の口からは言えないよ。原因の一端は、私にもあるんだよ。鍛冶師のギルド・マスターの息子のヘルッコが、女の私が鍛冶場にいる状況を揶揄ったのが発端なんだ。それで、私からつい手が出て、ヘルッコに怪我をさせちまったのさ」
「なら、リューリはんが頭を下げれば済む話やないの」
リューリが苦しそうな顔で発言した。
「謝りそびれたんだ。その内に、マルック親方とアーロンの親方の関係が急速に悪化して、私が頭を下げて済む段階を通り越しちまったんだよ」
おっちゃんは腕組みした。
「狭い街やからな。拗れると厄介やな」
リューリが頭を下げて頼んだ。
「お願いだ、おっちゃん。このままじゃ、私を庇ったアーロン親方が仕事ができなくなっちまう。そんな真似はさせたくないんだ。アーロン親方は女の私を鍛冶場に入れてくれた恩人なんだ。頼むよ」
「おっちゃんも、女やから認めん話は納得が行かんし、腕の良い職人が虐めみたいな待遇を受ける世界は嫌いや。でもねえ、相手は雲龍やからね、うまく黒炭を持ってこられるとは限らんよ」
「でも、僅かでも黒炭を運べる人間はおっちゃんだけなんだ。頼れる人間は、おっちゃんだけなんだよ」
「わかった。やってみるよ」