第十六夜 おっちゃんとギルド防衛戦(前)
元から荷物が少ないのですぐに旅立つ準備ができた。後は酒を皮袋に詰めるだけ。
皮袋を持って、酒を買いに下の酒場まで降りて行く。酒場でいつも飲んでいるエールを詰めてもらう。
(ここのエールも、これが最後か。長いようで短い付き合いだったな)
おっちゃんは酒を持って二階に上がろうとした。
冒険者ギルドの扉が大きく開き、男が駆け込んできた。
「助けてくれ、ダンジョンのモンスターが街に攻めてきた」
男の言葉に酒場の中が騒然となる。
(ついに始まったんか、サバルカンドの終わりや)
おっちゃんは震える脚で二階に上がろうとする。
(もう、街の出入口まで行けへん。せやけど、ワシには『瞬間移動』がある。隣の街までなら楽に一瞬や。そう、ワシだけなら助かる)
二階の自分の部屋に入ると、遠くから怒号と人々の悲鳴が聞こえてきた。
冒険者ギルドは新市街にあり、ダンジョンの入口は旧市街にある。ダンジョンの入口と冒険者ギルドとの間に距離はある。だが、いつ暴走したモンスターが襲ってきても不思議ではなかった。
「はよ逃げな」と思うが、『瞬間移動』を唱えられなかった。手に持ったエールの入った袋に目が行く。
「ええい、成るようになれ」
おっちゃんはエールの入った革袋をテーブルの上に放り投げた。
おっちゃんは装備に身を包むと、一階に下りていった。
一階には二十人の冒険者がいたが、どうしていいかわからず戸惑っていた。
おっちゃんはアリサを見つけると声を張り上げる。
「このままでは、まずい。ギルド・マスターはどこや」
アリサが狼狽えて口早に答える。
「数日前から不在で、どこに行ったか、わからないんです」
ギルド・マスターがいないなら仕方ない。
「ギルド・マスターは不在か。皆、聞いてくれ。ここで防衛戦をやる」
酒場のスタッフとギルド職員に指示を出す。
「武器になりそうな物を集めてや。怪我人が出ると思うから、救護所の設置を頼む」
力のありそうな冒険者に指差して命令する。
「テーブルを窓際に寄せて、バリケードにしてや。足りない場所は魔法で閉じるで」
弓矢を武器にする冒険者に号令を掛ける。
「弓矢を持っている奴は矢を集めて、二階の窓辺から矢を撃つ準備や」
魔法を使えそうな冒険者に要請する。
「『鉄の施錠』を覚えている冒険者は、バリケードが間に合わない場所に積極的に『鉄の施錠』を掛けてや。『鉄の施錠』がないときは『施錠』の魔法でもいい、とにかく、一階から侵入されそうな場所を塞ぐんや」
『鉄の施錠』は『施錠』の上位呪文。閉じられる対象が木製でも鉄の板のような強度を持つようにして錠を掛ける魔法だった。
誰かが声を上げる。
「おっちゃんは戦争の経験があるのかよ」
誰かに怒鳴り返す。
「野戦の経験はない。だが、籠城戦なら、嫌になるほどやった。おっちゃんが住んでいた場所はぶっそうな場所でな。年中戦争をやっているような場所や。おっちゃんは、そこで、ひたすら守りの戦いをやってきたんや」
嘘は吐いていない。おっちゃんは一生の内のほとんどをダンジョンで過ごした。毎日が冒険者を相手に防衛戦だ。
「ほら、早く準備しなきゃ、モンスターがやって来るで、もう時間がない」
おっちゃんの言葉を信じたのか冒険者が動き出した。
おっちゃんはギルドの裏口やトイレの窓を『鉄の施錠』で封鎖していく。
一階への侵入口を塞いで酒場に戻ると、どうにか一階の封鎖が間に合った。酒場には逃げてきた街の人間や冒険者が加わり。百名ほどになっていた。
二階の窓辺にいた狩人が、矢を撃ちながら叫ぶ。
「モンスターが来たぞ。数は五十はいるぞ、正面の扉を閉鎖してくれ」
ドアを開けて逃げてくる人間がいないかを確認する。
赤ん坊を抱えた婦人が見えた。
「もうすぐや。ここまで来れば助かる」
婦人を激励する。婦人の背後を追ってくる人間大の蟷螂型モンスターに『眠り』の魔法を掛ける。
婦人の背後で巨大な蟷螂が倒れた。婦人が扉を潜るタイミングに合わせてドアに『鉄の施錠』を唱えた。
冒険者ギルドにいる人間は約百名。そのうち、半分が非戦闘員。
(ギルドの壁は厚いほうだが、木造建築物や。どこまでやれるか)
「近接武器しかない者は、バリケードの付近で待機。バリケードからはみ出した敵の顔やら手を武器で刺す。非戦闘員は、食料と水を、あるていど二階に上げてくれ。最悪、一階の階段を落として守るで」
二階で矢を撃っている人間が叫ぶ。
「ダメだ。敵が多すぎる」
「全てを倒そうと思うたらあかん、こっちに向かってくるやつだけ撃つんや」
バリケードの一部が壊れる。巨大な百足の頭が入ってこようとする。悲鳴が上がった。
武器を持った戦士が斧で百足の頭を叩く。
「おちついて迎え撃つんや。バリケードを守るんや。ギルドの壁は厚い。攻城兵器でもない限り、簡単には破れん」
おっちゃんの見立てだと、すぐには防衛態勢が崩れるように思えなかった。
(この建物でも、しばらくは保つようや。もっと知能の高い奴や力の強いモンスターが出てくると、危ういな)
二階から魔法でモンスターを攻撃していた魔法使いが、音を上げる。
「ダメだ。いくら倒しても、出てくる。きりがない」
おっちゃんは二階に上がった。窓から外を観察する。
モンスターが次から次へと旧市街方面からやって来ていた。
「このままだと、まずい。おっちゃんは、新市街と旧市街を結ぶ門を閉じてくる。門が閉じれば、モンスターの流入を止められる。それまで持ちこたえてくれ」
旧市街は城壁で覆われている。本来は外敵から身を守る城壁だが、中からモンスターが湧いているのなら城門を閉じれば、モンスターの流れを絶てる。
「おっちゃん、無謀よ」
アリサが悲痛な声で叫ぶ。
「無謀でも、やらなければ行かないかん時がある」
おっちゃんは『飛行』の呪文を唱えて窓から飛び出した。




